「うーん…何…? どうしたの、アオ…」
「ごめんだけど、もう朝なんだ。ユエ、何もなかったってユーリおじさんに口添えしてもらえないかな…? いや……うん。潔く死んでくる…短い間だったけど、幸せだったよユエ…」
ベッドから降り、トボトボ歩きながら扉に手をかけた。
とんでもない殺気が、つい先程からひしひしと感じ取れていたから。
扉を開けると、やはりというかユーリおじさんがにこやかに笑い、仁王立ちで僕を待ち構えていた。
その隣には父様もいて、こちらも不機嫌そうだ。
僕は速やかに二人に向かって土下座する。
「本当に!! すみませんでした!!」
「グンジョウ君、君これで二回目なんだけど。何? 悪い記録を更新し続けたいのかい?」
ユーリおじさんの声音は穏やかだが、僕に放ってくる殺気が尋常じゃない。
一般の人なら気絶しているレベルだ。
「グンジョウ、お前…昨日シャルに暴力を振るったそうじゃないか。シャルは笑っていたが、俺は許さんぞ」
「ごめんなさい!!」
昨日イライラし過ぎて、母様に八つ当たりした自覚はある。
それは、母様を大事にしている父様も滅茶苦茶怒る事態になるだろう。
冷や汗が止まる事なく、流れ続ける。
今日が僕の命日かもしれないと思った。
「パパだってママと一緒に住んでたくせに、私がアオの所で一泊しただけでそんなに怒るの? 何もやましい事してないのに」
「学生の頃、寮の部屋で一緒に生活はしていたけど、あの時は葵もいたからね? 話をすり替えるんじゃない、ユエ」
僕の頭上で、ユーリおじさんとユエの親子喧嘩が勃発してしまった。
父様の方は、本当に不機嫌になると無言になってしまうらしく、今は言葉を発していない。
本気で怒っているのだと、圧で感じる。
自分がやらかした事なんだけど、誰か助けて欲しい…。
そんな時だった。
「グンジョウ、母様連れてきたよー。あのさ、朝早くから念話のチャンネル開けて喚かないでくれないかな。煩い」
「シャ、シャナぁ…」
いつもアホの子のシャナが、救世主かどうかわからない母様を連れてきてくれた。
あと開けたつもりはないんだけど、無意識にシャナへ助けを求めていたようだ。
少し顔を上げると、母様が父様を見て呆れている。
「ナズナ、あのね。グンジョウが怒ったのは仕方ない事なの。それにグンジョウ程度の力であたしが傷つくと、本当に思ってるわけ? 今でも貴方、あたしに勝てた事ないじゃない」
「それでも心が傷ついただろ、シャル。お前を傷つける者は、たとえ息子であっても許さん」
父様が母様の肩を掴んで、そう言う。
しかし、母様の目が少し細められた。
シャナが床に跪いている状態の僕を立ち上がらせる。
一体どうしたのだろうと思った瞬間、この場の気温が下がったのに気付いた。
「ナズナ、いい加減にしろ。貴様政務はどうした。投げ打ってでも、息子に噛み付く方が大事か? ほぉ…そうかそうか。ならば好きにするがいい、私も実家に帰らせてもらおう」
「ちょ、待て! シャル! それは怖い…いや、俺が悪かった!! 離婚はしないでくれ!!」
母様の冷たい目で見られた父様は、踵を返した母様を慌てて追いかける。
気温が下がったのは、母様が少しイラッとして魔力を放出したからだろう。
廊下の端が少し凍っている。
「裕里も、いい加減にしろ。グンジョウが悪いのはわかってはいるが、今回は不可抗力だ。許してやれ」
「おや、優しいねカヅキ。妬けてしまうじゃないか」
母様と一緒に来ていたカヅキおばさんが、ユーリおじさんに苦言を言う。
そんなおばさんの腰を抱き、おじさんは自分の妻を抱き寄せた。
朝からそんな光景を見せられ、居た堪れなくなった僕は目を逸らす。
「おばさん。学校遅れそうだからグンジョウ連れてっていい?」
シャナは意にも介さず、ユーリおじさんに言い寄られているカヅキおばさんに尋ねた。
「あ、あぁ。裕里、朝なんだが…」
顔を赤らめているおばさんを尻目に、シャナが僕とユエの手を取って、学校近くの歩道に転移した。
「助かった…。ありがとう、シャナ」
流石にあの場に居続けたら、僕の精神が潰れていた事だろう。
来てくれたシャナには感謝しかない。
「うん、だって朝から煩かったんだもん。『やばいまずい、どうしよう誰か助けて』なんて…グンジョウ? お姉ちゃんが助けてあげられるのも、学生の間までだって覚えておいた方がいいと思うよ?」
「本当にごめん…助かった。ありがとうシャナ」
少し呆れ顔のシャナに、両手を合わせて謝る。
いつもは僕の方が助けてる事が多いけど、こういう非常事態だとシャナの方が頼りになる事が多い。
流石、僕の姉である。
「結婚したら、今度は私がアオを助けるからね。シャナちゃん、安心して?」
「いや、あの、それはありがたいんだけど…」
僕の腕に抱きつき、ユエはニコリと笑った。
僕だって、君が困っていたら助けるぐらいの度量がある…と思いたい。
情けない姿ばかり見せている気はするけれど。