それでも吐き気が治まらず、胃液も吐いた。
「グンジョウ、大丈夫?」
「……キツイ……姉上、来なくて正解だよ…あんなの…見るに耐えない…うぇ…」
まだ吐き続ける僕の背を、シャナは摩ってくれる。
その手が暖かくて、少しだけ安心した。
やっと吐き気が治まって部屋に戻ると、シンクとユタカの姿が見えず、僕はツルギに尋ねる。
「…二人は?」
「…先程の殿下と同じ状態になられて…部屋を出ていかれました…」
シンクもショックを受けていると言っていたし、今頃ユタカに介抱されているのだろう。
そうか、と返事をして、僕はソファーに座った。
「グンジョウ、よく耐えたね。お姉ちゃんは、グンジョウが錯乱して帰ってくるかと思ってたよ」
隣に座ったシャナが、僕の頭を撫でてくる。
少しくすぐったかったが、やめてほしいとも思えなくて、されるがままになった。
「……錯乱、一歩手前な感じがするよ…ユエが起きるまでに、まともな精神になっておかないと…」
ユエはどうやら僕のベッドに寝かされているらしく、今このソファーにいるのは僕とシャナ、ツルギだけだ。
「膝枕してあげる、おいで」
「それはツルギにしてやれよ…」
自分の太ももを叩いた姉に僕はそう言うが、無理やり頭を掴まれ横にならされる。
しかもツルギから見えないように、背を向ける形で横になった。
シャナの香りがして、僕はまた安心感を覚える。
「本当に、あたしの自慢の弟だよグンジョウ。頭良いし、優しいし、姉思いの良い子。辛い事を経験したね。でも、それを糧にしてグンジョウは成長出来るはずだから。辛くなったら、お姉ちゃんにも頼ってねグンジョウ」
姉は、僕へ優しげな表情を向けながら頭を撫でてきた。
寝てはダメだと思ってはいるのだが、訓練で疲弊した体に、先程の凄惨な光景で負った精神的疲労が、僕を眠りに誘う。
「シャナ……姉上……寝たく、ない……」
「大丈夫。グンジョウが悪夢を見ても、お姉ちゃんが助けるからね。あたしは長女だもの。弟達が苦しんでいるのを、見過ごすはずないでしょ?」
ギュッとシャナを抱きしめると、姉のそんな声が聞こえる。
限界を迎えていた僕はシャナの匂いと頭を撫でる手、姉の体温で安心しきって、意識を落としてしまった。
◆◆◆
自然と目が覚め、僕は目を開く。
部屋は暗くなっており、僕が寝たのを確認したシャナが、ベッドまで僕を運んで電気を消し、退室したのかと寝ぼけた頭で思考する。
もしかしたら、運んだのはツルギかもしれないが。
夢も見ずに眠れていたようで、僕は覚醒する意識の中、彼女の名を呼ぶ。
「ユエ…」
月明かりが入ってきており、僕より先に目を覚ましていたであろうユエが、起き上がって僕をぼんやりと見つめていた。
「…どう、したの…?」
「……ううん…シャナちゃん、凄いね。流石お姉ちゃんって感じ。私だと、逆にアオの負担になってないかな、ってシャナちゃんの言葉を聞いてて思ったの」
もう一度彼女の名前を呼ぶと、ユエは苦笑する。
どうしてそんな表情をするのかわからないが、そんな事は絶対にない。
ユエが僕の負担になっているなんて、あるわけがない。
シャナは確かに姉として頼りになる所はある。
だけど、それは姉弟だからだ。
弟として、シャナは僕を慈しんでくれているだけだ。
僕は起き上がり、ユエを抱きしめる。
「ユエ。僕は自分の気持ち、ちゃんと伝えてきたつもりなんだけどな。迷惑ならそう言うし、負担になっているのなら、君にそう告げる。言ってないっていう事は、そう思ってないんだって理解して欲しいな」
「アオ……うん、ありがとう。大好きだよ、アオ」
そう言いつつ、彼女は僕の服を握りしめてきた。
そして、声もなく泣き始める。
僕は彼女の背を撫でつつ、ユエの頭に自分のをくっつけた。
僕もだが、ユエもあの凄惨な光景に耐えられなかった。
だが、僕らは乗り越えなければならない。
僕は次期国王であり、ユエは次期王妃になるのだから。
「ユエ、一緒に頑張ろう。君がダメになりそうな時は、僕が支えるよ。だから…僕がダメになりそうな時は叩いてでも叱咤してね」
「…私も、そうしてもらいたいんだけど…」
ユエに対して、僕が出来るわけないと思うんだよなぁ。
逆は容易に想像が出来るが。
うーん、と僕は困った顔をする。
ユエが少し体を離し、涙に濡れた目で僕を睨んできた。
「夫婦になるんでしょ? ちゃんと私の事も叱ってよ、アオ」
「…君が愛おしすぎて、大事すぎて、叱るなんて選択肢が見えないんだよね。喧嘩の時は怒るけどさ。君が弱っている時に、そんな事したくはないかな」
ちょっとムスッとしたユエの頬にキスをする。
彼女の涙の味がして、ほんの少しだけ舐めた。
「ちょ、アオ?!」
「舐めただけで、そんな大声出さないでよユエ。本当に君の反応、可愛いったらないね」
僕はユエを抱きしめたまま、彼女をベッドに押し倒す。
今日は流石に、ユーリおじさんも許してくれるだろう。
彼女が望んだ事だが、精神的ショックを受けたのはユエもなのだから。
「ねぇ、ユエ。朝まで一緒にいようか」
彼女の上から退いた僕の提案に、ユエはクスリと笑いながら手を握ってくる。
「朝までなんて嫌。私はこの先も、ずっと、ずーっと、アオと一緒にいるよ」
そういう意味で言ったのではなかったが、微笑むユエに、僕も笑い返した。
「そうだね。ずっと一緒にいよう、ユエ。死が二人を別つとも、君を死んでも愛し続けるよ」
とても嬉しそうに笑う彼女の笑顔が、今日の事を洗い流してくれるようで…僕らは手を繋いで眠りに落ちる。
夢は、見なかった。