「産まないって選択肢は…ないよねぇ…」
「まだ出来てないけど、そうね。それに、これは神託扱いになるでしょうから。まだ産んでないのよ、ベルゼビュート」
久しぶりに聞いたその名前に、そういえばと僕も思い出した。
高等部三年生のイフリート2の月、オーシアへ行った時に会ったのが最後だったなと。
「ラゼッタでは…ないよな。彼女に会った時、ラゼッタ産まれてたし…」
「ベルゼビュートって、暴食の悪魔だろ? 魔力だって母様達に匹敵するだろうし。そんな奴、うちの血族ならシャナくらいだぞ。あいつ大喰らいじゃねぇけど」
僕の疑問に、シンクが肩を竦めながら答える。
そんな事はどうでも宜しい、と母様が言いながら立ち上がった。
「グンジョウ、付いていらっしゃい。ナズナを説得してあげる。流石に初産のユエちゃん放って、出張やら何やらに行かせられるものですか」
「なら私も行こう。あの馬鹿、ナツキと離れたくないからとまだ新婚の二人を引き裂きやがって」
あ、おばさんにはバレてたんだ、それ…。
魔王と戦闘したあれは、魔王騒乱と後日名付けられたのだが…そのせいで王太子教育がままならなかったと父様から言われ、お前の経験の為だとユエと挙式を挙げた一月後くらいから、父様の名代という名目で、他国へ出張する事になってしまったのだ。
「俺だって、お前と一月くらいしか一緒に過ごしていない!! あの後、他国に嫁いだアイツらが国ごと戦争を仕掛けてきたから、対処せざるを得なくてだな…!! お前の出産の時は城の中にいたから良かったものの、そうじゃ無かったら俺だって嘆いていたんだぞ?! やっと躯体から解放されたお前と触れ合えるというのに、なんで離れなければならん!!」
夕食時、テーブルをガンっと叩き、酒でほろ酔い状態になった父様が、僕の事について猛抗議してきた母様へ言う。
叩いたせいで食器が揺れたが、そのせいでキレた母様も、負けじと父様へ言い返した。
「それは仕方ないでしょう?! だからって、仕事を子供に押し付けるんじゃないわよ!! 確かにグンジョウには経験が足らないかもしれないけれど、貴方どうせ生涯現役だとか言って、この子に代を譲らないんでしょう?! 子供じみた言い訳やめなさいよ?! 貴方もうそろそろ40でしょうが!!」
と夫婦喧嘩に発展してしまい、それを見ていた僕とユエは折れる他なかったわけで。
その代わり、出張から帰ってきた日の夜は濃密になりすぎる傾向があったけれど。
しかし、今回ばかりは折れるわけにはいかない。
父様の嘆きはわかるけど、同じかそれ以上に僕だってユエが大切なんだから。
父様の執務室に、僕とユエ、母様達が乗り込む。
一応、オーシアの件について報告をした後、先程母様達へ言ったように、ユエの懐妊を告げた。
「そうか。おめでとう。で…なんでシャルとカヅキは俺を睨んでいるんだ…?」
困惑気味に二人を見ている父様へ、おばさんが睨みながら言う。
「ナズナ、ユエが出産して子供の手が掛からなくなるまで、出張はお前一人で行け」
「なっ?!」
驚愕の表情を浮かべた父様が、ちょっと待てと言おうとした瞬間、母様が机を叩き、ニコリと笑いながら説得し始めた。
「ナズナ、あたし達にとって初孫なのよ? ユエちゃんに至っては初めての出産なの。それを、頼りにしている夫のグンジョウが傍にいない、あたし達は義理の親だから頼れない、実家は確かに近くだけれど、ユタカちゃんも子供が出来たのですって。いくらカヅキがなんでも出来るからって、子供を宿した二人の面倒なんて見れるわけないでしょう?」
「いや、しかし…」
それでも母様と一緒にいたいと思い、父様がこちらに視線を向けようとした時。
母様がドスの聞いた声で言う。
「あんまり言うようなら、あたし貴方と離婚するわ。悪いわね、ナズナ。貴方の事は好きだけれど、それ以上に子供達が大切なの」
母様のその言葉に、父様が絶望した顔をする。
顔が青ざめ、口が戦慄いていた。
「グンジョウ、あたしが離婚したら貴方も一緒にテスタロッサへ帰るわよ。王太子なんて面倒な役職捨てても良し。あたしが実家に帰っても、ターニャやお義父様は快く迎え入れてくれるし。この人まだ若いのだし、未だに若い令嬢達の親から側妃になんて声がわんさか。正妃の座、譲って差し上げてよ。カヅキも付いて来てくれるわよね?」
机から手を離し、母様はこちらを振り向きながら笑顔で言う。
その際おばさんにも問いかけたが、何を当たり前な、と返されていた。
「素より、私の忠誠心はお前にしかない。こんなボンクラに、何度手を煩わせられたか」
やれやれと首を振るおばさんを見つつ、僕は思う。
幼い頃の離婚騒動並みに、ヤバいやつだぞこれ…。
ここで父様が意地張ってノーなんて返したら、母様それこそ本当に離婚する気満々だし。
…うーん…王太子をしなくても良いのなら、高等部生の時に思った事を実行に移すのもいいだろう。
ユエと二人…いや、産まれてくる子供と三人で暮らしながら、生活していくっていう。