隣にいたユエは、そんな僕らの様子を横目で見つつ周囲を警戒してくれていた。
数十分前に言った事を覚えてくれているからか、何も言ってこない。
彼女からの嫉妬は少し困る時もあるけど、でもそれ以上に嬉しいと感じる。
僕を想って、僕の事で怒って、僕に群がる女共に嫉妬して。
それで感情を露わにする彼女が、ユエがとても愛おしい。
僕は口元に手を当て、ニヤリと笑う。
本当、嗜虐心がたまに顔を出すから、困ったものだ。
「グンジョウ…」
「わかってるよ、シャナ。今はそんな事考えてる場合じゃないって」
口元から手を外し、ため息をつく。
シンクのマッピングのおかげでスムーズに進めているが、途中から瘴気が出てきて視界が遮られてきた。
「瘴気って真っ黒いんだねぇ。何だろ、黒煙みたいな?」
「いくらエレオノール様の結界があるからって、呑気過ぎないユタカ? 結界張ってもらって瘴気は入り込んでこないけど、本当に視界が悪すぎるんだよ?」
前方を歩いているユタカが、いつものようにのほほんとした口調で言うのを、ユエが咎める。
そんな妹を振り返り、ユタカは笑った。
「だって見た事ないんだもん。触れたら危ないっていうのは、ママやナッちゃんに教えてもらってるから理解してるけど、形状の感想くらい言っても良くない?」
「いつ魔物が出てくるか分かんないのに…って、あぁもう!! 言ってる傍から!!」
ユエが魔武器を取り出し、ユタカの背後に現れたゾンビを撃ち殺す。
その弾丸はユタカの頬を掠め、髪の毛を数本持っていき、彼女の頬から少し血が垂れた。
「ちょっとユエ?! ワザと?!」
ユタカは頬を押さえ、回復魔法をかけながらユエに抗議する。
シンクも少し目つきが鋭くなっており、ユエを睨んでいた。
気持ちはわかるから、僕は何も言わない。
「ワザとじゃない!! 射線上にユタカがいるのが悪いんでしょ?! いや、怪我させて悪いとは思ってるよ?! でもそのままだとあんた噛まれてたよ?!」
ユエの言い分も尤もで、ユタカは進行方向から背を向けていた。
いくら隣にツルギがいたとしても、警戒を怠ったのはユタカ自身だ。
どっちも悪い、という判断を僕は下す。
「グンジョウ、どうすんの」
「どうするも何も…」
シャナがこちらを見つつ尋ねてくる。
僕はチラリとシンクの方を見た。
もう一人の僕だからか、僕が至った思考に弟も至ったのだろう。
シンクは僕の視線に気付き、肩を竦めた。
「……仕方ない…あまりしたくないんだけど……ユエ、ユタカ!! そこまでにしろ!! 今が非常事態だと分からないか!!」
僕の叱責に、二人とも肩を震わせて恐る恐る僕の方を見る。
表情を見て察した二人は、僕に頭を下げてきた。
「申し訳ありません、グンジョウ殿下!!」
「仰る通りでございます…申し訳ありません、グンジョウ殿下…」
別に萎縮させたいわけではないんだけど、瘴気が充満してる中で喧嘩はやめてもらいたい。
それを伝えると、その通りだとまた謝られた。
「さっすが兄君。威厳は充分じゃねぇか」
「後でユタカのフォロー頼む。彼女の精神年齢から言って、そこまでダメージは負ってないかもしれないが、念の為な」
小声で返すと、おうよ、と弟は言う。
「ユタカ、下がれ。私と位置を交代しろ」
「えっ…あ、はい…」
僕は前に行き、彼女は僕と入れ違いになるように後方へ下がった。
シンクの傍なら、彼女も少しは気を張ってくれるだろうと信じて。
少し進むと、階下に降りる場所があった。
僕は前を見つつ、シンクに聞く。
「シンク、この階のマッピングは?」
「大体80%くらい。100にするまで歩くか?」
弟の問いかけに、僕は首を横に振った。
自分の腕につけている時計を見る。
昼時か…一回撤退するべきか、これ?
いや、この瘴気だ。
今はここに留まっているが、いつ開口部から噴出するか分からない。
その場合、王都中に瘴気が蔓延する事になる。
母様や、カヅキおばさんの手を煩わせる事になりかねない。
「シャナ、入り口閉じられないかな。確か開けっぱなしだっただろ?」
「え、ここから? いや、無理だよ」
ですよね。
みんなで戻るには時間のロスになるし。
あぁ、クソ…僕に魔力があれば…。
「じゃあ、私とアオで一回戻るね。シンク、位置情報の共有しておいて。すぐ戻るから」
考えを読んだのか、ユエが僕の手を取って引っ張り、もう片方の手でシンクと手を合わせる。
弟は仕方ないなと苦笑した。
「うちの兄ちゃん宜しくな、義姉ちゃん」
「任せて。アオ、行こう」
エレオノールさんの結界から出る。
すぐさまユエが結界を張ってくれ、皆から離れた。
◆◆◆
「ユエ、ごめん。助かったよ」
地下への入り口を一旦閉じ、振り返りながら僕は彼女に謝罪と礼を言う。
ユエはフルフルと首を横に振った。
「私も、最初にその懸念に気が付けば良かったんだけど。あと、さっきママ達にこの事伝えたから、ジルベルト卿にも話行ってると思うよ……あ、ママから返事きた。今日の礼拝は中止、サンテブルク教会は王妃様が結界張って、誰も入れないようにしてるって。何があっても良いように、だろうね」
流石母様。
行動が早い。