「お兄ちゃん、甘過ぎるよ…絶対、あたしを生かした事を後悔する。ユエだって、お兄ちゃんを嫌いになるかもよ?」
「その時はもう一回、惚れてくれるように努力するさ。それに、後悔なんてしない。険しい道だと理解もしている。でも、妹を見殺しになんて…兄としては出来ないだろ?」
僕の言葉に、桃華は目を見開く。
瞬きを一度すると、桃華の精神世界から現実世界に戻ってきていた。
目の前の桃華は、人の形を保っていられないようで体も溶けて来ていたが、いつの間にか右手に刃物を持っている。
「お兄…ちゃ…」
「うん、良いよ。桃華」
桃華の右手に持った刃物が、僕の左目を切り裂く。
傍からユエの魔力波が放たれ、彼女がとても怒っている事を理解する。
だけど、僕が決めた事に対して耐えてくれているのだと、彼女の優しさが有り難かった。
「桃華…おやすみ。またお前と話せる日が来る事を、夢見ているよ」
頭に置いていた手で魔法を使い、桃華の精神と体のリンクを切る。
壊すとは言ったけど、夕陽の記憶の中にある桃華が目の前にいて、情が出てしまった。
リンクを切ったのがその証拠だ。
だけど、体と精神のリンクを再び繋ぎ直すには、時間がかかる。
多分、おばさんや母様でも、元に戻すのは無理だと思った。
桃華の体に、魔王の遺物が馴染んで扱い切れるまでか、それとも僕が退位して次の代で彼女を封印すると決定するまでか。
猶予は、それだけしかないと思う。
だが、そこまでで彼女の精神が元の桃華に戻れば…いいや、戻す方法を探そう。
それが、兄として妹を生かすと決めた僕の責任だ。
おばさんの切り札の効力がそこで切れたようで、僕は背中から地面に倒れる。
「アオ…っ!! アオっ!!」
僕の傍に寄り、大粒の涙を流しているユエを見上げた。
僕は左腕を上げようとしたが、おばさんの言葉通り指先一つ動かない。
だから僕は、彼女に微笑んだ。
「泣かせてごめん…ユエ。我慢してくれてありがとう。こんな僕で呆れた…かも、しれない…けど…それでも…僕は…」
君を愛している。
そこまで言葉を紡げず、僕は意識を暗転させた。
◆◆◆
春風が頬を撫でる。
目を開けた僕は、知らない天井を見つめた。
ここ、何処だろう…。
窓が開いているようで、暖かい風に煽られてカーテンが揺れる。
腕を少し動かすと右手に感覚があり、持ち上げた。
点滴をする為のルートが腕に繋がれていて、あぁ、母様くっつけてくれたんだな、なんて頭の片隅で思う。
そして点滴という事は、ここ病院なんだなと思い至った。
少し体を動かすと個室のようで、左側が見えなくなっている事に気付く。
包帯でも巻かれているのだろうかと顔を触ってみたが、そんな物はなかった。
まぁ、これも僕が選んだ事だったし、母様もそれを理解していたからこそ、治そうともしなかったのだろう。
ガラッと音がして、次いで足音が複数聞こえる。
「グンジョー、今日も生きて…」
ひょこっと僕の死角になっている所から、シャナが顔を出した。
僕と目が合うと、固まってしまったが。
「おいシャナ、何固まって…」
シャナの横からシンクも顔を覗かせ、僕と目が合うと姉同様固まってしまった。
だが、固まっていたシンクはすぐさま脳を再起動させたらしく、後ろにいるであろう人物に声をかける。
「ツルギ、ナースセンター行って看護師呼んでこい!! 担当医…は、おばさんだっけ?! あぁ、ユエ不安そうな顔すんな! 逆! グンジョウ起きた!!」
シンクを押し退け、ユエが僕のベッドの横に来た。
彼女を見上げると、パァンっ!! ととても良い音をさせながら、僕の頬を平手打ちする。
「ほんっとに…馬鹿じゃないの?! 何なのよ、アオの馬鹿!! なんで私にこんな心配させるの?! 私の気持ちも考えてって何回も言ったじゃない!! 馬鹿!! 阿呆!! アオなんて大っ嫌い!!」
「落ち着けってユエ!! ここ病室だから!!」
泣きじゃくるユエをシンクは羽交締めにし、僕から離した。
リクライニングがついていたようで、ユエ同様涙ぐんでいたシャナが、起こして良いか聞いてくる。
それに頷き、シャナの操作でベッドの背部が持ち上がった。
「心配かけさせてごめん。ユエ、みんな」
起き上がった直後に謝ると、白衣を着たおばさんと看護師の人が来る。
入れ替わりで、ユエとシンクは外に出ていった気配がした。
おばさんから説明されたのは、今がシルフ3の月で、僕は一月寝ていたという事。
そして今日は卒業式だったようで、僕の代わりにシンクが卒業生代表のスピーチをしてくれた事。
ちなみに、僕はちゃんと卒業出来ていると言われ、卒業証書を渡された。
「お前、来月には義眼の手術するから覚悟しておけよ。別にそのままで良いとか言うんじゃないぞ。これは、お前の母親であるナツキからの命令だからな」
僕が言おうとしていた事を先回りされ、少し困ってシャナを見る。
「目だけは治してもらいなよ、グンジョウ。傷が深いのと、桃華ちゃんが持ってたナイフのせいで、視神経が全部傷付いちゃってるんだって。桃華ちゃんとの絆? とかで、その縦一文字の傷は残しておくって母様言ってたから」
左側に触れると、ピリッとした痛みとともに傷がある事が分かった。