君を泣かせたいわけじゃない。
悲しませたいわけじゃない。
ただ、僕は君の隣に相応しいのかな?
そんな思いが、僕の中に渦巻いている。
「……っ、わかった…今日の鍛錬で、私魔力も何も一切使わないで、アオと勝負する。手は一切抜かない。約束する。絶対、私アオに負けると思うけど、アオも手を抜いちゃダメだからね」
服の袖で自分の目を拭いたユエは、僕をキッと見据え、そう言う。
「うん、わかった」
彼女と教室前で別れて、自分の席に着く。
途端、姉に叩かれた。
「いった! いきなり何」
「なんでユエちゃん泣いてたのさ。グンジョウ、あんたまた何かやったんでしょ」
ジト目になったシャナに経緯を説明すると、また叩かれる。
うん、僕が悪いのはわかってるから何回でも叩けば良いよ。
「あんたねぇ…女心わかって無さすぎ。本当にそういうとこ父様そっくりだよね…。帰ったら時間になるまで父様と話してきなよ、送ってあげるから」
父様と話して何になると言うのだろうか。
それに、政務で忙しい父様の手を煩わせるものじゃないと思うのだけど。
まぁ、シャナにそう言ったところで無駄なのは分かりきってるので黙っている。
午後の授業が終わり、放課後になった。
シャナは僕とツルギの手を取り、城に転移する。
そのまま僕らの手を引き、父様の執務室に突撃した。
「父様! グンジョウが変な事で悩んでるから、ちょっとお説教してやって!!」
「いきなり来るなり何だ。シャナ、そういう所は年々シャルに似てきたな。あと変な事とは?」
シャナに説明した事を、姉は父様に言う。
聞いている最中、父様が少し頭を押さえて俯いた。
「…わかった。シャナ、下がれ。俺はグンジョウと少し話をしよう」
よろしく、と言って、シャナはツルギと手を繋ぎながら部屋を出ていく。
父親の前だというのに、異性と手を繋いでそのままって…シャナ、あれ無自覚だよな。
シャナが出て行った扉を眺めていると、父様から座れと言われて、僕は応接用のソファーに座る。
父様の方を見ると、俯いた状態のまま話し始めた。
「グンジョウ。シャルが俺の専属護衛だった事は、話した事があるな?」
「うん。カヅキおばさんが来るまで、母様がリューネで一番強かったって事も」
それが何だというのだろうか。
もしかして、母様が父様より強いからって話なのだろうか。
それはそうだろう。
転生者で尚且つ、戦闘訓練を積んでいたのだろうから。
だからこそ、専属護衛に選ばれたのだろうし。
「お前が考えている事は大体わかるが、シャルは生粋のお嬢様だぞ。箱入り娘というやつだ。非凡な才能を有しているのは、努力を重ねた結果だ。戦闘も他の者より出来るというだけであって、別に特別な事をしていたわけじゃない。それでも、戦闘訓練を積んで来た俺は、シャルに敵わなかった」
「それ、惚れた弱みとか言わないよね、父様」
僕が言うと、父様は首を横に振る。
「惚れた女だからといって手を抜くつもりは全くなかったし、転生者が相手だからと本気を出したさ。それでも、シャルには敵わなかった。守りたいと思って鍛錬していたのに、シャルは俺の先を行く。さっきのシャナの話を聞いて、昔の俺を思い出した。だからな、グンジョウ。力では及ばずとも、彼女の心を守れればいいと思え。男だから、彼女を守りたいという気持ちはわかる。だがそれが叶わないのなら、彼女が悲しむ出来事、寂しがる出来事、全てから彼女を守ろうと思え。それが、惚れた相手を守る事と同義だとな」
父様が言うと重みがすごい気がする。
その割には、母様を怒らせてばかりだとは思うけど。
「貴方、あの時そんな事思ってたの? だから、あたしを口説きまくってたわけ?」
母様が部屋に入りざま、呆れたように父様を見ていた。
すぐさま父様は立ち上がり、母様を抱きしめた。
「口説いていたのは、お前が愛おしかったからだ。お前に力で敵わなかったのは、少し口惜しいとは思っていたが…それでも、寂しがり屋なお前を放って、城を開けるのは心苦しかったんだぞ」
「その割には、結婚記念日忘れてたくせに」
その言葉に、父様が固まる。
父様が忘れるだろうからと、ノーム1の月生まれの二人で決めて、父様の誕生日の一週間後に結婚式を挙げたらしい。
それを忘れて、二回くらいすっぽかしてしまった父様に激怒した母様が、一回父様に離婚を言い渡した事があった。
あの時僕とシャナは幼かったけど、よく覚えている。
僕らを連れてテスタロッサの家に帰り、泣きながらお祖母様に愚痴っている母様。
そんな母様を慌てて追いかけてきて、母様の足元で土下座する父様。
それでも許そうとしない母様に、許してくれるまで通い続けると宣言して毎日来る父様が、どんどんやつれていく様。
流石に父様が死んでしまうと思った僕とシャナは、母様に必死にお願いして城に戻ってもらった記憶がある。
「それは、本当にすまない事をした…反省している…それでも、お前を愛しているんだ、シャルロット…」