あの体験のせいで、まだ身の内に気持ち悪さでも残っていたのだろうか?
なんて冷静に考えてしまったが、このままではまたどこかしら強打しそうだな、なんて呑気に思った。
「アオちゃん!」
ユエが後ろから、僕を支えるように抱きしめる。
僕とユエの身長差は約20センチくらい。
それに加えて体重の重さもあるだろうに、彼女は僕を抱き止めていた。
「…ユエ、ごめん。ありがとう。驚いた」
「だ、大丈夫。だけど…ビックリした…。アオちゃん、気分悪い? 座る?」
大丈夫、と僕はユエに少し押してもらって体勢を整える。
母様達も驚いていたようだったが、僕は苦笑だけ返した。
男として当然の感想かもしれないけど、ユエ柔らかかったなぁ…。
何がとは言わないけど、柔らかかった。
そんな僕に気付いたのか、シャナが僕の足を結構強い力で叩いてくる。
「いった! 何?!」
「すけべ」
そう言われるとグゥの音も出ない。
おばさんと父様も気付いたようで、僕を見てニヤニヤと笑っているし。
笑わないでいただきたい。
◆◆◆
シャナへの封印も施され、このまま学園に戻った所でやる事もなかったので、4人で学園都市にあるカフェに来ていた。
僕だけは寮の部屋に帰って本でも読みたかった所だったのだが、女性陣の圧が凄かったので逆らえるわけもなく。
各々飲み物と、女性陣だけデザートを頼んでいた。
「てか、ギルドどうしようね?」
「あとで行けってママ言ってたけど。行った所で、登録の仕方わかんないし」
「休みの日にカヅキおばさんに引率してもらうのは?」
良い考えー!
なんて、女性だけで盛り上がっている。
僕いる必要あったかなぁ…なんて、ブラックコーヒーを飲みながら思う。
物凄く居心地が悪い。
むしろ本当に僕帰って良いかな。
いや、シャナが許さないよな絶対。
内心でため息をついていると、僕の目の前にケーキが差し出された。
あまり甘くないことで有名なチーズケーキで、僕は差し出した人物を見る。
「…ユエさん? 何してるんですかね?」
「? アオちゃん、コーヒーだけだったら胃が痛くなるんじゃないかと思って。一口あげようかと。あ、口つけてないから、安心して」
その後それ食べるよね、君。
間接なんちゃらになるんじゃないの、それ。
ユタカが、その手があったかという顔でユエを見ている。
姉は姉で素知らぬふりをしているし。
ユエとユタカから好意を寄せられているのはわかっているし、それが損得抜きの純粋なものだとも理解している。
ユエを見るが、何か打算的にこの行動をしているつもりはないようだ。
本当に、本気で僕の胃を心配しているみたいで、これ指摘した方がいいのかと、シャナを横目で見てみるが、やっぱり助け舟は出してくれなさそうだった。
「ユエ、その…むぐっ!?」
口を開いて断ろうとして瞬間、口の中にケーキを突っ込まれる。
フォークだったのだが、危うく口に刺さるところだった。
「甘くないから、アオちゃんでも食べられるでしょ? アオちゃん、甘いの得意じゃないもんね」
「…だからって、許可しないで人の口にフォーク突っ込むの、どうかと思うよ。ユエ」
ごめんね、なんて彼女は謝ってくる。
ユタカが自分の妹を睨みつけているし、姉は知らぬ存ぜぬを貫き通しているし。
僕はシャナの脇腹をつつき、念話を飛ばした。
〈助けてくれても良くない?〉
〈恋する乙女の邪魔をする者は、馬に蹴られて死ぬって母様言ってたし。これくらい治めてみなさいよ。次期王でしょ、グンジョウは〉
こんな時に限ってそんな事言ってくるな、シャナの奴。
二人と付き合うつもりはない、とちゃんと断れば良いのに、なんか可哀想だと思って言えないでいる僕が悪いのは、よくわかっている。
優柔不断なのもよく理解している。
だから甘いだの言われるんだよ、僕。
目の前で姉妹喧嘩を始めた二人に、僕はため息をついた。
それについて、二人は肩を跳ね上げる。
「………あぁ、二人が悪いんじゃなくて、自分が情けないなぁ…と思っただけで」
少し自己嫌悪に陥りかけてため息をついただけなのだが、二人とも僕が呆れたと感じたようだ。
そんな事はないんだけど。
「いや、タイミング悪」
「そう思うんなら助けてってば。別に空気重くしたかったわけじゃないんだから」
うわぁ、という感じに見てくるシャナに、恨めしげな目を向けてコーヒーを飲む。
カヅキおばさんが来てから、リューネの食文化も変わった。
コーヒーという嗜好品も出てきたぐらいだし。
「ご、ごめんね、グンちゃん…」
「五月蝿くしてごめんなさい…」
いや、僕よりお店の人に謝った方がいいと思うけど。
窓際の席に僕らはいたのだが、青空が綺麗だなぁ、なんて思ってしまう。
現実逃避というやつだね。
「後で店員さんに謝りなね?」
「「はい…」」
二人がしょんぼりした声を出したが、僕はそれに目を向けず窓の外をずっと見ていた。
窓ガラスに反射して見えていたシャナの顔は、呆れていたけれどね。