「お嬢様、なぜ私を選んで下さらなかったのですか? 貴女のお父上に、次の婚約者は私が良いと仰って頂ければ、私もこんな事をせずに済みましたのに」
上に乗っている人影が、少し身動きする。
それと同時に、女の子の苦しい息遣いが聞こえてきた。
まさか、と人影に近づく。
上に乗っていたのは、僕とそう歳が変わらなさそうな男の子だった。
そしてその下、男の子が腕を伸ばしている先。
首を絞められている女の子が見えた。
「ちょ…っ!」
宮塚と呼ばれた男の子を退かそうと腕を振るが、体をすり抜けてしまう。
シャナの夢だから、僕は何も出来ないという事なのだろうか。
「なに、いっ…」
女の子が、宮塚の腕に爪を立てている。
苦しそうにもがいているが、彼の方が力が強いのかびくともしていない。
「だから、あいつも殺したというのに。こんなにお嬢様の事を想っているのに。あいつよりもあいつよりもあいつよりも!!!」
「み…や…」
女の子が涙を流し始める。
呼吸が浅くなってきていて、僕は人が死ぬ所に立ち会っているのだと、今更ながらに気付いた。
「雑踏に紛れて、子供を車道に押し出したんですよ。あいつの目の前で。驚いた顔をしてましたが、直後大型トラックに轢かれましてね。私を睨みながら、あいつは息を引き取りました。いやぁ、笑いが込み上げそうになるのを必死に我慢しましたとも!」
女の子の目が驚愕に見開かれる。
呼吸が浅くなっているのに、彼女は言葉を紡いだ。
「どう…して…」
「どうして? あいつがお嬢様の周りを
イエスも何も、首を絞められていては呼吸はおろかそう言う思考も無いのではないか。
それを失念しているんだろうな、彼は。
「さぁ、お嬢様。仰って下さい。私を、麻人を愛していると!」
女の子は諦めたのか、宮塚から手を離す。
しかし、苦しさから一転、相手を侮蔑するような表情に、女の子の顔が変わった。
「…っ…クソ喰らえだ、童貞野郎。幻想を抱いて…っ…溺死しろ…っ!!」
「私のお嬢様は、そんな事言わない!!」
ゴキッ、と音が聞こえ、女の子はそれ以降何も言わなくなった。
僕は人が死んだ恐ろしさ以前に、宮塚が哀れで仕方がないと思ってしまう。
彼に同情したからではない。
彼の生き方が哀れだと思ってしまったのだ。
もう少し、もう少しだけで良いから、女の子に寄り添ってあげるべきだった。
そうすれば、女の子も彼を好きになってくれたのかもしれないのに。
「お嬢様…お嬢様…?」
宮塚は女の子から手を離し、揺さぶった。
絶命している事に気付くのは、さほど時間がかからなかっただろう。
「あぁ、お嬢様! やっと、やっと私のモノになって下さるのですね? お嬢様、
その後の光景は陰惨過ぎて、僕は目を閉じて顔を背ける。
そして彼が言った、ナツキという名前。
考えたくないはないし、当たってほしくもないが、多分あの女の子が母様なのだろう。
この光景が、母様にとってのトラウマなんだと、僕は理解する。
だから、この話をしただけで取り乱したのだ。
やっぱり、カヅキおばさんから先に話をすべきだった。
そうすれば、母様はまた傷つく事など無かったはずなのに。
そのうち部屋が騒がしくなり、僕は目を開ける。
部屋の扉が開け放たれ、一人の女性と、大勢の武装した男性が入ってきた。
「夏月お嬢様…っ!! ……っ!! …宮塚、貴様ぁあっ!!」
「あぁ、長谷川メイド長。何ですか? 無粋ですねぇ…私とお嬢様が愛し合っているというのに」
魂無き亡骸を、宮塚は愛おしそうに頬擦りする。
それに気持ち悪さが込み上げ、僕は床に吐いてしまった。
「お嬢様を返せぇっ!!」
長谷川と呼ばれた女性は、結構遠くにあった扉から人間離れした速さで宮塚に迫り、彼の顔を蹴り飛ばす。
宮塚は僕の横を通り抜け、そこにあった鏡台にぶつかって止まった。
その場所へ大勢の武装した男性が到達し、宮塚は拘束される。
「離せっ! 離せぇっ!! 夏月お嬢様ぁっ!!」
「お前みたいな、汚らわしい者が…っ!! 夏月お嬢様の名前を呼ぶんじゃないっ!!」
長谷川さんは、母様の亡骸を抱きしめ啜り泣いていた。
何度も、ごめんなさいと呟きながら。
「申し訳ありません、お嬢様…っ! 痛かったでしょう…苦しかったでしょう…っ!! ごめんなさい…ごめんなさい、お嬢様…っ!!」
悲痛な声だった。
僕も、聞いてるだけで胸が痛くなるほどに。
「…もしかして、お祖母様…?」
先程の常人離れした動きに、見覚えがあった。
幼少の頃、お祖母様はマナーだけではなく護身術も教えてくれていたのだ。