曲折連合 〜迷宮のセカイ〜   作:nyagou

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再出発

「…やっと、来たんだ」

 

「…うん」

 

「とりあえず、座りなよ」

 

「…うん」

 

ミクの言葉のまま、詩音はミクの隣に座った。ミクは詩音の方を見ずに憂鬱な表情でソファーに寝そべって何も言わず、上の方を眺めていた。つられて上を見ると天井がこの前来た時とは変わって、ドアがなくなっていた。

 

「あそこのドアは?」

 

「なくなったよ。ここは迷宮のセカイだからね、昨日あったものが今日あるとは限らないんだ」

 

「そっかあ…」

 

ため息が部屋にこだまする。玲奈がこの前開けたドアの向こう側もまた違った部屋になっているのかな、と詩音はふと考えた。

 

「見つかった?想いは」

 

「…まだ」

 

「じゃあ、なんで来たのよ」

 

「あなたに探して欲しくて」

 

「…はあ?」

 

「私にはもう私の想いがわからないから」

 

「何それ…」

 

「私はさんざん自分の前の現実から逃げてきた。だから、もうわからないの。自分がなんのために音楽をしているのか。なんのために生きているのか。だから、当然想いなんか─」

 

「想いは絶対あるよ」

 

ミクは詩音の方に向き直って目を合わせ、言い切った。それは詩音の奥を見透かすような透き通るような水色の瞳だった。

 

「なんで、そんなことが言えるの?」

 

「でなきゃ、詩音達がこのセカイを作れるわけがない」

 

「私が?このセカイを?」

 

「セカイは想いがなければ答えない。あなた達の切実な想いがこの迷宮のセカイを形作ったの」

 

「…そう」

 

「そうなんだよ」

 

再び静寂が流れる。その中で詩音はポツリと呟いた。

 

「元々は楽しかったはずなんだ」

 

「何が?」

 

「音楽を作るのが」

 

「ふーん…」

 

「お母さんとお父さんが喧嘩しているのを聞きたくなかった、というのもあったけど楽しかった。離婚するまではね」

 

「離婚まで、かあ」

 

「うん…ってなんで知ってるの?」

 

「そりゃあ…セカイの所有者の情報だしねぇ。ここにくるまでに4人の情報は完全にインプットしてるよ」

 

ミクは得意げな表情を浮かべた。どんなもんだい、と顔に書いてそうな感じである。

 

「へえ…じゃあ、ミク聞きたいことがあるんだけど聞いてもいいかな?」

 

「ん、なんでもどうぞ?」

 

「私は間違えたのかな?」

 

「間違えた?何を?」

 

「お父さんとお母さんが別れたあの日、もっと違ういい答えを見つけていれば、こんなに苦しまずにいられたのかな?」

 

聞いてしまった。本当は蓋をしてしまった疑問。どうせ、結果は一緒だから仕方ないと諦めてしまった疑問。でも、心のどこかで答えを知りたいと思ってしまっていた。ミクは再び憂鬱な表情に戻る。

 

「…わからないよ。そんなの。ここはあなたのセカイなんだから、あなた以上の答えは出せないわ」

 

「そんな…」

 

「でも、詩音が今の状態を苦しいと思ったならそうなのかもしれないね」

 

ミクは

 

「…?」

 

「あれは詩音にとってはどうしようもない災害でしかないと私は思う。でも、あの時の選択を詩音が後悔しているなら─」

 

「あの時、私は想いを捨てたの」

 

「詩音が…想いを?」

 

「あの時までは単純だった。ただ曲を作りたかった。自分の限界に挑戦してみたかった。でも、今は違う。ただ自分が自分であるために曲を作ってる。曲を作るのをやめて仕舞えば、自分が自分でなくなってしまうから。…馬鹿らしいよね。もう私はかつてのような私ではないっていうのにさ…」

 

「それはそれで、想いだと思うよ」

 

「…え?」

 

「今の、自分が自分でありたいというのも想い。でも、同時に今の自分は自分ではないというのも想い。それは間違いなく詩音の想いだよ」

 

「でも、想いがこもっていないって彩美が言ってたよ?」

 

「多分、解像度が足りないんだよ、解像度が。詩音が詩音でないのに、詩音でありたいという矛盾したその想い…なんか哲学的だね。その想いの根幹の想い…そこに辿り着けば、詩音の曲はきっと響くはずだよ」

