シルフ3の月。
高等部生活も残すところ後一年という日に、僕らはヴァリエール家を尋ねていた。
門の所まで車で送られ、僕らはヴァリエール家を見上げる。
先月、あのベルナール家を見た後だからか、普通の家屋を見ると安心できた。
「グンジョウ殿下、並びにご一行様。いらっしゃいませ、お待ちしておりました。ご当主様がお待ちです。ご案内致します」
メイドが僕らに頭を深々と下げる。
案内役として、ヴァリエール卿が寄越してくれたのだろう。
僕らはそのメイドについて、敷地内に足を踏み入れた。
「結構広いんだね?」
歩きながら、ユエがこっそり尋ねてくる。
まぁ、僕とシャナ以外は他の家に訪問する機会など無きに等しいので、彼女に説明をした。
「ヴァリエール家は統合騒乱前、王家の次に権力を持っていた家でね。富と名声を得ていた家だったんだけど、それをひけらかす事なく常に王家に忠誠を誓ってくれている、とても穏和な家なんだよ」
「百年くらい前の話だけど、ヴァリエール家に王族の従姉妹の姫が嫁いだんだって。その時にこの広いお屋敷も貰ったって話だったかな?」
シャナの言葉に僕は頷く。
だからヴァリエール家は、王家の親戚になるのだ。
へー、と他から声が上がる。
その中には勿論シンクもいたのだが、そういう関連は教えて貰えなかったのだろうか?
「今の当主は、ヴァリエール家に養子として入ってね。前の当主が病弱気味だったみたいで。まぁ、血筋よりも心の絆の方が強いと、立花卿なら言うだろうけどね」
母様も、テスタロッサに養子として入った。
それでも、お祖父様やお祖母様に愛され、慈しんでもらっている。
カヅキおばさんは、妹の葵さんと血が繋がってはいないが、ユーリおじさんと共に育てていたという。
それでも、王族の僕らが誰とも血が繋がっていない、なんて事態になったら大問題ではあるのだけど。
そういう問題が許されるのは貴族までである。
「ヴァリエール卿はうちの両親の学友でさ。あの父様が、母様に近付いても目くじら立てない男性の一人なんだよね」
「まぁ、立てられないでしょ。なんて言ったって、僕らの育児のサポートしてくれてたの、ヴァリエール卿夫妻なんだから。そんな事したら、母様から離婚言い渡されて終わりでしょ」
母様の家族以外で、ただ一人。
ヴァリエール卿だけは、母様と話をしていても父様は何も言わず、黙認している。
自分がいない間母様を助けてくれていたのだから当然ではあるし、それで目くじらを立てた瞬間、母様は父様に離婚届を突きつけ、僕ら兄弟姉妹を連れてテスタロッサの家に帰る事だろう。
まだ若いのだから新しい妃でも娶りなさいな、とか何とか言いながら。
容易に想像できて、僕は苦笑した。
「アオ?」
「いや、ちょっとした想像を…」
ユエが僕の腕に触れ思考を読み取ったらしく、僕と同じような表情になる。
もし両親が離婚という事になったら、ユエと二人暮らしをしながら、僕は王立図書館で働こうかなぁ。
テスタロッサの家はルージェが跡を継ぐだろうし。
自分の叔父であるルージェの様子を思い出し、大丈夫かなと心配になる。
たまにリーゼに会うと、ガキ大将の如く妹に嫌がらせしまくっている彼だが、あれ多分好意の裏返しだと思うんだよな。
自分に興味持って欲しいっていう。
ただ、アプローチの仕方が悪すぎると思う。
あれじゃ、嫌われる一方なんだけど。
お祖母様と母様が怒ってはいるが、一向に聞きやしない。
今度その場面に遭遇したら、諭してやるべきか。
そんな思考をしていると、後ろにいたシャナがポツリと呟いた。
「本当に父様、母様の事大好きだからねー…あの事件がまた起こらない事祈るよ…」
「同感」
あの事件? とユエが首を傾げたので、あとで話してあげると彼女に言う。
その内、メイドが重厚な扉の前まで僕らを案内してくれた。
「私はここで失礼致します」
僕らに一礼したメイドは、そのまま踵を返して歩き去ってしまう。
あとはどうぞご勝手に、という事なのだろうか。
少し戸惑いを覚えたが、僕は扉をノックした。
「どうぞ」
若い男性の声がし、僕らは扉を開け中に入る。
そこには、薄ピンクの長髪を後ろで括り左目に眼帯をしている青年が立っていた。
青年といっても、父様母様と学友な時点で二人と同世代なわけなのだが。
本当に、転生者って人種は老けづらいんだろうか。
いや、なら父様どうなるんだよ。
転生者じゃないのに、母様と同様老けてないんだけど。
どういう事?
なんて、頭の片隅で思ってしまう。
「失礼します、ヴァリエール卿。本日はお時間を頂き、感謝致します。陛下から通達はいっているかと思われますが…」
「こんにちは、グンジョウ君。お久しぶりです。勿論、後程我が家の捜索をして頂ければと思いますが…まぁ、堅苦しい挨拶は抜きにして。王宮よりは狭いけど、捜索しつつ寛いでいって欲しいなとは思うよ。あんまり気を張り詰めすぎると、疲れちゃうでしょ?」
ニコリ、とヴァリエール卿は笑う。