畏まりました、とユエは僕の手に触れてくる。
白魚のような指、という言葉があるが、彼女の指はまさしくそれだった。
少し見惚れていると、手を離される。
「アオちゃん、着いたよ」
顔を上げると、確かにルカさんの家だった。
離された手が少し名残惜しい、なんて、そんな事一瞬でも考えるとは思わなかった。
しかも、ユエに対して。
僕は顔を下げ、握られていた自分の手を見つめる。
「? アオちゃん? どうかした?」
声をかけられて、また顔を上げた。
一瞬、ユエの顔が別の女の子と重なる。
「…え?」
「ん? どうしたの?」
首を傾げるユエに、僕は何でもないと返した。
疲れてるのかなぁ…。
眼鏡の度が合ってないせいで、眼精疲労でも起こしてる?
夕飯食べたら、すぐ寝よう…。
そう決めて、僕はルカさんの家のインターホンを押す。
すぐに、はーいという声が聞こえて玄関が開けられた。
母様と同じ、青い髪に紫の瞳の男の人が出てくる。
「あれ、久しぶりグンジョウ君。ここに来るなんて珍しいね」
「お久しぶりです、ナツキ叔父さん。眼鏡の度が合わないみたいで…」
ナツキ叔父さん。
母様の弟…となっている、母様の異次元同位体だ。
なんでも、母様の事が本気で好きなルカさんは、母様を諦めきれず、母様の異次元同位体を機械と魔法を駆使して作ったゲートで呼び寄せ、そのまま結ばれたそうだ。
それを知った母様は一回失神して倒れたし、カヅキおばさんは自分に無断でやったルカさんにブチギレていたし、結構場が混乱していた記憶がある。
とりあえず周囲には、自分の双子の弟だと母様は説明していたけど。
「それだったら、ルカに用事だね。あ、ユエちゃんも久しぶり」
「ひさしぶり、ナッ君。ルカちゃん、機嫌悪い?」
そんな事ないと思うけど、とナツキ叔父さんは言うが、ユエが言いたいのは僕が尋ねてきた事についてだ。
母様と結ばれた父様に対して、ルカさんは父様を毛嫌いしている。
小さい時は可愛がってもらっていた記憶はあるが、大きくなるにつれて父様に似てきたという理由で、ルカさんからは少し敬遠されている。
「あー…ユエちゃんが言いたい事わかった。検査くらいなら俺でも出来るから、その検査結果と一緒に度を直してもらうよう、ルカには伝えておくよ。ごめんね、グンジョウ君。ルカも悪気があるわけじゃないとは思うんだけど、どうしても姉さんの件を引き摺ってるようで」
「いえ…」
それがわかっているから、苦笑いしか返せない。
ユエが心配そうに僕を見上げているが、大丈夫と笑いかけた。
ナツキ叔父さんの検査室に通してもらい、視力とかを測ってもらう。
どうやらまた視力が下がっているようで、遠視に加えて乱視も入ってしまったらしい。
「あー…最近見えづらいと思ったら…」
「アオちゃん、明るい所で本読んだ方がいいんじゃない?」
ソファーに座り項垂れている僕へ、ユエが頭を撫でてくる。
少し鬱陶しいかな、なんて普段は思うのに、ショック過ぎてされるがままになった。
「すぐに直してもらうように、ルカに言ってくるから。お茶菓子でも食べて待っててね」
そう言い、ナツキ叔父さんは検査室を出ていく。
しん…とした空間に、ユエと二人きり。
城の外だし、ルカさんの家だから誰が見ているわけでもないが。
「…はぁ」
思わずため息が出てしまった。
王族だから、周囲の目を気にしなくてはならなくて、息が詰まってしまう。
こういうプライベートな空間が欲しいな、なんて思った。
周囲が騒がしい時に逃げ込める場所が、なんて。
僕の頭を撫でていたユエの手が、ビクッとなった。
そして、彼女は少し僕と距離を取る。
「……あのさ。別に、何も言ってないでしょ。なんでそんなにビクつくの」
「いや、あの…出過ぎた真似をしたかな、と…」
眼鏡を持って行かれてるので、ユエの表情がわからない。
よく見ようとして目を細めたら、人相が悪いとシャナに指摘された事があるため、この場ではしない方がいいと判断する。
「あのね、ユエ。嫌なら嫌だって言ってたはずなんだけど、僕。やめてって言ってもやめなかったのは君達だったはずだよね? 本当…お祖母様の所でどれだけやられたの君達」
「…ちょっと、恐怖を抱くくらい…」
ユタカはあまり変わりないようだけど、ユエは変わった。
これなら、カヅキおばさんも安心して嫁に出せるんじゃないだろうか。
…僕の所とは、限らないけど。
「…っ…はぁ…。ユエ、手出して」
心に何か引っかかったが、それを無視して僕はユエに手を差し出す。
彼女は恐る恐るといった感じで、差し出した僕の手に自分の手を乗せた。
僕より一回りも小さい手。
それを軽く握りしめる。
「…アオちゃん?」
「……ちょっと黙ってて」
ユエは言われた通りに黙って僕を見つめているようだ。
なんでこんな事をしているのか、僕にもわかっていない。
でも、この状態が心地よく感じているのも事実で。
ナツキ叔父さんが戻ってくるまで、僕はそのままユエの手を握っていた。