 

「想いの、根っこ…」

 

「それを自覚してないから、あなたが無意識であなたの本当の想いをあなたの曲に載せようとしても、意識的に消してしまう。あなたの想いが曲で殺されてしまう。それが想いがないって言ってるんだと思うよ」

 

「…なるほどね」

 

「…もういいでしょ。あとは自分で考えなよ」

 

急にミクは詩音を突っぱねる。

 

「待ってよ、ミク、まだ分かってないのに…」

 

「もう!こういうのは最後は自分で考えた方がいいの!ほら、帰った、帰った!」

 

そういうとミクは無理矢理詩音を帰らせるようと詩音の周りにキラキラを出す。詩音は段々見えなくなるミクに呼びかけた。

 

「ミ、ミク!」

 

「何?」

 

「もしさ、急にここを使いたいってなって勝手に飛んできても…許してくれる?」

 

「ノープロブレム!」

 

ミクはグッドサインを胸の前で作って初めて笑顔を詩音に見せた。

 

「頑張れ、詩音!」

 

見えなくなっていくミクの言葉が詩音の頭の中でいつまでこだましていた。

 

 

***

 

(見つけた、と思ったのになあ…)

 

彩美はそう思いながら、彩美の部屋の真ん中に置かれた何も描かれていない真っ白なキャンバスの縁をぎこちない左手でなぞっていた。

 

(玲奈ちゃんに絵を私が教える。そうすれば、私はもう絵を描けなくても確実にそれなりな形にはなって、未来に受け継がれる。そう思ったのに…)

 

彩美はため息をつく。

 

(想いを作品に込められないなんて…まるで今の私みたいじゃないか)

 

左手がびくんと跳ねてキャンパスを倒してしまう。彩美は何もしない。できない。もう、自身の力で起こせないことはわかっていたから。

 

(ただの自己嫌悪なのはわかってる。私は私が嫌いだ。絵を描きたかったのに、妥協してしまった私が大嫌いだ)

 

「お嬢様!何か大きな物音が聞こえましたが…」

 

「ごめんね、執事。うっかりキャンパスを倒してしまって…」

 

「これはこれは。すぐに戻します。…端の方に置き換えておきましょうか?」

 

「いえ、ここでいいわ」

 

「左様ですか。では、よいしょっと…戻しました。これにて失礼いたします」

 

執事が部屋を去る。

 

(妥協してしまった私はもう芸術家ではない…だから、こんなことを考えるのもおこがましいのかもしれない。でも、せめて今を生きる芸術家達が私のようになるのはもう見たくない。今まで散々見てきた。もううんざりだ)

 

彩美がキャンパスから目を逸らして窓の方を見ると、月が出ていた。しかし、その月は周りの雲のせいで見えなくなり、光が紛れてしまう。その様子を彩美は最後までずっと見ていた。

 

 

***

 

 

「詩音、全然電話に出なかったけど大丈夫?」

 

「セカイに長居したせいで、着信に気づかなかった…ごめん」

 

「それより、これからどうする?」

 

家に戻った詩音が巴と話し込んでいた。グループ通話で玲奈も参加している。

 

「玲奈ちゃんはどう思う?」

 

「…やっぱり、彩美ちゃんと一緒にやりたい。彩美ちゃんと絵を描きたい」

 

「やっぱりか…」

 

「どうする?」

 

「そりゃあ、もう一回、行くしかないでしょ」

 

「どこに?」

 

「決まってるわよ、彩美を説得しによ」

 

 

***

 

 

「それでは、今日はここまでです。そいじゃ、日直の人ー」

 

「起立!」

 

クラスのみんなが立ち上がる。彩美もゆっくりと立ち上がる。

 

「礼!」

 

礼が終わるとみんなは部活だったり、バイトだったりでいなくなっていく。彩美は再び席に座っていつものようにたそがれる。

 

(このままぼーっとするのもあれだし…家に帰るか…)

 

立ちあがろうとした時だった。

 

「彩美…今、ちょっといい?」

 

彩美が目を上げるとそこに詩音がいた。巴や玲奈も。

 

「何?もうあなた達にいうことは何もないわ。失望してるんだから、帰ってくれる?」

 

「いや、もう、逃さない」

 

「今度は恐喝?出来損ないがずいぶんな物言いね」

 

「これは…彩美ちゃんのためでもあるの。だから、話を…」

 

玲奈が頼み込む。

 

「しつこいわね。私はもう帰るから」

 

そう言って彩美がバックを掴んで帰ろうとした瞬間─

 

「そうはさせない!」

 

詩音がそう言うとキラキラが周りに立ち込めた。

 

(これは…あの時の!)

