私、メリー。迷ってるの。
「……巴、今、何回?」
「……91回だね」
「本当?もうちょっと増えてたりしない?」
「正真正銘の91回だよ。7に13をかけた数。っていうか詩音、自分の曲の再生数くらい、自分で見たらどうかな?」
「ヤダヤダ!認めたくなーい!」
詩音はそういうと座っている椅子をぐらぐらさせるくらい、ジタバタした。一方、巴は無表情でパソコンを操作している。時刻は夕方、放課後の神高の空き教室で2人は話している。2人はボカロPであり、「メリー」というユニット名で活動している…ちなみに、無表情な巴だが高校は神高ではなく宮女のため、さらっと不法侵入をしている。今回集まった場所は神高だが、宮女も集合場所にしており順番は代わりばんこである。
「なんで?結構今回はいけた気がしたんだけど!ボカロの調声も問題なかったし!巴も頑張ってくれてたよね?!」
「うん。歌詞は最近の流行に沿ったものにしたから大丈夫なはずだよ」
「それが良くないんじゃない?例えば、もっとオリジナリティを出すとか」
「流行に乗ることは別に悪いことじゃないよ。それに下手にオリジナリティを出しても認められなかったら、意味ないし」
「ウグゥ……」
「それにもっと重大な欠陥があるでしょ、私たちには」
「何?」
「私たちの動画には、絵がついてないのよ!」
そういうと巴はパソコンに映っている自分んたちの動画を指差した。そこには謎の野原の絵がサムネとして映っていた。
「あるじゃん。そこに映っている菜の花、割と好きなんだけど」
「どうせこれ、フリー素材でしょ?」
「そうだけど?」
「あのね、サムネって視聴者を惹きつける上で重要なものなのよ」
「なんで?」
「動画サイトでは基本的にサムネだけをメインに載せてそこから曲が聴きたかったかったら、クリックするシステムなのよ。つまり、詩音がどんだけいい曲を作ったとしても、サムネが悪かったら興味すら持たれないの!」
「なん…だと…」
「それに、今回私たちの曲は鬱よりの曲でしょ?サムネと曲が全然合ってない!これじゃ菜の花畑で鬱になる謎のボカロPになっちゃうよ!」
「…なるほど、それは良くないね。菜の花はいい花であるべきだ」
「そういうことじゃないんだけど…まあ、いいや。とにかく、サムネを誰かに描いてもらったほうがいいんだけど、どうする?サイトか何かで頼む?」
「…いや、いちいち頼むのめんどくさいし、いっそのこと思い切って、絵師を募集してからはこれからはその人に固定するのもいいかもね」
「うーん…まあ、確かに?」
「じゃあ、私が適当に見つけてくるから。次のボカロ制作も今日から始めたいからもう帰るね」
「わかったけど…どう見つけてくるつもり?」
「まあ、そこら辺に聞いて回ったら、見つかるんじゃない?」
「そんないい加減な…」
「じゃあ、よろしく!」
そういうと詩音はスタコラサッサと教室を後にした。巴はやれやれと言った感じで首を振る。
「いっつも詩音は抜けてるんだから…どうせ明日になったら忘れてるんだろうし、私が探したほうがよさそうかな」
そういうと、巴もパソコンを閉じ、教室を後にした。
***
「うーん…こうじゃない。もうちょっと、なんていうか…」
詩音は早速行き詰まっていた。詩音の部屋には机、本棚、シンセサイザー、ベットという必要最小限のインテリアしかないはずなのだが、机の周りにはエナジードリンクやカップ麺の容器が散乱し、ぐちゃぐちゃになっていた。
「駄目、駄目!メロディが全然浮かんでこない!ちょっと休憩しよ…」
詩音はエナドリの缶を開けてぐいっと飲むと、パソコンの音楽作成ソフトを最小化し動画サイトを立ち上げた。
「本当に91回のままなんだ…もう3日前から変わってないから、ここまでかな」
そういうと画面から目を離して天井を見上げた。真っ白い天井が目の前に広がる。
「なんでみんな聞いてくれないのかなぁ…これでも一生懸命作ってるはずなのに」
さっきの巴の言葉がふと詩音の頭でこだました。
『サムネが悪かったら意味がないの!』
「そんな、人を見かけで判断するみたいな…でも、そういうものなのかな」
そういうと再び動画の再生数を見る。91回。変化なし。
「でも、どうすれば…初めて話しかけるなんてサイトでも対面でも嫌だし…」
そう思った瞬間、スマホの着信音が鳴り響いた。
「あー、もう。こんな時に!」
スマホの画面を乱暴にスライドして電話に出る。
「はい、店長、お疲れ様です」
「あー、水上さん。休みの日にごめんねえ。明日のバイトのことなんだけどね、明日店を閉めたら外のポスター外しといて欲しいのよぉ」
「ポスター、ですか?どのポスターです?」
「えーと、『期間限定!春のバーゲンセール』のやつ。ちょうど明日でセールが終わるから、よろしくねえ」
「わかりました…」
電話を切る。詩音は頭が冴えている時に音楽活動をしたいので、眠くなる深夜にスーパーのバイトを入れることが多い。だから店閉めの面倒ごとを押し付けられがちなのである。
「はぁ。疲れるなあ、ポスターかぁ。店長、確かスーパーの裏にも貼ってたよね…」
明日の作業がまた1つ増えた。はあ、とため息をつく。
(ポスターかぁ…絵師の人も探さなきゃいけないのに…)
詩音は途方もない現実にぼんやりしていたが、はっと何かに気づいた。
「ポスターか!!」
***
2日後。巴は宮女でクラスメイトがおしゃべりする中、適当に相槌を打ちつつぼんやりと昼休みを過ごしていた。
(結局、あれから詩音から絵師を見つけたって聞いてないし、やっぱりもう私の方で探しとこうかな?)
