「…承知致しました、第一王女殿下。グンジョウ王太子殿下、御前を失礼致します」
ツェリは踵を返し、僕らから離れていく。
その姿が見えなくなるまで彼女を見、僕はシャナの方に顔を向けた。
「…姉君、いつから聞いていたのですか」
「最初から。ユエちゃんがグンジョウと一緒に外へ行ったはずなのに、クラスメートと一緒だけど一人だけで戻ってきたから、おかしいと思ったの。ユエちゃんの体調を心配していた貴方が、彼女を放っておくなんて、と。まさか、ツェリが来てたなんて。これ、ユエちゃんには言わない方が良さそうだね…」
姉の言葉に、僕は頷く。
ユエが体調を崩しているのに、更に悪化させるような事言うわけにはいくまい。
「多分、シンクも気付いてるだろうけど…まぁ、あいつは空気読めるからユエちゃんには言わないでしょ」
「…僕以外は、って話でしょ。シャナ」
口を滑らすんじゃないぞ、と姉は僕に釘を刺して、少し震える。
僕はため息をついて、ジャケットをシャナにかけた。
「風邪引くよ。なんで上着羽織って来なかったの」
シャナの衣装は、昨日と同じで肩が出ているものだから、この気温が下がってきた気候では寒すぎるのだろう。
「急いで来たんだから、お姉ちゃんを労わんなさいよ! むしろ感謝しろー!」
はいはい、と言いつつ僕は姉を抱きしめる。
あれ以上ツェリと話していたら、僕は中にも聞こえる声で彼女を怒鳴りつけていた事だろう。
それはユエにも、このやりとりが聞こえてしまうという事だ。
そんな事態にならなかったのは、ひとえにシャナのおかげである。
「ありがとう、姉君。本当に、シャナが僕の姉で良かった。姉弟として、大好きだよシャナ」
「…全くこの弟は。でも、ユエちゃんが気付く前で良かったね、グンジョウ。ほら、後もうちょっとでグンジョウのシーンの撮影なんだから、行っておいで」
優しく微笑む姉に、僕も笑いかけた。
「うん。行ってきます、姉君」
◆◆◆
「アオ、シャナちゃんと抱き合ってたでしょ」
ユエとのダンスシーンで、僕と手を繋いで密着した彼女が、ジト目で僕を見る。
カメラがまだ回っていないから、私語をしても大丈夫なのだが…。
よく分かったな…。
シャナ、別に香水つけてないし、服の匂いだって同じなはずなのに。
「外にいた僕に用があったみたいなんだけど、上着着てくるの忘れたらしくてね。ジャケット貸してあげたんだけど、寒い寒い煩いから抱きしめて暖取らせただけ。他意はないよ」
「ふーん?」
更に疑わしい目になったので、僕は苦笑いをする。
別に嘘は言っていない。
ツェリの事が入っていないだけで。
「まぁ、良いけど。アオは、私が大好きだもんね?」
「その通りだよ、ユエ。誰よりも、君が愛おしいんだから」
微笑みながら言うと、彼女は少し照れて目を逸らしてしまった。
ルトルが僕らに声をかけ、撮影が始まる。
音楽に合わせて、僕らはステップを踏んだ。
「私のために、こんなパーティーを開いてくれるなんて…嬉しいわ、貴方」
ユエが嬉しそうに笑う。
それが演技だと分かっていても、僕も嬉しくなって彼女に微笑んだ。
「お前のためでもあり、俺のためでもある。存分に楽しめ、愛しい人。今夜は、空の星々も全てお前の物だ」
誰だこんな脚本書いた奴。
いや、ルトルか。
キザ過ぎるだろ、このマフィアのボス。
最初これシンクにしようとしていたから、あいつベースで書いたんだろうけど…それにしたってキザ過ぎる。
〈アオ、ペース早くなってる。ステップ踏み辛い。後、手を強く握り過ぎ。痛い〉
〈ごめん、ユエ。初歩的なミスして〉
彼女からの念話で、表情は崩さず手の力を緩める。
ダンスシーンは充分に撮れたようで、ルトルからカットの声がかかった。
「ユエ、大丈夫? 痛くなってない?」
「痛くはないけど、どうしたの? アオがこんなミスするなんて珍しい」
握っていた方の彼女の手を取り、さする。
首を傾げるユエに、僕は苦笑した。
「いや…このマフィアのボス、キザったらしいなぁって思ったら、思わず力が入ったみたいで…。本当にごめん、ユエ」
僕は両手を合わせ、彼女に頭を下げる。
良いよ、とユエはクスクス笑い出した。
「痛かったけど、骨が折れるほどじゃないし。気にしないで、アオ」
「あ、そう言えばグンジョウ君。ツェリ君はどうしたんだい? 今日君に会いに来るって、彼女言ってたんだけど」
ルトルの言葉に、ユエの笑顔が固まる。
なんとは無しに、思い出したかのように言った彼女だったが、それは今僕にとっては禁句なわけで。
「アオ、今目が泳いだね? どういう事?」
「…ルトル、僕はあいつには会ってない。今後会わないし、会うつもりもないから。あとユエ、お願いだから落ち着いて。後で話し合おう、ね?」
笑顔で怒りのオーラを出すユエを見て、僕は内心でシャナに助けを求める。
助けて姉君、ユエが怖い…。
それを感じ取ったのか、シャナが来てフォローをしてくれたので、事なきを得たのだった。