「母から、そんなプライドは犬にでも食わせておけと教わっています。平民だろうと、人を蔑むなんて家畜以下…いいえ、この世界に有益な存在ではないので、処しても問題はないと母は言うでしょう。私も同じ考えです。むしろ、人を見下して従わせている連中、本当にこの国に必要ですかね?」
彼女の言葉に、僕は後ろからユエの口を塞ぐ。
流石に言い過ぎだと思ったのだ。
「いやぁ…はは。結構言うねぇ、嬢ちゃん」
「ユエはたまに暴走する時がありまして…。ユエ、一人で来たの? 迎えは?」
僕の手を退かし、彼女は見上げてくる。
「一人で来たよ。迎えなんてあるわけないじゃん」
「…ユエ、僕帰り遅くなるんだけど待てる? 裏書庫は職員だけしか入れないから、カウンター辺りで待っててもらう事になるんだけど」
そう言うと、ユエはキョトンとして首を傾げた。
なんで僕がそんな提案をして来たのだろう、と疑問に思っているようだ。
「一人で帰れるよ?」
「いくら薬飲んでたからって、体調悪い事には変わりないだろ? 心配なんだよ、そんな君を一人で帰すのが。せめてユタカに連絡して迎えに来てもらって。良いね?」
タイラーさんがニヤニヤと僕らを見つめていたが、無視する。
自分の婚約者の心配をして何が悪いというのか。
「アオ、私本当に大丈夫なんだけど…」
「まぁまぁ、嬢ちゃん。グンジョウは嬢ちゃんが可愛くて仕方ねぇんだよ。心配で手元に置いときてぇんだ。今グンジョウ、大変な仕事抱えてるからよ。まぁ、座んな。茶菓子やお茶は司書長が厳選に厳選を重ねた逸品だから、結構美味いぜ」
困った顔をしたユエの手を引き、タイラーさんはカウンター奥のテーブルに彼女を連れて行く。
外から見えないそこは、職員の憩いの場だった。
ユエを席に座らせ、タイラーさんは温かいお茶を入れ出す。
「あの、お構いなく…」
「あー! タイラー、私の分は?!」
ユエが遠慮がちに声を上げた瞬間、それに重なるようにタイラーさんの名を呼んだ甲高い声へ、僕は自分の頭を押さえてそちらを睨みつけるように見る。
「…リリアさん、ここ図書館なんですけど。司書長の貴女が騒がしくしてどうするんですか? あと、僕の彼女が来てるんで静かにしてもらえませんかね? 彼女、体調悪いんで。それに、リリアさん今年で何歳でしたっけ?」
僕に睨みつけられたリリアさんは、冷や汗をダラダラ流しながら、引き攣り笑いを浮かべた。
「や、やだなぁ、グッさん。そんなに怒んないでよぅ…今年で34だけど…。あ、彼女ちゃん? 初めまして、ここの国立図書館の司書長をしてます、リリア・トレイルです。グッさんには度々お世話になってまして…本当に、助かってます。彼氏のグッさん借りてごめんね。デートだった、もしかして?」
「あ、いえ…。グッさん?」
ユエは、リリアさんを睨み付けている僕を仰ぎ見る。
視線に気付いて、僕は彼女に苦笑しながら説明した。
「グンジョウのグの字を取ってグッさんなんだって。君付けでも良いって言ったんだけど、自分より有能だからってさ。というか、リリアさん34だったんですか。もう少し下かと思ってました」
僕は再びリリアさんを見ながら、呆れた目線を投げる。
だって、動作がほぼうちの姉そっくりなものだから、いっても20代前半あたりかと思っていたのだ。
「何おぅ。一応、王妃様と同じ学舎だったんだぞぅ。いやぁ…陛下と仲睦まじいし、天才画家が描いた絵画から出てきたのかっていうくらい美しいし、所作は綺麗だし。そんな人が戦争の英雄なのは理解不能だしで…いやぁ、あれ本当に人なのかなってうちの学年では噂になってたよ。いや、人なんだけど。うちの学年では専ら、彫刻が人の命を得て陛下に見初められただの、いや絵画から出てきて陛下がそれに惚れただの、あんな超常的な力を持っているのだから、精霊が人になっただの散々言われててさぁ」
「…………」
凄い言われようだな、母様。
どれも間違いだけど。
むしろ、精霊になってみようかと言った母様を、父様は説得したらしいし。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。立花月と申します。初めまして、リリア司書長。殿下がお世話…お世話? になっております」
「ユエ、疑問形つけないで。むしろ世話してるのこっちだから」
そうだけどさぁ、とリリアさんは情けない声を上げながら、タイラーさんが差し出したティーカップを受け取り、お茶を飲んだ。
「どーぞ。俺、茶を入れるのだけは上手いんだぜ」
「あ、ありがとうございます…」
ユエはティーカップを受け取り、リリアさん同様それを飲む。
そして、その目を大きく見開いた。
「…美味しい。母が淹れてくれるのより、とても美味しいです。タイラーさん」
「お口にあったんなら良かったよ。グンジョウも飲むかい?」
タイラーさんの申し出を、僕は苦笑しながらユエから貰ったビニール袋を掲げつつ断る。
「彼女からの差し入れがあるので、それ食べながら仕事に戻りますよ。ユエ、帰る時はメッセージ頂戴ね?」