そう決心すると、会話が途切れた瞬間を見計らって聞いてみた。
「ねえ、絵が上手い子ってこの学校で誰か知らない?」
「えー、知らなーい」
「去年卒業した先輩が絵がめちゃくちゃうまかったらしいけど…」
(やっぱりか…そううまく絵師がいるわけないよね。予定通り、SNSで募集かけよっと…)
「そういえば、隣のクラスで画家の娘さんいなかった?」
「え?」
思いがけない情報を聞いた巴は間の抜けた声を出してしまった。
「あー、いた!確か…長谷川さん、だったっけ?」
「確か、家族の全員が画家らしくって…『長谷川派』とかいう画風を確立した画家一族だとか」
「そうそう。画家一族っていうくらいだから、上手いんじゃない?」
「ふーん。ありがとう」
「ところで、絵の上手い子で何するつもりだったの?」
「いや、別に…」
友達からの追及を適当にかわしつつ、あとで誘おうと決めた巴だった。
一方、詩音の方は。
「誰か来ないかなー」
放課後、机で一人、誰か来るのを待っていた。
「掲示板にポスター貼ったし、誰か来るだろうって思ったんだけど…ありきたりすぎたかなぁ?」
詩音が貼ったポスターはこんな感じだ。
「絵が上手い人、募集中。初心者歓迎。やること:曲を聞いてもらってそれにあった絵を描くこと。連絡先:1-A 水上 詩音」
これをコピー用紙に書き殴ったものを神高の掲示板に貼り付けたものだ。シンプルすぎて、逆に異彩を放っている。おかげで、詩音の変人伝説に箔がついてさらに詩音に近づく人がいなくなってしまった。
「まあ、昨日の帰り際に貼ったばかりだし。仕方ないよね。よし、じゃあ今日の集合場所の宮女に…」
「待ってー!!」
叫び声に近い呼びかけが聞こえたかと思うと、開いてた教室のドアから女子高生が勢いよく飛び込んできた。
「み、水上詩音さんですか?」
「は、はい」
嵐のようにやってきたその女子高生の勢いに思わず詩音は押されてしまう。
「私、内海玲奈(うつみれな)と申します!っていうか、おんなじ学年だね!じゃあフランクに話してもいい?」
「う、うん」
「絵のことはあんまり知らないんだけど、初心者歓迎って書いてたから参加してみたいって思ったんだけど、いいかな?私、めっちゃ頑張るから!」
「は、はあ」
もう、完全に圧倒されてしまい承諾してしまった。
(自信の塊のようなこの感じ…恐らく、私が唯一苦手な陽のオーラ!)
