「お前達、旅行に行く準備をしておけ」
カヅキおばさんが城の食堂に来て、僕やシャナ、ユエやユタカにそう告げた。
これは、僕が中等部に上がった頃の話だ。
あの時は、ユエと付き合おうなんて微塵も考えてはいなかったし、勿論シンクもいなかったから、ユタカは僕に引っ付いて、ユエといつも喧嘩をしていた。
シャナも今とは違って、もっとお気楽…いや、アホな性格だった気がする。
「なんでまた唐突に…おばさん、旅行ってオーシアにですか? それともベルカへ?」
近場で済ませてくれないかな、なんてあの時の僕は思っていた。
王立図書館にまだ読んでいない本が沢山あるし、この時は確か冬季休暇に入ったばかりで、そこへ通っている最中だった。
「日本だ。あぁ、言語とかは気にするな。私が翻訳魔法で何とかしてやる」
「ママ、日本って何処?」
僕の後ろから抱きつき、体重を乗せないように頭へ顎を置いていたユエが、おばさんに尋ねる。
僕が左利きだから、右腕に抱きついていたユタカも首を傾げていた。
「私やナツキの故郷だ」
「それは僕達だけでしょうか?」
んなわけあるか、とおばさんは言う。
じゃあ母様達も一緒か、と思い至った僕は少し眉を寄せた。
「今結構、父様達の執務溜まってませんでしたっけ?」
「溜まってるな? だからなんだ?」
だからなんだと言い切ったよ、この人。
父様や母様が旅行なんて出来るわけがないと言いたかったのだが、そこはおばさん。
不可能を可能に変える女性なのを、この時の僕はすっかり失念してしまっていたのだ。
「旅行に行った直後の時間軸に、戻ってくれば良いだろう?」
「うわぁ、おばさんすごーい! それ、母様達にもう話してあるの?」
僕の向かいで紅茶を飲んでいたシャナが、おばさんに尋ねる。
今からだとおばさんが言ったので、姉は立ち上がり、二人に言ってくると駆け出して行った。
それを見送り、僕は抱きついている二人に離れるよう告げる。
「やだ。アオちゃん暖かいんだもん」
「成長途中の胸当ててるのに、なんでグンちゃん動揺しないの?」
この時、ユエが好きだと自覚していれば、ユタカのこの行動は許さなかったのになぁ。
僕は鬱陶しそうに、二人へ離れるようもう一度言う。
渋々といった感じで離れたので、僕は立ち上がった。
「なら準備してきます。旅程日数はどれくらいで?」
「2泊3日予定だ。お前達も準備してこい。グンジョウとデート出来るかもしれんぞ?」
おばさんの言葉に、ユエとユタカは嬉々として扉へと走っていく。
そんな二人を見つつ、僕はゲンナリしながら言った。
「しませんけど…?」
本当に、ユエが好きだと自覚していれば、日本でデート出来たかもしれないのに…!
この時の僕、鈍感すぎるだろ…!!
◆◆◆
母様達にも話が行き、そのままの髪では目立つからと向こうでは一般的な黒髪へ、おばさんから魔法をかけてもらう。
「わぁ…! 黒髪のアオちゃん格好良い…!!」
「素敵! グンちゃん、写真撮ろ写真!!」
私もとユエが言い、いつも通り僕の両側に抱きついた二人に、僕は呆れを通り越した溜息をついた。
「あたしはー?」
「え、普通」
「何処にでもいる一般人だよね、シャナちゃん」
僕と一緒に黒髪にしてもらった姉が、双子に意見を求めるが一蹴されてしまう。
友達なんだから、せめて何かしら褒めてやれよと思った。
「グンジョウ…」
「そんな泣きそうな声と顔をするなよ…。シャナ、背が高いし顔も良いから、此処でもそうだけど向こうでも声かけられそうだなとは思う」
とりあえず褒めてやると、シャナがふふんと嬉しそうに腰に手を当て、胸を張る。
一体誰に自慢してるんだこの姉は。
「黒髪ねぇ…久しぶりに自分の髪がそうなってるのを見たわ」
「その髪色のシャルも美しいな。ナツキの時のお前を思い出す」
父様と連れ立って現れた母様は、自分の髪を摘みつつ呟く。
母様の肩を抱き、父様はとても機嫌がいいように笑っていた。
「あれ? ユーリおじさんは?」
「パパは下の子達の面倒見る為に残るって。メイドや親衛隊の人達に任せて、ママとデートすればいいのにね?」
魔法陣の準備をしているおばさんの横に、夫であるおじさんの姿が見えず首を傾げると、ユエが僕を見上げて言う。
まぁ、下の子達も連れていったら確かに大変ではあるし、ラゼッタやリオンちゃんなんてまだ一歳だ。
いや、寧ろ自分の息子預けて旅行とか良いのか母様?
「母様、ラゼッタ大丈夫なの?」
「連れてくって言ったのだけれど、ユーリさんから最近執務とかで大変だったから、ナズナ君とゆっくりしておいでよ、って言って貰えたの。お言葉に甘えようと思って」
リーゼやアンナもだったけど、弟妹は物心つく前は母様へベッタリになるようだ。
それこそ、父様が抱っこなんてしようものなら泣き喚いて大変だった。
だから執務中でも片手で子供を抱えながら、母様は仕事をしているわけだ。
ギャン泣きしなかったかな、ラゼッタ…。