「ユエ! ごめ…」
ベッドの中に彼女の姿はなく、辺りを見渡してみると、ソファーの上で上半身を横たえて眠っているユエの姿が、ぼんやり見える。
眼鏡を探すと、サイドテーブルの上にきちんと畳まれて置かれていた。
それをかけて、僕は再びユエの方を見る。
なんであんな所に、なんて少し考えればわかる事だ。
きっと、僕の立場を考慮して僕が寝入ってしまった後移動してくれたんだろう。
そして昨日、眼鏡をかけたまま寝てしまったのを思い出す。
それも、ユエが外して置いてくれたのだとわかった。
そんな彼女の姿を見た瞬間、理解する。
シャナに相談するまででもなかった。
冬夏さんにも抱いた事のない、この感情は。
「…ユエ」
僕はベッドから降り、ソファーで眠ってしまっている彼女を抱き上げる。
とても軽く、少し不安になる重さだった。
そのままベッドに向かってユエを横たえ、彼女の姿を見た。
規則的な呼吸音と共に、胸が上下している。
朝の光に照らされて、彼女の顔がよく見えた。
端正な顔立ちで、まつ毛が長い事に気付く。
血色が良く、唇も薔薇色に染まっている。
いけない事だとわかってはいたが、起きてしまったら謝ろうと考え、彼女の唇に自分のを軽く重ねた。
すぐに離したが、ユエが起きる気配はない。
「待って、犯罪じゃん、これ…」
やってしまった事について、自己嫌悪に陥る。
ユエが愛おしい。
その気持ちが溢れてしまった。
「ん…ん…? アオちゃ…?」
ベッドの上で目を覚ましたユエは、ベッドに突っ伏した僕を見て、寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。
「どうしたの…? どこか痛い…?」
微笑みながら、ユエは僕の頭を撫でてきた。
そんな彼女に僕は言う。
「僕は犯罪者だから、首を刎ねてくれない? ユエ…」
「……ごめん、アオちゃん。なんでそんな話になるのか、私寝起きだから理解出来ないんだけど…。えっと、朝からちょっとムラっとしてメイドさんに手でも出した?」
困ったような顔になったユエはそう尋ねてくるが、僕は絶句して彼女を見つめてしまった。
「なんでそんな発想になるわけ? 僕、そんな節操なしに見える?」
「だって、起きたら犯罪者どうこう言うんだもん。アオちゃん、私には何もしないだろうから考えられるとしたら、そうかなぁって」
自分は対象外と思ってる彼女に、だよな、と思う。
僕の今までの態度からしたら、ユエにそう思われていても仕方がない事だった。
「そう、だね。じゃあ、嫌なら張り倒して。あと、先に謝っておく。ごめん、ユエ」
「え? んぅ…?!」
彼女にもう一度キスをする。
驚いて目を見開いていた彼女だったが、目が潤み、そっと目を閉じた。
ユエから唇を離すと、彼女はゆっくりと目を開ける。
ガーネットの瞳が、潤んで僕を見つめていた。
「アオちゃ…」
ポロポロと、ユエは涙を流し始める。
やっぱり嫌だったのかな、ごめんねと僕は彼女の目線まで体を屈ませた。
「あの、ユエ…」
「ごめん、ごめんね、アオちゃん。アオちゃんの事好きでごめん。泣いたら、迷惑なの、分かってるんだけど……嬉しくて……っ! ごめんね、アオちゃん…っ」
謝るの、僕の方だと思うんだけど。
むしろ、殴られるの覚悟してたんだけど。
この変態とか、犯罪者とか、次期王失格とか罵られると思ってたんだけどな。
でも、まだ僕の事好きでいてくれてるのか、ユエは。
「謝らなくていいよ。いや、むしろこっちが謝らないといけないというか…」
泣いてる自分の顔を、袖で擦っているユエの腕を取る。
目が擦りすぎて赤くなっていた。
「ユエ、赤くなってる」
「大丈夫、回復魔法で治すから…アオちゃん、手、離して…」
目もだが、顔も少し赤くなっている。
先程の出来事が、ユエの中で現実だと理解出来たようだ。
あぁ、ダメだ。
愛おしい。
父様の、母様への気持ちが理解出来た。
また僕はベッドへ突っ伏してしまった。
◆◆◆
ちょっと気まずい思いをしながら、僕らは食堂に向かう。
扉を開けると、昨日のあれは何だったのかというくらい綺麗になっていた。
あんな山積みになっていた瓦礫も無くなってて、天井を見るとそこも直っている。
「おはよう」
ゆったりしたドレスを着た母様が、僕らに挨拶してきた。
「おはよう、母様」
「おはようございます、王妃様」
ユエが頭を下げる。
さっきの事は横に置いたようだった。
切り替えが早いのは良い事だと思うが、少し寂しいとも感じてしまう。
犯罪者が何言ってるんだって話なんだけど。
「グンジョウ、ユエちゃん送るついでに、カヅキに昨日の事聞いてきて。彼の処遇をどうしたのか。監視下の元、シャナの護衛に据えるならそれでも良し。シャナの意見を無視して死刑にしたのなら、それでも良し」
「朝ご飯まだなのに、血生臭い事言わないでもらっていい? それに、シャナの専属護衛はユタカでしょ? ツルギをシャナの専属護衛にするなら、ユタカはどうするの?」
それは貴方が決めなさいな、と母様は食堂を出ていく。
どうやらもう食事を終えていたらしい。