僕はユタカに小声で聞く。
「これ、何時間やってるの…?」
「グンちゃんが買い物行くって言った後からだから、数時間は経ってるよ。もう私、足が痛くて痛くて。血だって滲んで来ちゃったんだよ、グンちゃん」
だから優しくして、なんて言うユタカの戯言は流し、僕はため息をついた。
ユタカがこの状態なら、ユエはもっと酷いだろう。
僕は思わず、扉をノックした。
「殿下、レッスンの邪魔ですが」
「テスタロッサ夫人。根をつめすぎると、いくら教えた所で身に付かないと思いますよ。少し小休止を挟んでは? 僕も今帰ってきたばかりでして。彼女とお茶をするくらい、許していただけませんかね?」
仕方ない、とお祖母様は懐から懐中時計を取り出して見る。
「30分です、殿下。それくらいで彼女をこちらに戻していただければ」
「分かりました。ユエ、行こうか」
ユエに近寄り、彼女を抱き上げた。
ドレスの分の重量はあるが、やはり軽い。
ユエは僕の首に腕を回し、小声で
「ありがとう、アオ。少し足が痛くて…」
と言ってくる。
「ユタカから聞いた。僕のために頑張ってくれてありがとう、ユエ。ユタカ、僕の部屋にお茶とか持ってくるよう、メイドに伝えてくれる? 至急」
ムッとしていたユタカだったが、踵を返して駆けていった。
僕は軽くため息をついて、歩みを進める。
「そういえばアオ、どこに行ってたの? シャナちゃんとかと一緒にしか、買い物行かないのに」
「あー…まぁ…」
これ、言うべきかなぁ…。
でもなぁ…。
うーんと悩んでいると、頬をつつかれた。
「隠し事なしにして。何に悩んでるの? 私にも言えない事なの?」
「あー…いや…うーん…」
はっきりしろ、と今度は頬を引っ張られる、
ちょうど僕の部屋に着いたので、僕は観念してユエをソファーに降ろして、言った。
「ユエの誕生日のプレゼント、何にしようか悩んでたんだよ…。付き合う前は、無難な物しかあげなかったけど…今は恋人なんだから。好きな物あげたいって、思ったんだけど…」
少し恥ずかしくて、腕で顔を隠す。
男として、僕は情けない分類に入ると思う。
ユエも驚いた顔をしているし。
あぁ、世の男性は恋人に何を送っているんだ…?
そんな僕の様子を見て、ユエは噴き出した。
「ぷっ…くっくっ…! アオ、私、貴方に何貰っても、嬉しいよ? でも、そうだなぁ…。私、婚約指輪欲しい。アオとお揃いのやつ。それで、アオに寄ってくる女の子達、牽制したいの」
左手を挙げ、涙目になりながらユエは微笑む。
そんな彼女が愛しくなって、僕はソファーの背もたれに手をかけ、ユエの頬にキスを落とした。
「牽制って、僕そんなにモテた事ないよ…? モテてるのはシャナの方だったし…」
ユエの耳元で、囁くように言う。
だが、彼女は少し拗ねたような声を出した。
「何言ってるの? 私やユタカだってアオの事好きだし、ツェリちゃんとか、クラスの女の子とか…」
ツェリの名前が出てきて、僕は驚き思わずユエから離れる。
「え? どうか、した?」
「は? ツェリが、何だって?」
僕の行動に驚いていたユエだったが、僕はそれどころじゃない。
だって、つい先程ツェリに会ったばかりなのだから。
「気付いてなかったんだ…。アオ、やっぱり…私との婚約、無しにする…?」
不安そうな顔をした彼女を見て、僕は首を横に振った。
「それとこれとは別問題なんだけど。いや、驚いただけで、なんでユエとの婚約無しにしなきゃいけないんだよ。君が嫌だって言ったって、離してあげないってこの間言ったばかりだろ」
ユエの隣に座り、彼女を力強く抱きしめる。
ユタカとメイドが入ってきた気配がしたが、僕らの様子にメイドはユタカの口を塞いで大人しくさせているようだった。
ナイス判断。
「お茶置いて出てってくれる? ユタカも。時間が限られてるから」
扉の方向を見ると、メイドが一礼してユタカを連れて出て行ってくれた。
「あの、アオ…」
「夕方になったら帰るだろ? あと10分くらいで、君はレッスンに戻るし…ユエと触れ合える時間、あまりないから。少し僕の我儘聞いてくれない?」
ふふ、とユエは笑い、僕の背中を撫でてくる。
「それは、我儘って言わないよ。私もアオに甘えたいな」
「うん…僕も君に甘えたい…」
お互い顔を見つめ合い、キスをした。
愛しい感情が溢れて、やっぱりユエは誰にも渡したくないな、と思った。
◆◆◆
ユエをお祖母様に返し、僕は母様の執務室に行く。
今日は、父様の政務の授業は無しだ。
何か立て込んでいるようで、指導が出来ないと朝連絡が来たから。
代わりに、母様の執務を手伝えと言われていた。
「母様、いる?」
「いるわよ、入ってらっしゃい」
入室の許可を貰えたので、僕は中に入る。
椅子に座って、こちらをにこやかに見ている母様と、その横で多重魔法陣を展開させて書類を分けているカヅキおばさんの姿が見えた。
「…あの、これ僕手伝う必要性ある?」