「イタタタ…どこ、ここ…?」
詩音は起き上がって辺りを見渡す。さっきまでの机が整然と並ぶ教室ではない。部屋の中央にはソファーがデカデカと置かれておりまるでリビングのようだった。
「異世界ってやつ?」
「巴!いたの?」
「いたも何も…みんなここにいるよ。詩音がねぼすけなだけで」
巴の後ろには彩美も玲奈もいた。
「詩音ちゃんのパソコンにはこんな機能もあるの?」
「VRにしてはさすがにリアルすぎるねえ…」
「っていうか、この部屋ドア多すぎない?」
玲奈と彩美のボケツッコミを置いといて、詩音はドアの多さに驚いていた。前にもドア。右にもドア。左にも。後ろにも。
「ドアの向こうに何があるのかなーっと…えいっ!」
「あ!玲奈、危険かもしれないのに…うん?」
巴が諌める暇もなく、開かれたドア。その向こうにはまた別の部屋が広がっていた。
「コンピューター?しかも、こんなにたくさん…」
「ドアの向こうにも部屋があるって…じゃあ、このドアも、あのドアも、全部あるってこと?!」
「これじゃあ、まるで…」
混乱する詩音をよそに彩美が何か言いかけた刹那。
「まるで、迷宮みたいでしょ?」
天井から声がしたかと思うと、天井にあったドアから勢いよく誰かが降りてきた。
「初音…ミク?!」
詩音は愕然とした。間違うはずがない。自分がよく使っているボカロソフトのキャラクターの声。しかし、それは─
「そうだよ。私はミクだよ」
「初音ミク、ねえ。私の知ってるのとはだいぶ違うけど」
「っていうか、なんで現実にいるのー?確か、初音ミクってバーチャル・シンガーのはずじゃ…」
巴と玲奈が興味深々といった様子で質問を浴びせる。
「…ここは『迷宮のセカイ』。私はあなたたちの想いに応えて、現れたの」
そういうとミクはソファーに深々と座って詩音と向き合った。詩音が切り出す。
「想い…って何?」
「まだわからない」
「何それ…」
「だって、あなたたちはまだ想いを見つけられていないから」
「え…?」
彩美がかすかに声をあげる。
「それを見つけないうちは、きっとあなたたちは何をやってもうまくいかない」
「それは言い過ぎでしょ!」
詩音が声を荒げる。よほど気にさわったのだろう。
「勝手にこのよくわからない世界に連れてきといて、何を言い出すかと思えば…想いが見つからないからうまくいかない?ふざけないで!そんなもの無くたって…うまくやっていけるわよ!そんなことより、元の世界に帰してよ!私たちはこれからなんだ!」
「ほう…?言うわね、詩音。本当はあなたが一番…まあ、いっか。今日のところは帰してあげるとするかな」
そうミクがいうと詩音たちの周りがキラキラとした細かい物質に覆われた。
「また来たかったらさっき来た手順で来るといいよ。みんなも来れるようにしたから」
「ふん!そんなのこっちから願い下げよ!」
「…私はここで待ってるから」
だんだんキラキラが激しくなっていき、ミクの姿は見えなくなっていった。
***
「なんだったの?今の…」
元の教室に戻ってきた彩美が詩音に尋ねた。
「さあ?私たちには関係のないことでしょ。それよりも、絵のことよろしくね」
「そ、そうだね!よろしく、彩美ちゃん!」
「う、うん…」
「…」
巴は終始黙ったままだった。
「これも違うな…コード進行的には完璧なはずなんだけど…」
3日後、詩音はまだ曲作りで悩んでいた。
「早く作らないと、せっかく見つけた絵師たちが逃げちゃうかもしれないってのに…」
不意にミクの言葉が頭をこだまする。
(『それを見つけないうちは、きっとあなたたちは何をやってもうまくいかない』)
「あー、もう!うるさい!…一人で何いってるんだろ…」
けたたましくスマホの着信音が鳴り響く。巴からだった。
「はい、もしもし」
『曲、できた?』
「まだ。っていうかできたならもう送ってるよ」
『そろそろ完成させてもらわないと、玲奈たちが…』
「わかってるよ。でもできてないものはできないの!」
『わかった。焦らずにね。…やっぱり引きずってる?』
「何が?」
『あのミクに言われたことよ』
「いや?別に?」
『だったらいいけど…想いねえ』
「何、あんた引きずってるの?」
『いや…そういうの今まで考えてきたことがなかったから』
「ふうん…ま、別に気にしなくてもいいんじゃない?想いなんかなくても今までやってこれたんだし」
