イフリート2の月。
ユエ達の誕生日パーティーを終えて数日後、もうそろそろ夏季休暇も終わるなぁ、なんてシャナの課題を手伝っていたある日。
僕は父様に呼び出された。
「悪いが、俺の代わりにオーシアに行って会議に出て来てもらいたい」
「あの、陛下…お言葉ですが、あと数日で二学期が始まるんですけど…」
わかっている、と父様は頭が痛そうにしている。
どうやら事情がありそうだが、父様が行けない事情って何だ?
「ごめんね、グンジョウ。フリーデリーケの端でスタンピードが起こったらしいの。騎士団の指揮をしなければならないから、ここから離れられなくてね」
「あぁ、成程…」
書類を持ちながら扉を開けた母様の言葉に、僕は納得する。
スタンピードとは何年かに一回くらいの頻度で発生するもので、大体は魔物が大量に出てきて押し寄せてくるのだ。
一体どこにそんな数がいたのかというくらいで、前に発生したのは僕が初等部辺りだったか。
しかも今は、フリーデリーケも統治していたテレジア卿が雲隠れしている為、臨時で文官数名を向かわせて統治してもらっているようだった。
「前回はカルデラが現役だったからな。奴に指揮を任せ、俺は国外へ出られたものだが…」
父様が頭が痛そうにしている理由は、それが一端であるだろう。
ベルナール卿が処刑され、その家名を称号にしたのは良いが誰も全う出来る貴族がいない。
僕以外の兄弟姉妹が成人したら、誰かに継がせようと思った途端にスタンピードが起こった。
まぁ、そうなるよな、とは思う。
「それでも、すぐに帰れるようにってあたしを伴って行ったじゃないの貴方。今回はこんな状態だから、あたしも離れられなくてね。アイラちゃんには話しておくから、新学期に遅れても大丈夫よグンジョウ」
「はぁ…別に良いけど…。まさか護衛も無しに行って来い、とか言わないよね父様」
言うわけないだろう、と父様は言った。
だが、父様が言ったメンバーに、今度は僕の方の頭が痛くなる番だったようだ。
「父様…それ護衛の意味ないって…なんでユエ達を連れて行かなきゃいけないの…」
「オーシアは元々、あいつらの故郷だ。何かあってもすぐ対処出来るだろう。お前を連れてオーシアに行った事は数度しかなく、それも俺の傍からお前は離れなかっただろう? ちゃんと見て来る良い機会だ。ユエやユタカ達に案内してもらえ」
確かに数度しか行った事ないし、父様の仕事を覚える為にべったり張り付いていた事は否めないが。
小さい子が、知らない所が怖いからって父親に抱きついているように言うのは、如何なものなのだろうか?
それに、護衛対象が纏まっていた方が親衛隊の負担も増えないだろう。
好き勝手に何処かへ行くのも、問題あるんじゃないのか?
そんな僕の思考を読んだのか、母様がクスクス笑い出した。
「どうした、シャル?」
「いいえ? ふふ…グンジョウ。貴方はいつまで経っても、あたし達の可愛い子よ?」
それはそう、と父様も頷いて、僕は少し居た堪れなくなる。
結構背も伸びたし、ガタイも良くなってきた方ではあると自負しているのだが、両親から見たらやっぱり僕は小さい子供のままで。
僕は、母様が持っていた書類を預かって父様の机に置いた後、他のメンバーに伝えなきゃいけないからと、父様の執務室を後にした。
◆◆◆
「オーシアに行くの久しぶりだなぁ」
王族専用の航空艦に乗り、オーシアに向かっている最中、ユエが窓の外を見ながら呟く。
専用の航空艦にはラウンジがついており、大きな窓もあった。
そこから、ユエは外を見ていたのだ。
「何年振りだっけ?」
彼女に歩み寄りながら尋ねる。
ユエは振り返りつつ、苦笑した。
「ママがリューネに行くって言ったの、私達が12歳の時だから…6年ぶりかな」
もうそれくらいになるのか。
ユエと出会ったのが僕と彼女が5歳の時。
12歳の時に再会して、それから今まで彼女はリューネにいた。
おばさんは何回か、仕事なり何なりで帰っているようだけど、彼女やユタカが一度も帰っていないのは、僕に付き纏っていたからなのは知っている。
「帰りたい?」
郷愁に駆られているのだろうかと、ユエに尋ねた。
だが彼女は肩を竦め言う。
「冗談。確かに生まれ育った国ではあるけど、別に思い入れがあるわけじゃない。友達も、いたにはいたけど…それでも、貴方に会いたかった。貴方と一緒に過ごしたかった。私はね、アオ。貴方が大好きだから、ママについて行こうって決めたんだよ」
ユエはこちらを見て、微笑んだ。
そんな彼女を抱きしめる。
国を、故郷を捨てさせたようで、申し訳なく思ってしまったからだ。
ユエは僕の背に手を回し、抱き返してくれる。
「リューネに来る前、ママに言われたの。このままここに残るか、それともリューネ語を覚えて自分と一緒に来るか選べ、って。だから、必死でリューネ語を覚えたんだもん。まぁ、まさか私を選んでもらえるとは思ってなかったけど。アオは格好良いから、女の人なんて引く手数多だし」
「ユエ…」
彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
それには少し抗議の意味も込められている。
引く手数多だろうが、僕はユエ以外を好きになるなんて有りえないと。