「あれなんて言ったっけ…リューネとかオーシアのやつじゃないよな…」
二国でも、あんなの見た事ないし。
だからと言って、夕陽の知識の中にもない。
いや、夕陽はアホだったから、知らないだけかもしれないが。
「鹿おどし、って言うんだよアオ」
「ユエ」
声がする方を仰ぎ見ると、ユエが少し微笑みながら靴を脱いでいる所だった。
勉強道具を片手に持っているのを見るに、あの後僕を追いかけてきたのだろう。
「僕がいなくて不安になった?」
「そういうわけじゃないけど…アオがいないと分からない所がまた出てきたから、聞きにきただけ」
そう言いつつ、ユエは僕の隣に腰を下ろした。
彼女の様子に僕は苦笑する。
「秀才の雪那でも分からない事があるんだね?」
「揶揄わないでよ、アオ。それに、私は今雪那じゃなくてユエだもん。それとも、雪那になった方が良い? 夕陽君」
ユエの言葉に、僕は首を軽く横に振った。
「冗談。雪那の事も好きだったけど、今は君が好きだよユエ」
「私も。夕陽君の事好きだったけど…それ以上にアオが好き」
僕らは見つめ合い、どちらからともなくキスをする。
あまり深くするとユエからストップが入るので、触れるだけにしておいた。
唇を離し、お互いに笑い合う。
それから昼まで、枯山水の庭で勉強する事にした。
◆◆◆
流石に勉強だけじゃ体が鈍り過ぎるという事で、午後からは組み手をしようという話になり。
騎士団や親衛隊の演習に参加しても良かったが、彼らの鍛錬の邪魔をするのも何だかな、と思って、二人だけでやろうとユエと話して決めた。
可愛い服装から、動きやすいものに着替えてきたユエは、城の中にある鍛錬場で僕と組み手を始める。
僕は内燃機関を、ユエは外部出力で身体強化をした。
僕に蹴りを見舞ってきた彼女のそれが重くて、僕は少しだけ笑う。
「何笑ってるの、アオ」
「いや? 流石は僕のお嫁さんだな、と思って。本当、君は可愛いし美しいし、強いし。僕には勿体無いよ、ね!」
彼女の足を掴み、空中にぶん投げる。
それは予想済みだったのか、ユエは空中で体勢を整え、地面に着地した、のだが。
「組み手してる時に口説いてくんな!!」
僕に対して怒鳴ってきたその顔は、真っ赤に染まっていた。
本当の事なのにな、なんて僕は軽く首を捻る。
「え、アオ、無自覚…?」
そんな僕の様子を、ユエは唖然としながら見てきた。
いや、無自覚かそうじゃないかって聞かれたら…。
「意識してない時点で、無自覚かもしれないけど…本心しか口に出してないからなぁ…」
「そ、それでも組み手の時に言うものじゃないでしょ?!」
慌てふためきながら抗議してくるユエが可愛くて、僕はクックッと笑いながら肩を震わせた。
ムッとなった彼女は、僕に向かって拳を繰り出してくる。
それを避けながら、ユエを観察してて思った。
ツェリに匹敵するくらいの力量になってきてるな、ユエ。
ちょっと気を抜いたら当たりそう。
流石に僕も鍛えているからって、魔力が乗った拳に当たったら痛いどころじゃ済まないんだよな。
ひょいひょい避ける僕に痺れを切らしたのか、ユエの攻撃に属性魔法が載せられ始めた。
「ちょっと待てユエ?! 流石にそれはやりすぎ…っ!!」
「避けてばっかいるアオが悪いんでしょうが!!」
ユエ見てるの楽しくて、攻撃するの忘れてたなぁ。
じゃなくて。
「今シャナいないから、防御魔法張れない…っ!!」
「関係あるかぁっ!!」
炎以外の属性を載せた攻撃に、僕は防戦一方になる。
というか、魔法を放つのではなく纏わせるのなら、ユエにデバイスは必要なさそうだな。
そう思いつつ、僕は彼女の隙を見て腹に膝蹴りを叩き込んだ。
そこは想定していなかったのか、はたまた頭に血が登って防御するのを忘れていたのか。
どちらにしろクリーンヒットしたようで、ユエは腹を抱えて蹲ってしまう。
「いっ……たぁ……い…っ!!」
「大丈夫、ユエ? そんなに強く蹴ったかな…」
蹲ったままの彼女を見ながら尋ねる。
以前の僕なら、心配して彼女の傍に膝を付いたのだろうけど、今は組み手とはいえ戦闘中だ。
油断は出来ない。
「痛がってる彼女の傍に寄って来ないとか、アオ最低!!」
「組み手中じゃん…ほら、おばさんもよく言ってるだろ? 隙を見せた方の負けだって」
腹を抱えつつ、上体を起こした彼女は若干涙目で抗議してくる。
僕がそう言いつつ肩を竦めると、目付きが鋭くなった。
「本当に痛いんだけど?! 少しは手加減しても良いんじゃない?!」
「属性纏わせて攻撃してきた時点で、手加減も何もあったもんじゃないだろ。下手したら、倒れてたの僕だぞ?」
ユエの目線に合わせるために少し屈むと、素早く近寄られる。
そのまま掴みかかられそうになったので、巴投げの要領で彼女を吹っ飛ばした。
「うきゅっ?!」
「ほら、油断も隙もあったもんじゃない」
流石、立花の娘。
今掴み掛かられていたら、頭突きぐらいは喰らっていただろう。
危ない危ない。