嘘である。詩音が苦手なことは整理、エリンギ、他にもまだまだある。しかし、この話はまた今度。
「それで音楽を聴くっていう話だったけど、どこで聞くの?」
「いやー、それが、まだ完成してないの。とりあえず、私のメンバーと今日会う予定だから、会わしてあげるね」
「へぇー!他にもメンバーが?!楽しみ!」
「ちょっと歩くけど、大丈夫?」
「全然大丈夫!行こう、行こう!」
2人は教室を後にする。どこまでも元気はつらつな玲奈であった。
***
「で?どーすんの?これ」
「ごめん、あの詩音が自分から動くとは思ってなくて…」
「さらっと私のことディスってない?」
「ふふっ」
「面白い人たちだね!」
「「面白くない!」」
詩音が玲奈を連れてきた。巴が長谷川さんを連れてきた。つまり、今絵師は2人いることになる。絵を描く人が2人でも問題ないのかもしれないが、指示系統的に混乱するのは必至だ。つまり、どちらかに絞らなければならない。詩音は観念したように目を瞑理、目を開いた。
「…とりあえず、自己紹介して、玲奈」
「はーい!内海玲奈でーす!詩音ちゃんにスカウトされたんですけど、絵に関しては初心者です!でも、これから頑張って、すんごい絵を描くつもりなのでよろしくお願いします!」
「じゃあ、私からも。長谷川彩美(はせがわあやみ)と申します。菊池さんからの紹介で来させていただきました。よろしくお願いします」
菊池さんとは巴のことである。やはり、彩美は画家一族のご令嬢ということでかなり礼節を学んでいる。
「彩美さんは長谷川家っていう、画家の中では有名な画家を輩出している一族出身だそうよ」
巴が補足説明をする。彩美は逆にあまり自分を語る方ではないようだ。
「へー、じゃあ絵の方も経験が?」
「さっき調べたんだけど、結構作品を出して賞を取ってる。申し分ないと思うんだけど」
「そのことなんですけど…」
「何?」
「私が玲奈さんに絵を教えるというのはどうでしょうか?」
「「え?」」
「実は…」
彩美は左手を掲げて、握るように動かす。親指、人差し指、中指が目で見てわかるくらい震えている。ハッとする詩音たちの前で腕を戻しつつ言った。
「5ヶ月前、交通事故にあったんです。筋肉や血管は緊急手術でなんとか繋いでもらったのですが、神経までは完全に繋がらなくて。しかも、運の悪いことに左手が私の利き手でしてね。もう、絵を描くことはできないんです」
「…」
詩音たちは黙ってしまった。
「でも、せめて私の技術を誰かに受け継いで欲しかったんです。だから、今回参加させていただきました」
「…わかった」
詩音が口を開いた。
「彩美の言う通り、玲奈に絵を教えてあげてほしい。気が済むまで、いてくれたらいい」
「ありがとうございます」
「それと、そんなに畏まらなくてもいいから。もう、彩美も私も同じチームなんだし」
「わかりま…わかった。よろしくね。詩音」
「うん。よろしく」
詩音と彩美に友情が芽生えた瞬間だった。
「さて、じゃあ始めよう…と言ってもまだ曲完成してないんだけどね。ごめんね、巴」
「ええ!じゃあ、今日何するのよ!」
「うーん…今までの曲を聞いてもらう?」
「いいね!私も詩音ちゃんがどんな音楽作ってるのか、聞いてみたい!」
玲奈がすかさず割り込んでくる。詩音はパソコンを開け、今までのデータを溜め込んでる音楽制作ソフトを開けた。
「はい、これだよ…ってあれ?」
「どうしたの?」
巴が覗き込んだ。そこには詩音が作った覚えのない曲が入っていた。
「『Untitled』…単純に名前をつけ忘れたんじゃ?」
彩美が題名から推測する。玲奈もぴょこんと彩美の隣に移動してきた。
「いや、結局あれはボツにして消したから、もうないはずなんだけど…」
「じゃあ、眠りながら作ったってこと?すごい!まさに眠りの小◯郎…」
「んなわけないでしょ」
「でも、そう言うことじゃない?音楽はこれだ!みたいな…」
「そんな感じでできるなら世の中音楽家だらけになっちゃうよ」
「そうかなぁ…」
「彩美、玲奈をいなせるなんてすごいね…」
「?」
詩音は彩美があっさり玲奈の舌鋒を鎮めたことに感心する。もっとも、当人はその凄さがわかっていないようだが。
「とりあえず、再生してみれば?たまたまデータが残っちゃっただけかもしれないでしょ?」
「確かに巴の言うとおりかも。再生してみよっか」
詩音は再生ボタンを押す。静寂が流れる。
「あれー?何も聞こえないよー?」
「やっぱり消したやつだから、データがクラッシュしたのかなぁ…」
そう言いつつ、再生を止めようとした瞬間。パソコンの画面が白く光った。その光は、尋常ではなく詩音たちを包むかのような凄まじい明るさだった
「何これ?ま、眩しい!」
「詩音、光量設定を…!」
光はゆっくりと落ち着いていき、止んだ。しかし、止んだ時にはもう詩音たちはパソコンの前には姿を消してしまっていた。
ユニットメンバー紹介
水上 詩音(みずかみ しおん) 作曲担当
所属高校:神高 クラス 1-A
趣味 動画視聴 特技 絶対音感
部活:ソフトテニス部 バイト:スーパー店員(主に品出し)
苦手なもの・こと 人前に出ること 初対面の人と話すこと 整理 エリンギ など多数
インターネット上の名前:マリー