 

彩美がそう思う間もなく、世界はセカイに変わっていった。

 

 

「こんなところに連れてきて、何する気?」

 

迷宮のセカイ。ミクはおらず、リビングのような空間が詩音達の周りを覆っていた。

 

「まずは、謝りたくて」

 

「謝る?」

 

「確かに、あの曲は妥協だった。自分でも何を作っているのかわからないような、そんな曲だった」

 

「そうよ、だから私は…」

 

「だからこそ、彩美にもう一度きてほしい」

 

「はあ?」

 

「あの曲を聴いて妥協してると感じられたのは彩美、あなただけよ。さすが、芸術家として大成していると思うわ。だから、これからも教えてほしい。芸術家としてのあり方を。想いの込め方を」

 

「…」

 

「私ね、あなたに言われてから私の想いってなんなのか、考えてみたの。自分で自分でありたいだとか、自分を表現したいだとか、いっぱい出てきたわ。でも、気づいたの。結局自分が何者か本当にわかってなかったんだなあ、って…だから、私、知りたいの。自分が何者なのか。だから、迷ったり、自分で自分を追い詰めたりするかもしれない。そんな時に一緒に考えてほしいの。同じ芸術家として」

 

「…」

 

彩美は黙り込んでしまった。詩音達は固唾を飲む。先に口を開いたのは彩美だった。

 

「自分が何者なのか、か…」

 

「…うん」

 

「そんなの、私が知りたいくらいよ」

 

「…」

 

「でも、その想いは気に入った。わかったわ。協力してあげる」

 

「本当?」

 

「でも、もう一度でも逃げたりなんかしたら、容赦しないから」

 

「わかった」

 

「良かったー!これからもよろしくね、彩美ちゃん!」

 

玲奈が彩美に飛びついた。

 

「うわっ!全くもう、可愛いんだから」

 

「え?今なんて?」

 

「なんでもない!」

 

「無事、解決だね」

 

不意に後ろからミクが現れた。

 

「ミクちゃん!」

 

玲奈が素っ頓狂な声をあげる。巴がやれやれといった感じでぼやく。

 

「急に現れたね…」

 

「それにしても、こうして4人が再び揃って良かった。これで無事再出発だね」

 

「再出発…か。メンバーも4人になったことだし、アカウント名とかも刷新してみる?」

 

「えー?必要ある?」

 

「さすがに『メリー』はありきたりすぎると思うんだけど…」

 

「それは私も思った」

 

「詩音ちゃんのネーミングってなんかこう…独特だよね!」

 

巴の提案に反論した詩音だったが、思わぬ反撃を喰らってしょげる。

 

「わかったよ…変えよう」

 

「何がいいかな?ここ、迷宮だし、『迷いの宮』とかどう?」

 

案外彩美も乗り気である…これはもうどうしようもなさそうだ。詩音は観念してせめてもの提案をしてみる。

 

「それは安直すぎるでしょ!じゃあ、名前の頭文字をとって『シトアレ』とかどう?」

 

「ちょっと何いってるのかわからないよ、詩音ちゃん」

 

「論外は置いといて、うーん…これから4人、紆余曲折あるけどそれぞれの想いを胸に前に進んでいこうって言うことで、『曲折連合』!どう?」

 

巴の真っ当な提案に詩音達はハッとする。

 

「すごい…多分この中じゃ一番ましな名前だよ…」

 

「ふふん。これでもここの歌詞担当だからね。日本語のバリエーションなら負けないつもりだよ」

 

「え?『シトアレ』は?」

 

「「「却下」」」

 

「えー!」

 

4人がわちゃわちゃと議論するのをミクは眺めて微笑んだ。

 

「これから4人がどうなるのか、私にもわからないけど…私はずっとあなた達の味方だから。楽しんでね。この世界を」




ユニットメンバー紹介

内海 玲奈(うつみ れな) 絵担当
所属高校 神高 1-C
趣味 ネットサーフィン 特技 タイピング
委員会 風紀委員 バイト コンビニ店員 
苦手なもの・こと 大音量 
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