いや、脅しのつもりで婚約破棄と言っただけで、本当にしようとは思っていないんだけど。
婚約破棄は嫌だと泣く彼女に、少し罪悪感を覚えた。
「僕、女の子になった姿、ユエに見られたくなかったんだけど…本当に嫌だったの、わかってる?」
「ごっ、ごめんなさい…ごめんなさい…っ!!」
ずっと謝ってるユエの涙を拭い、額にキスをする。
そのまま、目にもキスを落とした。
「…ひっ…ぐ…っ…アオ…っ……グンジョウ、殿下……ごめん、なさい……婚約破棄…してもらって…良いです……私、ちゃんと…受け入れます…から…」
「しないから。脅しだっつの。はぁ……僕も悪かったよ。ごめん、ユエ」
灰色のサテン生地のブラウス、黒のプリーツスカートを身に纏っている彼女は、今日はクラシカルな服でとても似合っているというのに。
顔は涙に濡れて、痛々しい。
そうさせたのは僕だけど。
ユエにキスをし、謝りつつ彼女の胸に顔を埋めた。
とても柔らかい彼女の胸の感触を堪能していると、結界を叩かれる音がする。
「グンジョウ、着いたぞ。ユエと仲直り出来たんだったら、良い加減出てこい」
中の音は防音で外に聞こえなくしてはあったが、外の音は普通に聞こえるようにしてあったのが、仇となったらしい。
僕はチッと舌打ちして、ユエから離れた。
「グンジョウ殿下…あの…」
「婚約破棄は絶対しない。僕の伴侶は君だけだ、ユエ。ごめん、もし君が僕の事を嫌いになったとしても、離してあげられない。君が僕に対して執着しているように、僕も君を絶対に離したくないんだ。好きだ、愛してるんだユエ。だから、僕の声をしたAIだとしても、僕以外を見ないで……いつもみたいに僕を呼んで、ユエ…」
彼女の頬を軽く包み、懇願する。
少し驚いた表情をした後、ユエは眉を下げて笑う。
「私が悪いのに…どうして、貴方が苦しそうな顔をするの…? アオは、何も悪くないんだよ?」
「君を泣かせた僕が、何も悪くないわけないだろ…ごめん、ユエ…仲直り、してくれる?」
うん、と彼女は頷いてくれた。
もう一度ユエとキスをし、離れる。
「結界解くけど…顔大丈夫?」
「大丈夫」
ユエは自分の顔に触れ、時間回帰で元に戻した。
それ本当便利だよなぁ…。
若干下心を考えて、ユエがにこりと笑う。
口パクで、やる? と聞かれたので苦笑いしながら首を横に振った。
そんなすぐバレるような事、おばさん達が見逃すはずがないから。
指を鳴らして結界を解くと、ちょうど僕の横に腕を組んで仁王立ちしていたシンクが、呆れた目を向けて立っていた。
「遅ぇ。シャナ達がもう挨拶済ませてるから行くぞ」
「ごめん、待っててくれてありがとう。ユエ、行こうか」
彼女に手を差し出すと嬉しそうに僕の手を取ってくれて、三人で車を降りた。
◆◆◆
アビドボルの屋敷に入ると、恰幅のいい男性が僕達を待っていたようで、挨拶をしてくる。
「グンジョウ殿下、シンク殿下、ユエ嬢。お久しぶりでございます」
「アビドボル卿。あぁ、久しいな。壮観そうで何よりだ」
トゥーレ・ジルコン・アビトボル。
武家の家、アビドボル家の当主である。
僕は皆を代表して、彼へ挨拶を返した。
「姉君からも聞いているかもしれないが、陛下からの通達で各家の捜索をする事になっている。こちらの捜索が終わるまで…」
そう言いかけ、ドン、と僕の背中に衝撃が来る。
その後の言葉を紡ぐ事が出来ず、驚いた僕は後ろを振り返った。
メロー色の髪色が見え、僕はその子に向けて苦笑してしまう。
「グンジョウお兄様! お久しぶりです!!」
幼い少女のように笑いながらクマのぬいぐるみを抱え、毛先が緩く巻き髪になっている、アンナと同じ歳の頃のその子へ、僕は言った。
「ロゼッタ嬢…申し訳ないが、君のお父上と話中でね。仕事が終わったら少し時間があるだろうから、その時にでもお喋りしようか。ね?」
「申し訳ありません、殿下。ロゼッタ、殿下を困らせてはならん」
はーい、とアビドボル卿の隣に駆け寄り、僕に向き直ったロゼッタ嬢だったが、彼女はユエの方を見てべーっと舌を出す。
「なっ…」
「ロゼッタ、良い加減にせんか」
アビドボル卿から注意され、ロゼッタ嬢はプイッと横に顔を向ける。
そうされたユエは訳が分からず、呆然と彼女を見つめていた。
「アビドボル卿、捜索が終わるまでこちらに干渉しないよう頼む。ロゼッタ嬢、良い子で待っていて? あとでいっぱいお話ししよう?」
「はい、グンジョウお兄様!!」
僕が声を掛けると、ロゼッタ嬢はにこやかに返してくれる。
二人と別れ、僕らはシャナ達がいるであろう宝物庫エリアに向かった。
「あの、アオ。私あの子に何かやったかな? 会った事ないはずなんだけど…」
少し怪訝な顔をしながら、ユエが尋ねてくる。
シンクもうんうんと頷いた。
「あの子、アンナと同じくらいの年じゃね? アンナより性格幼くないか?」
「ロゼッタ・バイカラー・アビドボル。シンクの見た通り、アンナと同い年だよ。アビドボル卿の子供の中で、一番遅くに出来た子でね。蝶よ花よと育てられ、可愛がられているんだ」
僕は二人を伴い、歩きながら説明を続ける。