my way of life   作:桜舞

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252話『君の名前が入ってるよね』

彼女と付き合う前なら、放置して本を読んでいたものだが。

本よりユエと過ごす事の方が、僕の中では比重が大きくなってしまっていた。

 

「気にしないってば。食べてる間だけで申し訳ないけど、私アオと一緒にいられるだけで幸せなの」

「申し訳ないとか思わなくて良いよ、ユエ。可愛い事言ってくれるじゃん。何頼むか決まったの?」

 

これ、と指差したのは、皿に乗っているクレープだ。

クレープ好きだなぁ、と一瞬だけ考えてしまう。

 

「こういうタイプ初めて見たから、どんなのかなぁって気になっただけだよ」

「心読まないで…。じゃあ、注文するね?」

 

店員を呼んで、コーヒーとクレープを注文する。

品物が届く前に僕は席を立ち、本を一冊だけ持って席に戻った。

店内は人の会話はあったもののそこまで大きくはなく、少し音がするなぁと感想を抱く程度のものである。

 

僕は本の表紙を捲り、文字を追う。

途中で店員が僕の目の前にコーヒーを置き、ユエの目の前にクレープを置いた。

僕が言う前に彼女が礼を言い、店員は離れていく。

 

ユエは静かにフォークとナイフを使い、クレープを食べ始めた。

僕は視界の端にそれを見、また文字を追う。

 

どれくらい時間が経っただろうか。

本を読み終わって顔を上げると、ユエは漫画を読んでいた。

 

「ユエ」

「ん? あ、読み終わった? すごい集中してたね。もう暗いから帰ろ?」

 

窓の外を見ると、彼女の言う通り暗くなっており、時間はあれから四時間経って午後七時。

長く居座ってしまったらしい。

唖然と時計を見る僕に、ユエがクスクス笑った。

 

「少しお手洗いで席立ってたんだけど、店員さんに彼氏さん本好きなんですねって言われたんだ。長居してすみませんって謝ったら、そういうコンセプトのお店だから、いくらいてくれても構いませんよって言ってた。アオ向けのお店かもね、ここ」

「…ごめん、ユエ。退屈だったろ?」

 

本を閉じ、彼女に謝る。

ううん、とユエは首を横に振った。

 

「言ったじゃない、私はアオと一緒にいられるだけで幸せなんだって。でも、流石に王妃様が怒るかもだから、早く帰ろ?」

 

僕は頷き、冷めてしまったコーヒーを飲み干して、注文票を持ちレジへ向かう。

ユエは自分の分は自分で払うと言ったが、最初から割り勘なんて考えはなかったので、払わせてとお願いしてカードで支払った。

 

ユエに転移させてもらって城に帰る。

夕飯を食べた後、訓練したは良いものの…母様と父様の猛攻に、胃の中の物全部吐き出す羽目になるとは、思ってなかった。

 

「……あー、くっそ…」

 

訓練が終わって悪態をつくと、ユエが心配そうに駆け寄ってくる。

 

「アオ、大丈夫?」

「…大丈夫……はー……相変わらずウチの両親、えげつなく無い? 死屍累々ってこの事でしょ…ユエ、回復早いね? シャナとかシンクとか、皆まだ蹲って動けそうもないのに…」

 

斯く言う僕も、まだ動けそうにない。

あの猛攻を防ぎきれず、吐くまで殴打されるとは。

母様が治すまで、僕の顔は見るも無惨な状態だっただろう。

 

「こっそり自動回復(リジェネレイト)付けてた。陛下と王妃様のコンビネーションって、ママの時より攻撃力とかが跳ね上がるから。まぁ、私一人にしか使えないから、そこはごめんね」

 

ユエは僕に膝枕しながら謝ってくる。

謝る必要はないと言って僕は、彼女の柔らかい枕を堪能していた。

 

「今日のアオ、すごく格好良かったよ。惚れ直しちゃった」

 

ユエは僕の頭を撫でながら微笑む。

今凄く情けない所を見られているはずなんだけど、それでも僕を格好良いというのか、彼女は。

 

「…ユエ、ピアノホール連れてってくれない?」

「? 良いけど」

 

ユエの転移で、城の中にあるピアノホールに飛ぶ。

母様の趣味であるピアノが置いてある部屋で、父様にそれを言った途端この部屋を作ってしまったと、母様が苦笑いしていた。

たまにここで弾いているようで、音が聞こえてくる時がある。

 

「アオ、ピアノ弾けたっけ?」

「少しだけね」

 

僕は起き上がり、ピアノの鍵盤蓋を開けて椅子に座った。

母様が弾いているから、ちゃんと調律されているのは知っている。

小さい時に、母様が弾いてくれた中で好きだった曲を必死で覚えた頃を思い出し、鍵盤に指を滑らせた。

 

「…綺麗」

 

僕が弾き始めて少しした後に、ユエがポツリと呟く。

確か月の光だったっけ、この曲。

僕も彼女と同じ感想を抱いたから、この曲を練習したんだ。

 

この曲と同じく、月の光がホール内を照らす。

ピアノの音だけがこの場に響いて、僕とユエだけしか世界にいないような錯覚を覚えた。

 

ピアノを弾き終わると、ユエが拍手してくれる。

 

「…凄い…音も綺麗だったけど…月の光に照らされたアオが、その…綺麗すぎて、目が離せなかった」

「男に綺麗って…まぁ、褒めてくれてるのは分かってるから良いんだけど。この曲、月の光って言うんだ。君の名前が入ってるよね、(ユエ)

 

彼女は少し驚いた後、ふわりと笑った。

その微笑みを見られただけで、僕は幸せだと感じる。

 

「愛してるよ、ユエ」

 

僕は彼女に笑いかけ、そう言った。

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