母様が傷付くような事態になるのは余程の事であるため、その場合僕らは避難せざるを得ない。
天井を見上げると、夜空が見えた。
うわ、これ修繕費いくらかかるんだろ…?
目の前の光景より、天井の修繕費の方を気にしてしまう。
まぁ、カヅキおばさんか母様が魔法を使って元に戻しそうではあるが。
土煙が晴れると、瓦礫の山が姿を現した。
「そこにいるんでしょう? 出てきなさいな」
母様の厳しく大きい声が、瓦礫に向かって投げられる。
瓦礫が少し動き、そこから人が出てきた。
その人はフード付きのマントを羽織っているようで、こちらからは背中しか見えない。
「お初にお目にかかる。シャルロット・マリアライト・ブリリアント王妃。俺は
フードを取ったツルギと言った人物は、カヅキおばさんと同じような黒髪だった。
母様の目が細められる。
背後には父様がいたが、父様自体が前に出るのを母様が押さえつけているようで、母様を見つめていた。
今でも母様は父様の専属護衛として、父様を守ろうとしているのだと思った。
「それで、ご用件は? まさか、こんな大穴を王城に開けてくだらない用件でした、なんて言ったら…どうなるかわかっているだろうな?」
母様が魔力を込めた威圧をツルギに行う。
その余波を受けて、弟妹達は気絶していった。
ユエとユタカも立っていられず、その場に座り込む。
「ユエ、大丈夫?」
「ご、ごめん、アオちゃん…こ、怖くて、震えが…」
母様の威圧に慣れている僕やシャナは、全くと言っていいほど平気だったのだが、幼い弟妹やユエ達はそうもいかなかったようだ。
僕はユエを抱きしめ、頭を撫でる。
「大丈夫、怖くないよ。母様はあいつに怒っているのであって、僕らには怒っていないんだから」
「ん…うん…ありがとう、アオちゃん…」
恐る恐る、ユエは僕の背中に手を回し、服を掴んできた。
その手も、体も震えていて、彼女を安心させるためにゆっくりと頭を撫でていく。
シャナとユタカの方を見れば、面倒になったのかユタカは姉の手によって眠らされていた。
宥めてやれよ、とは思うが、起こしておいても煩いだけかと納得する。
母様の邪魔をしない方がいいのは、状況から見ても明らかだ。
「単刀直入に言う。元の世界に戻る方法を教えて欲しい」
元の世界、というと、母様達の世界の事を言っているのだろうか。
しかし彼は今、自分は転生者だと言った。
なら、向こうの世界で彼は死んでいるという事に他ならない。
その言葉に、母様は鼻で笑って返した。
「そんな方法があるなら、私とてここに来た時分で帰っている。何を世迷言を。それに、その分野なら立花卿の元に行くべきだったな、小僧」
「もう行った上に、ここに吹き飛ばされてきたんだ」
それに母様は若干目を丸くした後、頭が痛そうに眉を顰めてこめかみを押さえる。
「あいつ…邪魔されたからと、こちらに吹き飛ばしてくるとは…後でターニャ呼んで説教してやる…」
地を這うような母様の言葉に、カヅキおばさんへ心の中で合掌した。
きっとステレオで説教を受けるに違いない。
「ナズナ、一歩もそこから動くな。私がいいと言うまで。良いな?」
「だがシャル」
母様が父様を睨みつける。
その目を受けた父様は固まってしまった。
母様のあの態度と目付き、確か父様は苦手なんだよな。
シャルが冷たくなって怖い、とぼやいているのを聞いた事がある。
母様は刀を何もない場から作り出し、ツルギに向けた。
騒ぎを聞きつけて、親衛隊もやっとこの場に到着している。
遅すぎな気がしないでもないが、母様がその場にいるので様子を伺っていたに違いなかった。
カヅキおばさんが来て最強の座からは降りたが、それまでは母様がこの国で一番強かったのだ。
「貴様ら、子供達を避難させよ。グンジョウ、お前は残れ。王太子として見届けろ」
「はい、王妃殿下」
母様のドレスが、動きやすい軍服に変わる。
髪型も、横に流していたものから、ポニーテールに変わった。
母様、本気だ。
僕は少し息を呑む。
あんな母様は、初めて見たからだ。
母様から鍛錬を受けてはいたが、あんな姿になる事はただの一度もなかった。
いつもゆったり目のドレスで、僕の攻撃を軽くいなしていたのだ。
あの細腕で。
微笑を湛えながら。
だが、今の母様の瞳は鋭く冷たい。
口を引き結び、無表情に近い顔をしている。
その顔に、僕は寒気を覚えた。
確かに、父様が怖がるのも頷ける。
あんな顔で睨まれたら、僕だって素直に母様の言う事を聞く事だろう。
僕とユエ以外、親衛隊は皆を連れて行く。
シャナが心配そうにこちらを見つめていたが、僕はそちらに視線を向ける事は出来なかった。
「いくぞ。簡単に死んでくれるなよ? 貴様を下して、処罰を受けさせなければならんからな」
母様が、少し地面を踏み込んだかと思った次の瞬間、離れた場所にいたツルギの懐に現れる。
「っ!!」
母様が刀を左下から振り上げ、ツルギを斬ろうとした。