「アオ、いる?」
階段を誰かが降りてくる音がし、次いで声がかけられた。
僕はそちらの方を見つつ、降りてきた彼女に尋ねる。
「ユエ、どうした。ベルナール卿の拘束を、と言っていたはずだが?」
「シャナちゃんが城へ報告に行ったでしょ? 今、陛下やママが直々に騎士団を連れて、ここに来たの。私は兵にベルナール卿を引き渡して此方に来たんだけど…」
早すぎる。
兵を動かすにしても、時間がかかるはずなのに…。
ふと、僕は一つの結論に辿り着き、ユエに尋ねた。
「…もしかして…母様、寝込んだんじゃないのか…?」
「…陛下達と一緒に、シャナちゃんも戻ってきたんだけど…私達がここへ来た直後くらいに、陛下達にそれを告げて倒れたって…。だから、騎士団を動かすのも早かったみたい」
やっぱり…。
倒れたのは躯体の方だろうけど、母様の精神的なショックで、操る事も出来なくなったんだろうな、と察せる。
星読みのスキルは、良くも悪くも母様の精神的な負担になっているのだろう。
僕らをキョトンと見ていたシャルロッテが、ユエに手を伸ばす。
彼女はそれに気付いて、その手を取った。
ユエがうんうん頷いている事から、彼女はシャルロッテと会話をしているのだろう。
僕はそっとシャルロッテから手を離し、背後に現れた気配に声をかける。
「お疲れ様です、カヅキおばさん。陛下のご判断はなんと?」
影から現れたカヅキおばさんは、少し睨むように僕を見た。
「…ナズナも甘いな。ナツキのクローンを殺すわけにはいかない、だがこちらで保護も出来ない。お前の判断に任す、とさ。ナツキがショックで倒れたからな、心配でまともな判断が出来ないんだろう」
「そうですか…」
さて、どうしようか。
父様がシャルロッテを殺すなと言っていたという。
だが、こちらで保護も出来ないとも言っていたと。
この提案を断られたら、出来る手など限られてくる。
まぁ、カヅキおばさんは小さい子の味方だから、僕の提案を断るなんてしないだろう、とは思うのだけど。
「…カヅキおばさん、葵さんの所で保護は出来ませんか? シャルロッテはまだ幼い。あそこなら、ツェリ同様暴走した所で抑え込める人材がいる。代価は…父様に請求して下さい」
「言うようになったな、グンジョウ。責任逃れか?」
くっくっ、とカヅキおばさんは笑う。
僕はそれに肩を竦めた。
「父様は僕に判断を委ねる、と言っただけで、責任まで持て、とは言ってませんので。僕はそう判断を下しました。立花卿、どうでしょうか?」
「…良い性格になったな、お前。良いだろう、葵には私から話をしておいてやる」
おばさんは指を鳴らし、シャルロッテに服を着せる。
ついでに濡れていた床も綺麗にしたようで、乾いた状態になった。
おばさんはシャルロッテの側に行き、身を屈めた後ニヤリと笑いかける。
普段なら、その顔を見た幼い子は泣き出すのだが…シャルロッテはニコリと笑い返した。
流石母様のクローン。
カヅキおばさんに対して怖がるという事がないらしい。
「あいつの心の整理がつけられたら、会わせてやるよ」
シャルロッテと話していたようで、おばさんはそう言いつつ彼女を抱き上げた。
僕とユエへ、顎を階段の方に一回傾け、上がれと指示してくる。
あの部屋もう一度見るのか、嫌だなぁ…。
僕とユエが先頭になって階上へ戻ると、そこには何もなかった。
いや、ガラスケースなどは置かれていたが、そこにあったベルナール卿のコレクションが全てなくなっている。
あの大きな母様の肖像画もだ。
え、と唖然としていたら、ユエが耳打ちしてくる。
「陛下が重罪の証拠だからって、全部押収していったよ。後は兵を少し残してベルナール家の使用人とかにも事情聞いてあるから、それまとめて持ってこいって言伝預かってる」
「あ、そう…」
上でそんな作業してたのか…全く気付かなかった。
あの施設、防音機能も兼ね備えてるのか。
早く行け、と後ろからカヅキおばさんからせっつかれたので、僕とユエは階段前から退いた。
おばさんがシャルロッテを抱えて上がって来た直後、指を一回鳴らす。
途端、地下施設が黒煙を上げて燃え始めた。
「ちょっと、おばさん?!」
「証拠はあらかた持って帰ってきてるだろ。あと、ここの押収品も含めてな。グレゴワール、あいつは極刑だ。あとはテレジアも捕まえねばならん。あぁ、クソ…面倒事が山積みだ…!!」
本当に面倒だと、その顔が物語っている。
ユエはそれを見つつ、首を傾げた。
「でも、当主がいなくなるって…家お取り潰しになるんじゃないの? ママ」
「私達みたいに称号化でもするんだろうよ。そんなもん知らん、気になるならナズナに聞け。私はシャルロッテを葵に預けてくる……ベルナール老には少し世話になっただけに、この結果は残念だと私は思うよ」
そう言って自身の影を広げ、おばさんは影渡りをしたようでその場から消える。
ユエがおばさんがいた所から僕に顔を向けてきたので、彼女の疑問に答える事にした。