途中、夫人の部屋の前を通りかかったが、扉が少し開いていて啜り泣きが聞こえてきた。
あんなのでも、ちゃんと夫人はベルナール卿を愛していたらしい。
自分が僕らに嘆願した所で、処刑は回避出来ないと理解しているようで接触はなかったが、そんな彼女に同情する。
夫が愚かではなかったら、こうはならなかっただろうに、と。
「アオ、なんで執務室に来たの?」
あまり広くない執務室に6人入ると、結構手狭だなと感じる。
僕がここに来たのに疑問を覚えたユエが質問してきた。
「証言の取り纏めもしたかったし、こんな外装とかになったのここ最近らしくてね。金の動きとか見たかった、っていうのもある。シンク、帳簿類見つけたら全部持ってきてくれ。ユエとユタカは、この証言纏めるの手伝って。あー…シャナとツルギどうする?」
「帳簿の見方くらい分かるんですけど? シンク、それあたしに寄越して。おかしい点あったらそこに付箋貼るから」
本当に、うちの姉の振り幅デカくないか?
アホの子かと思いきや、こうやって仕事できる様見せつけてくるし。
「じゃあ、ツルギはシンクの手伝い。あと、なんかおかしい書類とか見つけたら僕に一回見せて」
「はい、殿下」
クロノスが来るまで、残り6時間か7時間しかなく、それまでに纏めなければならないので、正直みんながついてきてくれて助かった。
僕とユエ達は応接用のソファーに座り、シャナは足を組んでベルナール卿の執務用椅子に座って帳簿を見始める。
まぁ、座る前に浄化魔法を椅子と机にかけていたが。
「……結構横暴だな、ベルナール卿…」
ベルナール家の使用人の証言を見つつ、僕は呟いた。
使用人に対しての態度とか、言動とか酷すぎて思わず言ってしまったのだが。
「それはそうでしょ。あんな、母様しか目に入ってないような愚か者。他者に対して横暴じゃないなんて、誰が言えるって言うんだか。あんなので良く、母様の伴侶になれるって思えた事ね。母様がもし、仮にも父様と離婚してあれと婚姻したとしても、あたしは絶対あれを父親だなんて認めない」
帳簿を見つつ、シャナは眉を寄せながらそう吐き捨てる。
横暴な態度をとる人種が、姉は心底嫌いなのだ。
あとは自分の身分をひけらかして、相手を屈服させるタイプ。
身分を振り翳して、いう事を聞かせるタイプ。
この3つが、シャナが軽蔑に値すると判断する相手である。
幼い頃から、こうなっては駄目だと母様から言い聞かせられていた事もあり、それがシャナの価値観の一つになっているのだと思う。
もしも、ツルギがこの3つのうちの1つにでも当て嵌まっていたのなら、シャナが彼を好きになる事は絶対になかっただろうな、と思った。
「うちの使用人達、結構俺らに友好的だよな」
「雇ってるって言うのもあるけど、王宮だからね。給料は良いはずだし、シフト制とはいえ完全週休二日制だし、有給は年30日はあるし。有給は貯めれば貯めただけ残るから、定年退職しても王宮から貯めた分だけ給料は支払われる。パワハラモラハラ、セクハラは絶対許さない。虚言言って、人を貶めようとした奴は即クビだろ? あとは能力が高ければ高い程、上の役職に就けるようにはなってるし。残業したら一分毎に給料が発生するようになってるから。傷病手当はあるし、もし障害が残るような怪我をしたとしても、転属してもらってずっと働けるようにはするしね。定年退職後の年金もちゃんと支払われるから、うちって結構優良じゃないかなとは思うんだけど」
まぁ、それだけ質が高い仕事をお願いする事にはなるけれど。
新人は仕方ないし、三年目までは目を瞑ると母様は言っていた。
物を壊したり、紛失したとしても、有給から天引きにするだけで、本人の給料には影響がないらしいし。
あと初任給は、日本円で30万らしい。
そこから諸々の奴を引かれても、20万は残るようになってると言っていたか。
「……城で働きたい…何それ…日本でもそんな優良企業ないんですけど…? 前世のうちにそんな所あったら、バイトしてでも面接しまくったのに…っ!!」
「ユタカ? あー…そっか。こん中で働いた事あんのお前だけだもんなー…」
シャナは前世の記憶封じられてるからノーカンだとしても、確かにそうだ。
僕やシンク、ユエやツルギは10代で亡くなっているわけだし。
シンクの言葉通り、働いた記憶があるのはユタカだけか。
「本当、アルハラかましてくるクソ上司とか、自分の事を棚に上げて仕事押し付けてくるお局とか、仕事出来ないくせに自分を着飾る事やめない同僚とか、寝坊しても顔が可愛いから許される後輩とか、こっちを性的に見てくる男性社員とか…っ!! あぁ、思い出しただけで腹立ってきた…っ!! お一人様だった私に、結婚って良いものよって言ってくるおばちゃんとか…結婚して子供作らないのって聞いてくるババアとか、作り方知らないのか教えてやろうかってセクハラしてくるジジイとか…っ!! あーっ!! もーっ!! うっせぇんだよ!! 人の事なんてほっとけ馬鹿野郎!!」
おぉ…ユタカが荒ぶってらっしゃる…。