ウンディーネ3の月。
僕らはハインリヒ家へ向かう車の中にいた。
先月のあの騒動の後ツェリは学校を休んでおり、エミル君へ聞くとなんでも、原因不明の体調不良で寮生活が出来ないくらいに弱り、療養目的で実家に帰ったとの事らしい。
「そんな馬鹿な。あのツェリちゃんが病弱? 絶対嘘じゃん」
ユエが不満げに、ツェリに対してそう言う。
学園祭のデートを打ち切られた恨みもあるんだろう。
僕もあれはちょっと、と思っているし。
あの騒動が無ければ僕もユエも、楽しい時間が過ごせたはずなのだから。
「ユエ、思ってても言うんじゃない」
僕の注意に、ユエは口を噤んだ。
一応、僕らは王からの命で動いている。
他人を卑下する言葉を述べる前に、確認する事があった。
「もう一度確認する。シャナ、ユエはツェリの身柄の確保。その際、魔王の遺物があったなら回収、またはツェリ自身が侵食されているのなら拘束する事。僕とシンクはハインリヒ卿に事情聴取。ユタカとツルギは何かあった時の為に、シャナとユエの護衛。良いか、ユエ。僕の事についてツェリから何か言われても、耐えろ。戯言と受け流せ。君は、いずれ王太子妃になる。そのうち王妃だ。わかっているな?」
皆を見ながら、僕は最後にユエへ目線を投げ、告げる。
彼女は真剣な顔で頷いた。
「分かっています、グンジョウ王太子殿下。私は、立花家の娘です。分は弁えております。ツェツィーリエ様に何を言われようとも、口を噤んでおきます」
「シャナ、ユエのフォローをお願い」
シャナを見ると、姉はコクリと頷いてくれる。
「てか、堅苦しいな。今からガチガチに緊張してたって、後で疲れるだけだと思うがね」
シンクがヒラヒラと手を振りながら、僕へ言った。
弟の隣に座っているユタカが、シンクの様子へクスクス笑い始める。
「シンクだって緊張してるくせに。それに、緊張感を持つのは良い事だと思うけど。グンちゃんは優しいから、もしツェリちゃんが魔王の遺物に侵されていたら…助けてあげたい、って思ってるはずだよ?」
「…別に、思ってない」
僕は彼女から顔を背けた。
素直じゃないな、とユタカは笑う。
ツェリが遺物に侵食されているのなら…それがもう手遅れなら…幼馴染として、彼女の命を絶とうと決めているだけだ。
「…見えてきた。覚悟はいい、みんな?」
窓からハインリヒ領の領都が近づいてくるのが見える。
僕の問いかけに、皆頷いた。
「なら、作戦開始だ」
◆◆◆
ハインリヒ家の屋敷前に到着し、僕らは車を降りる。
老年の使用人が屋敷から出てきて門を開け、僕らに対し頭を下げてきた。
「お待ちしておりました、王太子殿下。私、この屋敷で執事長を務めさせていただいております、ウヌスと申します。旦那様とぼっちゃんの元まで、御案内させて頂きます」
恭しく頭を垂れる執事長に、僕は微笑みながら言う。
「心遣い、痛み入る。不躾な願いだが案内をもう一人つけて欲しい。姉君達はハインリヒ嬢の友人でな。療養でこちらに戻ったハインリヒ嬢を、
勿論ですとも、と執事長は言い、呼び鈴を鳴らしてメイドを呼び寄せた。
僕とシンクだけでハインリヒ卿に会う事を伝え、シャナに目をやる。
シャナもこちらを見、微かに頷いた。
姉達と別れ、僕らは応接室に通される。
そこには、家長のニコライ・トルマリン・ハインリヒとエミル君がいた。
「グンジョウ殿下、シンク殿下。この度は我が家までご足労頂きまして、誠にありがとうございます。陛下からの通達で我ら21貴族の家宅を捜索する旨は、聞き及んでおりましたが…その、何故に捜索するのかお伺いしても、宜しいでしょうか?」
ハインリヒ卿とエミル君は座っていたソファーから立ち上がり、僕らに一礼する。
そして、ハインリヒ卿は僕にそう尋ねてきた。
隣にエミル君がいるのは後学の為に同席させているのか、もしくは幼馴染で親友だから何か痛い所を突かれても、彼を使って僕を懐柔できると踏んだのか。
そのどちらでも、僕は彼の存在を無視するだけだが。
僕が話しているのはハインリヒ卿なのであって、エミル君ではないのだから。
「聞く必要性はない。僕らは陛下の命で動いているだけだ。その疑問は直接陛下に尋ねるがいい、ハインリヒ卿」
「はっ、失礼致しましたグンジョウ殿下」
すぐさま僕に頭を下げるハインリヒ卿に、エミル君が言う。
「父上、殿下方もお疲れの事かと思います。座って頂いた方が宜しいでしょう」
「あ、あぁ、そうだな。大変失礼致しました、ソファーにお掛けになってください、殿下方」
勧められて、僕とシンクはソファーに座った。
僕は二人を観察する。
冷や汗をかきながら、息子と同時に座るハインリヒ卿。
その様子を、若干心配そうに見ているエミル君。
魔王の遺物に関して、二人は関係なさそうに見えた。
まぁ、見えるだけで疑ってはいるけれど。