『そうかなぁ…』
「んじゃ、またできたら言うわ。それじゃあねー」
詩音は電話を切る。
「そうよ、想いなんか無くたって…曲は作れるわ」
そう独り言を言うと、詩音は再びパソコンに向かった。
***
「…こんな感じの曲だけど、どう?」
「うん。いいと思う」
神高の放課後の教室。詩音はなんとか完成した曲を流して聴いてもらっていた。
(良かった…最後の方、やっつけ仕事になっちゃったけど、まあ、いいか)
「じゃあ、早速絵を描き始めよっか、玲奈」
「はい!彩美ちゃん、よろしくお願いします!」
玲奈がリュックから新品っぽいスケッチブックを取り出した。
「まず、今の曲から何を思い浮かんだ?」
「うーん…なんか、激しいって感じが…」
「そうだね、激しいと言えば?」
「…SNSのツイート?」
「ふふっ、まあそれもそうだけど…」
熱心に絵に関する議論を始めた玲奈と彩美。
「ま、何はともあれ、曲が完成して良かったよ。私も歌詞制作に取り掛かるから…詩音?」
詩音はぼーっとして明後日の方向を見ていた。巴の呼びかけにハッと気づいて答える。
「ああ、ごめん。なんて?」
「いや、大したことは言ってないんだけど…詩音的には今回の曲はどうなの?」
「…納得できてない」
「…そっかあ」
「まあ、今回は時間にも制約があったし、どうせいつも納得してないからどうでもいいんだけど…今回のは特に納得できなかった」
「なるほどね…」
「ま、玲奈や彩美が待ってくれてたんだし、仕方ないよね!あんなに私の曲で議論してくれるなら、作曲家冥利に尽きるってもんだわ!」
「詩音…」
巴はただ詩音を見守ることしかできなかった。
***
「なんで!再生数が増えてないの?!むしろ減ってるし!」
「ごめん…なさい…」
詩音が宮女の放課後の教室で叫んだ。あれから、玲奈に絵を描いてもらって動画に貼り付けて投稿したのだが、再生数は31回。前回の91回を大きく下回る結果になってしまった。玲奈は申し訳なさそうに俯いてか細い声で謝った。
「やっぱり、静止画はまずかったんじゃないかなぁ…せめて何枚か差分を用意するとか…」
「流石にそれは初心者にとっては酷でしょ!」
巴のぼやきに対してすかさず彩美が反論する。
「でも、今の有名曲には基本的にMVがついてるでしょ?」
「そうだけど…どんだけ労力がかかると思ってるのよ…」
「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
あんなに元気だった玲奈がしょげてしまっている。
「…今回はもう仕方ない。初めてやってもらったことだしね。次からはどうするか、それが重要よ」
詩音が吐き捨てるように言った。
「次から、って…?」
「そうよ、次からよ」
「そうやって次がある、次があるって思っているからこんな再生数なんじゃない?」
「何…?」
詩音は彩美の凄まじい批判にたじろいでしまった。彩美がさらに続ける。
「芸術家たるもの、今取り掛かっている作品に全力を尽くすのが当然よ。でも、あなたの曲には妥協しか感じられなかった。やっとわかったわ。あなたそんなこと考えてたのね。どおりで玲奈がいい絵を描けないはずよ!」
「そんな…わけないじゃない。私は色々考えに考えて出した曲だっていうのに!」
「考えた?じゃあ、想いは?」
「想い…?」
「この曲に込めた想いは?気持ちは?この曲を聴いてもらってあなたは何を伝えたかったの?」
「そ、それは…」
「すぐに答えられないのね。やっぱりだわ。作品なんてものはね、いくら技術で武装しても中の想いがなければ意味がないのよ。それに比べて玲奈は必死に想いを込めた!拙い絵だけど、あなたの曲を全力で理解し、表現しようとした想いが、ここにはある!」
「…」
「こんな他人の想いも自分の想いも尊重してないようなところにはいられるか!」
「あ、待って…」
彩美が怒りに身を任せてドアを開け、教室の外へと出て言ってしまった。後に残された詩音たちは言葉もなく、去っていく彩美をただ見送ることしかできなかった…
ユニットメンバー紹介
菊池 巴(きくち ともえ) 作詞担当
所属高校 宮女 1-B
趣味 読書 特技 存在感を消せること
委員会 図書委員
苦手なもの・こと 世間話
インターネット上の名前:梅空