「お祖母様に見つかったら、怒られるんだろうなぁ…」
しかも、パジャマのままなんて。
淑女として、はしたないとは思わないのですか、って。
はは、とあたしは苦笑いする。
もしかしたら、転移した時の魔力で気付かれてしまっているかもしれなかったが。
まだ春の気候なので寒くはないし、むしろ温室の中は温度調整がなされているので、外より少しだけ暖かい。
流石に、あたしの魔力波だけでツルギ君は追って来れないだろうとタカを括り、備え付けられているベンチに座る。
温室の天井はガラス張りになっていて、夜空がよく見えた。
暫くそこでボーッとしていると、温室の扉が開いた音がする。
そこへ目を向けると、肩で息をしているツルギ君の姿があった。
「…シャナ…っ!」
「ツルギ君があたしの事、そう呼ぶの珍しいね。いつも姫って呼ぶのに」
多分、屋敷中走って探してくれていたのだろう。
探知の魔法も使っていたのかもしれない。
眉を下げて笑うと、ツルギ君は少し悲しそうな顔をする。
申し訳ないと思ったが、見つけてほしくはなかったかな。
ごめんね、ツルギ君。
君の言葉、嬉しかったけど…やっぱり、帰るための手段としか思えなくなっちゃったんだ。
本心だって、信じたいのにね。
「…シャナ、ごめん…いつも俺の傍にいて、傷付いてたんだな…。ごめん…どう償っていいか、俺には分からない…けど。シャナが好きだって、事は…本心だ。本当に、心から、シャナが好きなんだ。俺は、君と…」
「ありがとう、ツルギ君。気を遣ってくれなくても良いよ。ごめんね、泣いちゃって。もう夜も遅いし、寝た方がいいよ。心配しなくても、あたしもちゃんと部屋に帰って寝るから。グンジョウに叩き起こされたくはないしねー」
彼の言葉を遮って、あたしは喋る。
おどけて、早く帰れと暗に促した。
だが、ツルギ君は首を横に振る。
「シャナ…ちゃんと話を聞いてほしい。俺は、君と共に人生を歩みたい。王妃様にも言ったが、君の笑顔も、困り顔も…そして今の泣きそうな顔も、全てが愛おしいと思う。だから…」
「…っ!! 聞きたくないっ!! 黙ってよ、ツルギ君っ!! あたしは、あたしは…っ!! 君の傍に居られれば、それで良いのっ!! いつか帰ってしまう、君を覚えていたいのっ!! お願い、ツルギ君…これ以上…あたしは傷つきたくないんだよ…っ!!」
彼の話を絶叫で掻き消す。
涙が溢れ、あたしは顔を手で覆い蹲った。
恋をするって、こんなに辛いなんて知らなかった。
心がちぎれていきそうで、体も同じくらいバラバラになりそうで、痛い。
大好きなのに、信じられないなんて。
もっと、頭が単純だったら良かったのに。
そうすれば、君の言葉も嬉しいとしか感じられなかったはずなのに。
「シャナ…」
ツルギ君はあたしの目の前に跪いたようで、声が近くから聞こえる。
そして、あたしの手を片方取り、何かを握らせてきた。
視界がぼやける中、それを見ると短刀で。
あたしは思わず、ツルギ君を見た。
彼は優しい笑顔で、あたしに言う。
「君がそんなに傷付いているなら、俺を殺してくれ。俺は、シャナにそうされても構わないと思っている。君を傷付けるのは嫌だが、君の心の傷の一部になれたのなら、俺は本望だ。俺の事をずっと覚えていて……愛してるよ、シャナ。初恋は桃華だが、それ以上に…君を大事に思っているよ」
あたしの手を握り、ツルギ君は自分の首に短刀を当てた。
それがゆっくりと、彼の首に埋められていく。
「…やめてっ!!」
身体強化で、ツルギ君の手を払いのける。
カラカラと音を立てて、短刀が転がっていった。
「な…何やってるの、ツルギ君?! 本当に死んじゃうところだったんだよ?!」
「言っただろ、殺してくれって……君以外の手で、死にたくはないから。シャナ…これが、俺が出来る君への愛の証だ。俺の命は、君のものだ…ずっと、君の傍に居させてほしい。君がもし、他の男に嫁いだとしても…俺は生涯、君の傍にいると誓う。君以外の女性はいらないから…だから…頼む…」
信じてくれ、と彼は呟くように言って、あたしの手の甲に額をつける。
短刀を弾き飛ばしたせいで、彼の右腕がだらりと力なく垂れ下がっていた。
骨折していると傍目から見てもわかるくらい、あり得ない方向に曲がっている。
とても痛いはずなのに、彼は一切表情に出さずあたしを見上げていた。
「ツルギ君…どうしてそこまでするの? 早く帰りたいなら、あたし…」
「だから…俺はシャナの傍にいたいって、何回言えばわかってくれるんだ…? 力ずくか…?」
はぁ、とため息をついたツルギ君は、身を起こしてあたしに覆い被さるようにすると、口付けを落としてきた。
驚いて目を開けたままでいると、唇を離したツルギ君に苦笑される。
「シャナ、せめて目を閉じてくれ…」
「…ごめん…?」
なんであたしが謝っているのかわからない。
謝るべきは、ツルギ君の方じゃないだろうか。
もう一度顔を近づけられ、あたしは目を閉じた。
柔らかい感触が唇にあたり、また涙が溢れる。