シルフ1の月。
冬季休暇に入り、図書室で本を読んでいた僕の元に、ユエが怒りながら歩いてきた。
「ママ達の分からず屋ーっ!!」
「ユエ、ここ図書室だから静かにしようね。あと一応婚姻届書いたけど、却下されたんだね…」
バンッ、と机を叩いて怒りを露わにしている彼女に苦言を呈す。
彼女の様子から察するに、母様達に婚姻届の紙を出したは良いけど、まだ認められないとか言われたんだろう。
一昨日くらいに僕も18になったので、ユエから書いて欲しいと言われ用紙に記入はしたのだが。
そんな事になるだろうとは、予測していたけどね。
「まだ魔王の問題が片付いていないからね。それがなければ二人共、学生結婚でも認めたんだろうけどさ」
「本当、腹立つ…っ!!」
ユエは僕の向かいに座り、机に突っ伏した。
自分の考えや計画を潰されて腹が立っているのはわかるが、先程も言った通りここは図書室なわけで。
「落ち着こうか、ユエ。成人したら、親の許可なんてなくても出来るんだし」
「それだと、あと2年かかるじゃん…アオは良いの、それで?」
ユエの望みは叶えてあげたいが、こればっかりはどうしようもない。
そう伝えると彼女は頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
冬季休暇中の課題は終わらせてあるから、休暇が終わるまで僕は好きに行動出来るわけなのだが…ユエはどうだろうか?
「ユエ、課題終わらせた?」
「あんな少ないの、どうやったら終わらせられないって判断になるの」
ちょっと棘がある言い方だったが、彼女の怒りも理解出来ないわけではないので、スルーする。
それもそうなんだけど、シャナって例があるからなぁ…。
そんな姉も、今必死こいて終わらせている最中だろう。
「ねぇ、アオ。私少し疑問に思った事があるんだけど」
数ページ読み進めていると、ユエからそう尋ねられる。
僕は本から顔をあげ、首を傾げた。
「どうかしたの?」
「私妃教育でね、ミドルネームについて教えてもらってたんだけど…王妃様のミドルネーム、なんでマリアライトのままなの? 結婚したら、自分の家名を名乗るのが通常って聞いたんだけど」
そういえばそうだ。
普通なら、マリアライトではなく、テスタロッサになるはずなのに。
その答えを僕は持ち合わせていなかったので、首を横へ振った。
「分からない。母様に直接尋ねたらどう?」
「いや、なんか…聞くのも烏滸がましいというか…何か問題があって、そう名乗ってるんだとしたら…ねぇ?」
ユエの懸念も最もだが、そこまで深い事情なんてあるのだろうか?
と、僕の携帯が震え、メッセが送られてきた事を知らせる。
メッセは母様からで、文を見る限り僕らの会話が筒抜けである事を知った。
【本当なら家名を名乗らなければならないのだけど、ターニャとかナズナとかに、マリアライトの方が可愛いし綺麗だから、そのままの方が良いって言われたの。その為に法律も改正したのよ? あの人。改正したからと言って、テスタロッサと家名を名乗っても良かったのだけど、二人がそう言うのだからそう名乗ってるだけよ。だからユエちゃんに伝えて。家名を名乗るか、別の名を名乗るかは好きにしなさいって】
「……だって」
携帯の画面を見せ、僕は肩を竦める。
それを見たユエは、少し複雑そうな顔をしたが。
「城内の会話、王妃様全部聞いてるんじゃないの?」
「そんなまさか。聖徳太子じゃあるまいし」
それなら、おばさんの結界など必要ないだろう。
自分で危機管理が出来るのだから。
僕は本を閉じ、立ち上がる。
少しは体を動かさないと固まると思ったからだが、ユエが不安そうに僕を見つめていた。
自分に呆れて何処かに行こうとしている、とか思ってそうだな。
そんなわけないのに。
「ユエ、ちょっと行きたい所あるから着いてきてくれない?」
「行きたい所?」
本を片手に、彼女へ手を差し出す。
差し出した手に自分の手を乗せ、ユエも立ち上がった。
「オーシアへ行った時に、馬に乗りたいって言ってただろ? 一緒に遠出しない?」
「っ! するっ!!」
目を輝かせた後、彼女は満面の笑顔を浮かべる。
その顔を見れて、僕も嬉しくなった。
◆◆◆
「わぁ…っ!」
ユエと馬房に来ると、彼女が感嘆の声を上げる。
色んな馬がいて、前世でも今世でも見た事が無かったんだろうな、と彼女の様子を見て思う。
「殿下、こちらにいらっしゃるとは珍しいですね」
「アークス。うん、久しぶりにサフィールへ乗ろうと思って。元気にしてる?」
厩務員のアークスが僕に声をかけてきた。
僕の馬や父様の馬、その他騎士団員の馬などの面倒を見てくれている厩務員の男性で、結構僕と歳が近い事もあって気さくに話しかけてくれる。
「はい。皆元気に過ごしてますよ。ダイアだけは少し気性が荒くて、陛下と王妃様以外は絶対乗せませんけど」
「ダイア?」
僕の隣で馬を眺めていたユエが、僕を見上げて首を傾げた。
彼女の姿を認めたアークスが頭を下げる。