亜人族の中で、フレイア一族は遊牧の民。
ハンフリーさんは、そのフレイアの長である。
この場所に馬車で来たのも、草原内を車で走るなんて駄目だと母様に言われたからだ。
そんな事をしようものなら、草原に暮らす亜人族全てに反感を買うから、だそうで。
まぁ、それはそうだろうなとは思う。
自分達が暮らしている場所を荒らされるのは、亜人族でなくても不愉快極まりないだろうから。
「おう、来たか」
一番大きな住居から、白い鬣を湛えた獣人族の男性が現れる。
僕は彼に頭を下げた。
「お久しぶりです、ハンフリーさん」
「陛下んとこの坊ちゃんか。人族は大きくなるのが早いねぇ。前に会った時は王妃の嬢ちゃんの後ろに隠れてたっけな」
一体いつの話しをしているのだろうか。
いや、王妃と言った時点で僕が五歳か六歳の時の話だろう。
父様と母様に連れられてここに初めて来た時、あまりにも大きいハンフリーさんが怖くて、母様の後ろに隠れたのだ。
その時のシャナは、母様に言われていたにも関わらずかくれんぼする、と言って聞かなくて、結局置いて行ったんだったな。
後で泣かれたけど、母様から諭されて納得してた。
「そっちの嬢ちゃんは王妃の嬢ちゃんに似た匂いがしてるな? それにそっちの坊ちゃんに似た奴も、坊ちゃんと同じ匂いがしやがる。ん? 分裂でもしたのか?」
「母様に似てるのが、姉のシャナです。もう一人は弟ですよ、ハンフリーさん」
顔を上げ、僕は苦笑いする。
初めまして、と二人は僕と同様に頭を下げた。
ハンフリーさんは、おう、と一言言い、今度はユエ達を見る。
「んー? 黒い嬢ちゃんの子供かお前ら? そっちの黒いのは、嬢ちゃん達とおんなじ独特の匂いがするな」
黒い嬢ちゃん? とユエとユタカは首を傾げ、独特の匂いと言われたツルギは、自分の腕を上げ匂いを嗅いでいた。
「あー…カヅキおばさんの事だよ、多分。全身真っ黒じゃん、あの人。それに獣王であるハンフリーさんには、僕ら人族は赤子も同然だからね。あとツルギ、多分転生者の匂いってやつだから気にするな」
「そん中でも、王妃の嬢ちゃんは良い女だな。赤子だとしても、あれを番にしている陛下が羨ましい」
父様を陛下と呼んではいるけど、敬った敬称ではなく、ただ人を区別する為に呼んでいるだけなのだろうな、と思う。
亜人族の中には知的な種族もいるが、その中でも結構大雑把と言うか豪快な所があるのがフレイア一族である。
ハンフリーさんはガッハッハと笑うが、彼が出てきた住居の中から何かが飛んできて、ハンフリーさんの頭に直撃した。
「ガッ?!」
「あんた?! なぁにが羨ましいって言うんかね?! あたいじゃ不満だって言うのかい?!」
ボサッと音を立てて落ちたそれは中華鍋で、僕らは唖然とその落ちた中華鍋を見つめてしまう。
「サ、サマンサ! これは言葉の綾ってやつで…」
「何が言葉の綾かね?! アンタみたいな脳足りんが、そんな難しい言葉使うんじゃないよ!!」
住居の中から、褐色の肌をした女性が出てきた。
その人は料理に使うお玉と、何故かフライパンを持って現れる。
「サマンサ、やめんか! 客…いや、殿下達が来てるんだぞ?! ハシタナイと思わんのか?!」
「獣人族に嫁いだ変わり者のあたいが、今更恥じらいを覚えると思ってんのかい?! そこに直りな!! 説教してやる!!」
サマンサさんはお玉でフライパンを叩き始め、その余りの騒音に僕らは耳を塞いだ。
その様子を見ていたユエが、念話で僕に言う。
〈あれ、ママもやってたやつだ。普通に起きない人を叩き起こすのに便利だって、テスタロッサ夫人に教えてもらったって言ってた〉
〈それがなんで、ハンフリーさんの奥さんだと思われるサマンサさんが使ってるんだよ?〉
それは知らない、と彼女は首を傾げた。
もしかしたら、必殺技としてカヅキおばさんが母様に同行した際、サマンサさんに教えていた可能性も、無きにしも非ずかもなぁ、なんて頭の片隅で考える。
数分に及ぶ夫婦喧嘩にやっと収束が付いたようで、ハンフリーさんは泡を吹いて倒れてしまい、サマンサさんが圧勝した。
「ふん、この馬鹿亭主が!! 王妃様がお綺麗なのは当たり前だろうが!! 目移りしてんじゃないよ!」
いや、目移りしたわけではなく、良い女だと褒めただけだと思われるのだが、女性の嫉妬は怖いものだと身をもって経験している身からしたら、口を挟むべきではないと思い黙る。
ついでに、僕とシンクはツルギの口を塞いだ。
父様並に失言する事があるツルギが、この状況に口を開こうとしているのに気がついたからだ。
「? グンジョウ、シンク? なんでツルギ君の口塞いでるの?」
「それは後で、城に帰ってから本人に聞いてシャナ」
ツルギも何かに思い至ったのか、うんうん頷き始める。
理解したようだと、僕とシンクは口から手を離した。
「えーと…フレイア夫人」
「夫人だなんて、そんな大層なもんじゃないですよぉ。この馬鹿が懐いてきたから絆されて、一緒になっただけでさぁ。あぁ、すんませんね殿下方。あたい、平民でも下の方で…お上品な言葉遣い出来ないんっすわぁ」
別に気にしないと伝え、僕らがここにきた目的を夫人に伝える。