シルフ3の月。
今日はメリーディエースの各学校で卒業式が行われている。
生徒数がとても多いここでは、卒業生とその保護者だけが卒業式に出席する事となっていた。
在校生である僕らは昨日が終業式ということもあり、ノーム1の月の10日までは春休みだ。
春休みだからといって宿題がないわけではなく、僕は今日のノルマである自分の宿題を終わらせ、シャナのを見てあげていた。
「だから、この公式に当てはめてこの式を解くと…この答えになるの。わかる?」
「わかんない。何があってこうなって、なんでこの式でこうなるの? え? 数学ってなんか意味あるの?」
それ、世の数学を研究している人達に喧嘩売ってないかな…。
シャナの数学への理解力は、多分初等部四年の時に止まっているので、僕も強気では言わない。
苦手な分野に頭を悩ませるより、得意な分野を伸ばす方が効率はいいだろうから。
「シャナって何が得意だっけ」
「うーん…魔法理論学?」
それも数学の一部だろうに、なんでこっちは苦手でそっちは得意なんだ。
シャナの頭の中どうなってるの?
はぁ、とため息をついた時、僕の携帯が鳴る。
短い振動と音だったので、電話ではなくメッセージの方のようだ。
「誰からだろ」
携帯を持ち上げ、パスコードを打ち込んで画面を開く。
ちなみに、今のパスコードは安易にユエの誕生日にしている。
前は面倒くさかったので、初期のままだったが。
「ユエからだ」
アプリを立ち上げ、ユエからのメッセージを見る。
中身を見た瞬間、へぇ、と僕は口角を上げた。
「グンジョウ、悪い顔になってる。ユエちゃんなんだって?」
呆れた目で僕を見てくる姉に、僕はニコリと笑う。
誰が悪い顔だ馬鹿姉。
恋人からのメッセージに笑って、何が悪いというのか。
「先月チョコあげたから、そのお返しとしてデートがしたいってメッセージがきただけだよ。まぁ、四日後の14日にだけど」
「へー、いってらっしゃーい」
自分が聞いてきたくせに、シャナは気の抜けた返しをしてくる。
目の前の問題に頭を悩ませているのか、それとも別の問題か。
「シャナ、まさかとは思うけど。ツルギにアレンジしたチョコとかあげてないよね?」
数年前、手作りチョコに興味を示したシャナが、料理長やメイド長が止めても言う事を聞かず、アレンジした手作りチョコを作った事があった。
そのまま作ったのだろうという先入観で、それを食べた僕と父様は少しの間悶絶する事になり、母様が怒って何を入れたかシャナに問いつめたところ
「香辛料だよ?」
と悪びれず言うものだから、姉は母様に頭を殴られていたっけ。
「作ってないし、あげてない。ツルギ君が甘いもの平気か分かんなかったし、あたしからなんて迷惑でしょ」
「そんな事ないと思うけどなぁ…」
次の日に会ったツルギは変わりないようだったけど、内心落ち込んでたらどうするんだこの姉は。
むしろ、一般的に言う両片思い状態なのでは?
と思ってしまうのも仕方ない事だと思う。
早く告白すればいいのに、ツルギ。
そう思ってしまうのも無理はない。
シャナから彼へのアプローチは、もうないだろう。
前のユエと同じだ。
相手が幸せになってくれれば、それで良いのだ。
ツルギの幸せが、自分の幸せだと。
自分は二の次で良い、というように微笑む姉は痛々しかった。
「それより、ここの問題どう解くの」
「…シャナの偉いところって、僕に問題解かせて答えを知ろうとしないとこだよね。解き方は教えてもらうけど、自力で解こうとするの」
僕がそう言うと、シャナはキョトンとしながら首を傾げる。
何を当たり前な、とその表情は物語っていた。
「楽な道ばかりを選んでると、途中で困難に当たった時自分では解決出来なくなる。それを避ける為に、将来の自分の為にも苦労はしておけ、ってお祖母様も言ってたじゃん」
「そうだね」
それを実行出来る人間って、多分一握りだと僕は考える。
大体は楽な方へと流されていくだろう。
敢えて、苦労する道を選ぶシャナはとても偉いし、尊敬出来る。
この人が、僕の姉で良かったと思った。
「シャナが良い女だって、ツルギも気付けばいいね」
「ははは、褒めても何も出ないぞぅ」
シャナが笑いながら、僕の腕を小突いてくる。
とりあえず、数学は春休みが終わるまでは手伝おうと思った。
◆◆◆
朝の9時。
寮の門辺りで、僕はぼーっとしていた。
今日は、ユエとの約束の日である。
昨日の鍛錬キツかったなぁ…。
まさか、春休みを利用してケーネ君を呼び寄せているとは思わなかった。
しかも、ドラゴンの姿で僕達と戦闘するなんて。
今回は対人ではなく、対ドラゴンでやってみましょう。
なんて母様は軽く言ったけど、本当に命の危険を感じる戦闘だった。
おばさんから転移無効の結界を張られるわ、徒歩での脱出は不可能と来て、ドラゴンと戦闘しろとくる。
最近色んな出来事があって、若干スパルタ気味なのだろうか。
その鍛錬の本来の意味は、どうやって生き残るか考える事だった。