これが次期王としての責務であるのは、重々承知してはいるのだが…。
「人が殺される所なんて…出来れば見たくないんだよなぁ…」
湯船の縁に頭を乗せ、目を閉じた。
一度、僕はその瞬間を見ている。
シャナの記憶を覗いた時…前世の母様が死んだ、その時だ。
あの時は、現実味を帯びてはいなかった。
シャナの魂の記憶だと、理解していたからかもしれない。
自分事では無いと、現実逃避をしていたからかもしれない。
それでも、率先して見たい事ではなかった。
頭では、理解している事だとしてもだ。
「はぁ…」
僕はまた、ため息を吐く。
そんな時、カタン、と浴室の外で音が鳴った。
目を開けて、僕はそちらを見る。
見知ったシルエットが見え、少し苦笑した。
「ユエ、どうしたの?」
「…あ…その…」
声が少し震えている。
いつからいたのか気が付かなかったが、僕の独白を聞いていたらしい。
僕は彼女に声をかけた。
「もしかして泣いてるの、ユエ?」
「…っ、泣いて、ない…っ!!」
シルエットが何かを拭くように動く。
本当に意地っ張りだな、ユエは。
強情だし、負けず嫌いだし、意地っ張りだし。
そういう所が羨ましいし、愛おしいとも思う。
僕の妃になってくれる人は、僕にないものを持っている。
それには、本当に助けられていて。
自分の責務の為に泣けない僕に代わって、泣いてくれる優しい人。
「ユエ、おいで」
そう声をかけると、ユエが浴室の扉を開ける。
泣いてないと言ってはいたが、未だに止まる事ない涙がその頬を濡らしていた。
ユエはペタペタと歩いてきて、浴槽の脇に座る。
僕は少し微笑みながら、彼女の涙を拭った。
「泣かなくていいよ、ユエ。ありがとう。僕の代わりに泣いてくれて。大丈夫、これは王太子の責務だから。耐えてみせるよ」
「アオ、が…傷付くのが、
私は、一番…嫌なの…っ!! その人の、人生を奪ったって…アオが、苦しむの…見たく、ない…っ!! お願い…その時が来たら…私も、呼んで…っ!
私も、背負うから…
アオだけに、背負わせないから…っ!!」
嗚咽を漏らしながら、ユエはそう言う。
僕は嬉しくなって、彼女にキスをした。
段々深くしていくと、やはりユエからストップが入る。
まだ慣れないらしい。
「アオ…」
「…ユエ、ごめん。部屋に行ってくれる? ちょっと逆上せそうでさ」
そうお願いすると彼女はコクリと頷き、立ち上がって浴室から出て行った。
彼女の心遣いは、嬉しかったのだが。
あれ以上キスをしていたら、理性のタガが外れそうで危なかった。
ユエが止めてくれて助かった…。
僕が裸だったのも、一因ではあるが。
今が高等部2年生。
うちの両親とカヅキおばさん達が認めてくれるのなら、来年には婚姻可能年齢にはなる。
まぁ、早くて来年のシルフ1の月、遅くても3の月の高等部卒業後にはユエと結婚出来るのだ。
まだ我慢だ、僕。
少し深呼吸をして、浴槽から出る。
体をバスタオルで拭いて、代えの衣服を着てから部屋に戻った。
「ユエ?」
ベッドに横になっていた彼女の名を呼ぶが、規則正しい寝息が聞こえてきて、僕は苦笑する。
せめてベッドの中に入っていれば良かったのに、彼女は掛け布団もかけず、そのまま眠ってしまったようだ。
入る前に景色が凄かったから眼鏡つけたままで入ったんだよな…。
ユエのパジャマ可愛い。
モコモコのパジャマでフードに猫耳が付いているそれは青色で、僕は微笑した。
彼女を少し抱き上げてベッドの掛け布団を捲ると、ユエがちょっとだけぐずって、僕の首に腕を回してくる。
「アオ…好き…」
寝言なのだろうが、夢の中でも僕と一緒にいるのかと知って、声を出さずに笑った。
「本当に僕が好きなんだね、ユエ。僕も、君が大好きだよ」
ベッドに彼女を降ろし、腕を外した後掛け布団を掛けてあげる。
ふにゃ、と何とも可愛らしい寝顔になったユエの頬にキスを落とし、部屋の電気を消した。
カーテンから月光が差し込んでいて、電気を消したにも関わらず部屋の中が明るい。
このままではユエが起きてしまうと、僕は彼女側のカーテンを引いた。
もう片方は開けたままだが。
風呂から上がった直後だからだろうが、目が冴えてしまって眠れそうにもない。
僕は収納魔法から、本を一冊取り出して読み始める。
月光が太陽みたいに明るくて、文字を読むのも苦ではなかったから。
本を読み始めてから暫く経った頃、ん、という声とベッドの方で衣擦れの音が聞こえ、僕はそちらに目を向ける。
「アオ…何処…?」
僕が隣で寝ていない事に気付いて、ユエは自分が寝ているのとは反対方向の場所を触っているようだ。
そして唐突に起き上がり、辺りを見渡し始める。
窓際で本を読んでいた僕と目が合った彼女は、安堵の表情を浮かべた。
「そこに、いたんだ…良かった…」
「…怖い夢でも見たのかい、ユエ?」
僕は窓際に本を置いて立ち上がり、彼女の横に座る。
ユエは僕に抱きついてきて、コクリと頷いた。
「…桃華に、アオが連れて行かれる夢…見た。はは…まだ、あの時の事…引きずっているみたいで…嫌だなぁ…」
「ユエ…」
彼女が僕の服を握り締める。