前は、彼女の気持ちを確かめる為に死ぬと偽った時。
そして、絶対今回も僕が悪い。
「しっかりしてよ、アオ!! あんなの、姿似せてるだけでしょう?!」
「わかってる…わかってるけど…」
わかってない、とユエは叫ぶ。
あぁ、やっぱり前世なんて思い出さない方が良かったのかもしれない。
目の前の彼女を傷つけるなんて、最低じゃないか。
別人として、考えればいいものを。
「ごめん、ユエ…」
「………」
僕の謝罪をどう思ったのか、ユエは無言で吹っ飛ばした僕の眼鏡を拾いに行き、渡してくる。
途中で壊されるかと思っていたが、それはしなかったようだ。
ありがたく眼鏡を受け取りかける。
目の前にはユエではなく、黒髪の、僕が知る雪那がいた。
「…は?」
訳がわからなくて、僕は間抜けな声を出してしまう。
「幻術、私も使えるんだよ? ねぇ、夕陽君。あっちの私とこっちの私、どっちが本物でしょうか?」
ニコリと、あの頃と同じ笑顔で、彼女はそう聞いてくる。
僕の目からは、涙が一筋零れ落ちた。
「ゆ、じゃなかった! アオ?!」
雪那の姿のまま狼狽え出すユエを見て、僕は涙を流し続ける。
「…君に決まってるだろ…僕の…俺の、雪那は…お前だけだ…っ!」
夕陽の頃の気持ちが止まらない。
彼女を掻き抱き、咽び泣く。
僕が落ち着くまで、彼女は背中をポンポンと軽く叩いて宥めてくれていた。
次の授業開始のチャイムが鳴ったが、僕は彼女を離せず、しがみつく事しか出来ない。
離れたくないし、離したくないと思ってしまう。
「アオ? 大丈夫?」
ユエが戸惑ったような声で僕の名前を呼ぶが、返答の代わりに彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
こんな情けない姿、カヅキおばさんが見たら怒るんだろうなぁ。
何自分の娘に縋り付いているんだ、馬鹿者がって。
そう思った瞬間、感じた覚えのある魔力が僕を包み、僕だけ転移させられた。
芝生に転がされた僕はユエの姿を探すが、彼女が遠くに見え、離された事を知る。
「ママ?!」
ユエが驚いてカヅキおばさんの事を呼ぶが、なるほどと納得した。
桃華の仕業かと思ったら、おばさんだったとは。
危険性がないなら良いけど、ユエが傍にいない。
僕は焦りや寂しさ、悲しさや彼女に対する愛しさ、全ての感情がないまぜになりながら起き上がる。
思考が纏まらない。
雪那が、ユエがいないと僕は。
「本当親子揃って手間のかかる…」
ユエが走ってくる。
僕は彼女に手を伸ばすがそれより先に、おばさんに顔を押さえつけられた。
「寝てろ」
「ママぁっ!!」
カヅキおばさんの声と、ユエの悲痛な声を最後に、僕の意識は暗転した。
◆◆◆
次に目を覚ましたら、寮の自室のベッドの上だった。
ぼんやりとした視界に、眼鏡を外しているのだとわかる。
起き上がった僕は、妙に思考がスッキリしている事に気付いた。
「…何かされたな、これ」
精神的に不安定になりやすい僕を見兼ねたのか、それとも自分の娘に対して不安がらせるとは何事だという、叱責のつもりなのか。
多分前者だろうけど。
いつも置いてある所に眼鏡がなく、そして部屋が暗い事から、あれから半日が経っているのかもしれなかった。
「…眼鏡どこ?」
気配を頼りに立ち上がり、自室のドアノブを手探りで見つけて、ドアを開ける。
途端誰かにぶつかった。
隣のリビングも暗いので、シャナは部屋にいるのだろう。
寝てるかどうかは知らないけど。
じゃあ、ぶつかった人は誰だと思って目線を下げれば、暗闇でもわかる蒼色。
少し甘い匂いは、父様から贈られたという香水の匂い。
「なんでここにいるの、母様。父様が拗ねるんじゃないの? というか、いるなら明かりくらい付けたら?」
「グンジョウ…心配してきた母親に、なんて言い草なの。全く、この子は…」
ペチリと頭を軽く叩かれる。
そして、言われた。
「あまり、カヅキの手を煩わさないであげてちょうだい」
「今現在煩わせてる母様が、それ言う?」
反射的に言った瞬間、僕は頭を殴られる。
かなり痛いのに、これで手加減をしているというのだから、本当に怖い。
母様が本気を出したら、僕の頭などすぐ陥没するだろう。
それで、親だからと口答えする僕も中々肝が座っている。
怖いもの知らずかよ、と自分で自分にツッコミを入れてしまう。
「心配してくれるのはありがたいんだけど、カヅキおばさんが何かしてくれたみたいなんだ。今すごい思考がクリアになってる。視界はあれだけど」
本当に、眼鏡はどこに行ってしまったのか。
こう暗いと、部屋のスイッチを探すのも一苦労なのだが。
「…眼鏡の事はユエちゃんに言いなさい」
「携帯どこ…」
母様はため息をついて僕の自室に入り、少ししてから僕の手に携帯を握らせてくる。
そして頭を撫でられた。
「頑張りなさい、グンジョウ。貴方は責任感の強い子だけれど、無茶はしちゃ駄目よ? 貴方は、王太子である以前に、あたし達の可愛い子なのだから」
「…うん、わかってるよ母様」
母様の気配が消える。
頭を撫でられる感触も消えた。
どうやら城に帰ったらしい。