「まぁいっか。持って帰れって言われたけど、どうしてもって言われたわけじゃないし。それより、そんな獣じみた顔、よくお兄ちゃんに見せられたものだね雪那。女として見てもらえなくなるんじゃない?」
「喧しい!! この性悪女!!」
ユエは魔武器である銃をトーカへ発砲する。
だが、彼女の姿が揺らぎ、弾はあえなく貫通していった。
トーカの笑い声が遺跡に轟きながら、彼女の姿はなくなる。
どうやら撤退したようだ。
「ユエ…」
「アオ、無事、だよね?」
僕を抱きしめぎこちなく笑うユエは、先程トーカに言われた事を気にしているようだった。
憎悪に表情が染まった彼女を見ても、別段僕の気持ちに変わりはない。
ユエが好きだ、という気持ちだけは。
ただ、その表情がいつもの可愛らしいものから、美しく凛々しいと思うものに変化していたのには、少しばかり驚いてしまったが。
「うん…ごめん、面倒かけた」
「全くだ。何惚けてんだよ、お前は。つーか、これか、嫌な予感ってやつ? 母様みたいに、ちゃんとしたビジョンが見えるわけじゃねぇから、困るんだよなぁ…何が起こるか分かんないってのは…」
シンクが嫌味等を言ってくるが、僕は彼を見て苦笑いをする。
さっきから頭痛が酷くて起きているのもやっとなのだ。
だからこそ、もう一人の自分であり弟でもある彼に謝罪する。
「シンク、ごめん。先に謝っておく。限界かも。シャナ呼んで…」
精神的負荷が先程かかったせいで、僕はそのまま倒れた。
シャナが慌ててこちらに駆け寄ってくる姿を視認した後、僕の意識は暗転する。
意識がなくなる前、ユエが悲痛な声で僕の名前を呼んだのが聞こえた。
◆◆◆
夢を見ている気がする。
僕の目の前にはトーカがいるが、嫌悪感は無く、むしろ弟妹に抱いているような親しささえ感じられた。
「お兄ちゃん、お母さんが早く降りてこいって。朝ご飯出来てるってさ。起きなよー」
「うーん…あともうちょっと…」
布団ごとトーカから背を向けると、思い切り揺さぶられてしまう。
この重さは、体ごと乗っているなと感じた。
「おーにーいーちゃーんー! おーきーてー!!」
「わかった! わかったから!! 退け桃華!!」
僕は起き上がり、髪を掻きむしる。
チラとトーカを見ると、今の姿と遜色ない感じで、夢の中の僕はため息をついた。
「お前、その髪校則違反じゃねぇ?」
「地毛で通した!」
そんな馬鹿な、と呟く。
夢の中の僕の記憶では、トーカと僕は別の学校に通っているようで、彼女は僕の一個下みたいだ。
こいつの学校どうなってんの、と僕は言う。
階下に降りると、黒髪の女の人が朝食を並べている。
多分母親なんだろうが、母様よりは素朴な顔をしていた。
いや、母様が美人過ぎるだけか。
僕もだが、うちの一族みんな美形過ぎる気がする。
ナルシストは気取ってないが、よく言われるのでそうなんだろうと思っているだけだが。
「はよー、母さん。今日の朝飯何?」
「お弁当詰めた後の残り。あんた、早く支度しちゃいなさいよ。表に雪那ちゃん待ってるのに」
それを聞いた僕は、自分の母親にため息をつく。
「なんで上がってもらわねぇんだよ」
「あんた、そんなだらしない格好見せたいの? 雪那ちゃんに呆れられるわよ」
「そーそー。振られれば良いんだよ、お兄ちゃんは」
トーカが味噌汁を飲みつつ、僕を見る。
その目に何かの感情があったが、僕は見て見ぬ振りをした。
「うるせっ。母さんおにぎり作って。もう出るわ俺」
僕は踵を返し、自分の部屋に歩いて行く。
部屋に着くなりクローゼットを開け、制服を取り出した。
クローゼットの内側に姿見があり、僕はそれを見ながらネクタイを締める。
黒髪黒目、中肉中背の男の子が映っていた。
これが僕なのだろう。
制服を着終え、学生鞄を手に取る。
途端、部屋の扉が開かれた。
「お兄ちゃん、あたしも一緒に行く! 待ってて!!」
「待つわけねーだろバーカ。大体お前の学校、俺らとは別方向じゃん。寝言は寝て言えピンク頭」
トーカの頭を軽く叩いて、僕は階段を降りていく。
靴を履き、玄関の扉を開けると塀の外側、こちらに背を向けている女の子がいた。
「悪い、雪那。待たせた」
「大丈夫だよ、夕陽君。夕陽君がこの時間になるのはいつも通りだもの。待ったとは思ってないよ」
声をかけると、女の子は振り返り僕に対して微笑む。
その顔には見覚えがあった。
ユエの前世である、セツナだ。
ならば今見ているこれは、僕の前世という事なのだろう。
「言うじゃん。流石、中学で才女だった人ですねー」
「そんな人を彼女に出来て、喜ぶべきじゃない? 夕陽君は」
そう言われた瞬間、僕らは笑い合う。
セツナに手を差し出し、彼女と手を繋いだ。
駅で別れるまで手を繋いで登校するのが、僕らの日課だった。
「今日小テストなんだよね。夕陽君の所は、どう?」
「俺? 先生によってあったりなかったりだなー」
他愛無い話をしながら、駅まで行く。
帰りもここで落ち合って帰るのだ。
それが、僕は楽しいと思っていた。
あの日までは。