そんな時、弟の足が突如止まり、隣を歩いていたシャナが声をかける。
「どうしたの、シンク?」
「……まさか…」
周囲を警戒していたシンクの表情に動揺が見え、僕も弟に尋ねた。
「シンク? 異常があるなら言え」
「…あの扉の先から、微かに懐かしい魔力を感じた。頼む、兄ちゃん。少し俺に時間をくれないか? 敵地なのは理解してる。一人で行動するわけにもいかないし、もしかしたら罠の可能性もある。それは分かってるんだ。でも…!」
シンクが指を差した先に、一つの扉がある。
僕はリーダーとして、次期王として、冷静に判断を下さなければならない。
パーティを危険に晒すわけにはいかないから。
シンクも、僕が否と言えば諦めるだろう。
だが、弟がこれだけ懇願するのも珍しい。
少し考え、僕はシンクに言う。
「分かった。ただし、人形を先行させろ。それで危険がないと判断すれば、僕達も着いて行こう」
シンクが収納空間から人形を出す。
それに扉を開けさせて、僕の指示通りに動かした。
暫くしてから、シンクが僕を見て頷く。
「よし、なら行こう」
扉の先は、この空間には珍しく地下に降りるような階段になっており、
そこは地下牢のような場所で、少しジメッとしていた。
「…誰?」
鈴を転がすような澄んだ声を聞いた瞬間、シンクがその声に向かって駆け出していく。
「ソルフィアナ姉様!!」
その名前に聞き覚えがあった。
確か、ユーラ王国に行った時と、ミラ様の所でシンクが口にした名前だ。
弟は光を出し、一つの牢の前で止まる。
「グンジョウ…? 貴方、どうしてここに…」
光に照らされた女性は蒼髪にグレーの瞳を持っていて、牢の中からシンクに手を伸ばした。
その手を取った弟は、震える声で答える。
「姉様が逃がしてくれた先にあった世界の魔王が、こっちに陣取ってて…それを討伐しに来たんだ。姉様…っ…よくぞご無事で…!!」
シンクの後ろ姿しか見えなかったが、肩が震えていて、多分弟は泣いているんだろう。
そんなシンクを見て、ソルフィアナは儚げに笑った。
「貴方を逃がした後、私もシャナから逃げる為に地下牢に来たの。あの子は、汚い物や場所が嫌いだったから…ここで、お父様から託された術式で生きながらえてた…。あの子から気付かれないように、魔力を溜めて、溜め続けて…シャナごと、この城を爆破しようって…それがあの子を止められず、お父様達をむざむざ死なせてしまった、私の罪だから…」
「姉様…っ!!」
シンクが悲痛な声を上げる。
こちらのシャナを除けば、唯一の肉親であるソルフィアナの自爆など、彼女の弟としては嫌だろう。
僕はシンクに歩み寄り、ソルフィアナに声をかけた。
「お話の途中割り入ってしまい、大変申し訳ありません。ソルフィアナ姫殿下」
「貴方…は…グンジョウ? でも、此方では珍しい眼鏡をかけていらっしゃるのね。そう…グンジョウを送った先に、もう一人のグンジョウがいたの……ご迷惑を、お掛け致しました。私達のお家騒動に、そちらを巻き込んでしまって」
彼女はそう言い、僕に頭を下げる。
シンクの姉だけあって、とても聡明なようだ。
僕もソルフィアナに一礼する。
「こちらもおあいこと言うものです。こちらの魔王が、そちらの世界に行ってしまったのですから。姫殿下、その魔力を一時的にシンク…グンジョウに預けては頂けませんか? 僕達は、僕達の世界の魔王を討伐しにはきましたが…こちらの魔王であるシャナも、我々が討伐致しましょう」
バッと、ソルフィアナとシンクが僕を見た。
マジか、なんて目を弟は向けてはきたが。
「そこまでは…! それはこちらの問題で…っ!!」
「申し訳ありませんが、そちらのシャナは我が国の民を暴虐したのです。その報いは受けさせねばなりません。私は次期国王です。我が国に仇なした者に報復をせねばならない。ご安心を。この国を滅ぼそうとは思っておりません。ただ、元凶である魔王を打ち倒すだけです。宜しいですね?」
僕の言葉と目を見たソルフィアナは、コクリと一つ頷く。
そして練っていた自分の魔力を、シンクに譲渡し始めた。
「積もる話もあるだろうから、僕は向こうでみんなと一緒に待ってるよ…姫殿下、我々と共についてきますか?」
僕の問いに、ソルフィアナは首を横へ振る。
「いいえ…私はここで、皆様のお帰りをお待ちしております。殿下、弟を宜しくお願い致します。グンジョウ、お話はその時にしましょう? 貴方が無事に戻ってくる事を、祈っているわ」
シンクの頬を撫で、彼女は微笑んだ。
優美な仕草に、そういえばこちらでは女王制なんだっけな、と思い出す。
多分彼女が1番上だろうから、ソルフィアナが次期女王になるのだろう。
「姉様…聞いてほしい事も、話したい事も、いっぱいあるんだ。俺があっちでどう過ごしてきたのか。だから、待ってて。姉様の事、必ず迎えに来るから」
「えぇ。気を付けてね、グンジョウ。いってらっしゃい」
フワリと、花が開くように彼女は笑う。