僕も彼女に礼をした。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうユエ。お祖母様、母様達は執務室に戻っていますか?」
「いえ。後始末に追われているようです。あと、ユタカ嬢も訓練場にいたようで、カヅキに怒られていますよ。ムシャクシャしてやったと供述しているようですが」
僕とユエは、お互い顔を見合わせ同時にため息をつく。
あの暴発、ユタカが原因だったとは。
姿が見えないと思ったら、そこにいたなんてね。
「ユタカ…イラついたからって、魔法師団に喧嘩売ったんじゃないの…?」
「流石にユタカもそこまで馬鹿じゃないでしょ…シャナじゃあるまいし…」
シャナが一回、魔法師団相手に百人組手の魔法バージョンをやった事がある。
大規模魔法を連発しすぎて、今回みたいに重症者を多数出したのだ。
確かあれは初等部に上がった辺りだったか。
その後母様にこっぴどく叱られて、シャナがギャン泣きしていたのを覚えている。
「あー…今日は政務どころでは無さそうだな…。お祖母様、邪魔でなければここで彼女のレッスンを眺めてても良いですか?」
「そうですね。見られる緊張感というものも、大事なことです。王の妻たるもの、常に平常心でなくてはなりません。許可しましょう。宜しいですね? ユエ嬢」
ユエが少し恨めしげに、僕を見た。
自分が苦しんでいる姿を見て楽しいのか、とでも言いたげだ。
そんな事はないのに。
ただ、彼女の姿を眺められるなら、同じ空間にいられるなら、それだけで僕は良かったのだ。
◆◆◆
ユエのレッスンが終わり、カヅキおばさんがユタカを引きずって迎えに来る。
本国送りにしたいが、流石に僕の専属護衛になっているから、簡単には出来ないと歯軋りしながら言われた。
相当お怒りのようで、これはユーリおじさんも交えてユタカは一晩説教されるな、と想像が出来てしまう。
「では、殿下。またこちらに伺います。ご機嫌よう」
ユエがカーテシーをするのと同時におばさんの影魔法が発動し、彼女らは帰って行った。
「…もっとユエといたかったな…」
しばらくその場に佇んでから、僕は踵を返す。
その時僕にぶつかる誰かがいて、思わず抱き止めた。
「…シャナ?」
僕の頭一個分下くらいの金髪なんて、姉以外ありえない。
しかし、シャナは何も言わず僕の腕を自分から外し、また走り出して行った。
「…何なんだよ、全く」
なんか泣いているようだったけど、お腹でも壊したんだろうか?
まぁ、シャナの事は横に置いておこう。
ユエに婚約指輪が欲しいと言われた。
僕には選ぶセンスが無いから、明日お祖母様にお願いしてユエを1日休みにしてもらおう。
そして、二人で選びたい。
そう思いながら部屋に着き、僕はベッドに横たわるとすぐさま眠りについた。
普段なら夢も見ずに起きるのに、その日は夢を見た。
真っ白い空間に、僕は立っている。
目の前には、白と黒が絶妙に配色されたフード付きのパーカーを着た子が佇んでいた。
そのパーカーはとても大きく、顔の半分以上を隠し、口元だけしか見えていない。
丈も膝より上で、袖なんて手さえも出ていない。
「君は…」
「ねぇ、覚えてる?」
少し高い声。
多分、女の子じゃないかと思う。
彼女は、僕に問いかけた。
「何を…」
「元は一つだった、アタシと貴方の事を」
パーカーから出ている髪は薄ピンク色。
でも、そんな髪色を持つ知り合いなんて、僕には一人もいない。
「一つ…? 君は何を言っているんだ?」
「酷いなぁ、お兄ちゃん。アタシを忘れるなんて。あんなに愛し合ったじゃない」
その子はパーカーのフードを取る。
現れた顔は、僕にそっくりだった。
「…悪夢にしては、出来すぎじゃないかな…」
その顔を見ていると、冷や汗が出る。
何故だかはわからない。
彼女は僕を見て、クスクス笑い出した。
「直に思い出すんじゃないかな。ねぇ、お兄ちゃん。アタシの方が、
ピンクの花弁が舞い落ちてくる。
それは徐々に増えていき、彼女の姿を覆い隠した。
「またね、お兄ちゃん」
強風が吹く。
ピンクの花弁が僕を襲った。
僕は目を開けていられなくて、顔を庇うように腕を交差させ、目を閉じる。
次に目を開けた時、そこには心配そうに僕を覗き込むユエの姿があった。
「…ユエ?」
「大丈夫、アオ? 凄い魘されてたけど…。あ、勝手に入ってごめんね。一応、メルディアさんと一緒に入ってきたの。ノックもしたんだけど…」
ユエは持ってたハンカチで、僕の汗を拭う。
確かに、寝汗でパジャマが引っ付いて気持ち悪い。
「ユエ、ごめん。少し待っててくれる? お風呂入ってくる…メルディア、ユエにお茶とか出しておいて」
はい、との声を聞きながら、僕は起き上がる。
部屋に備え付けられてる浴室に入り、汗を流して出てきた。
ただ一つやらかしたのは、バスタオルと下着を持っていったのは良いのだが、替えの服を持って行かなかった事だ。
僕は意を決して、部屋に続く扉を少し開ける。