イヤイヤと首を振っていた彼女だったが、途中で力が抜けた。
規則正しい寝息が聞こえ始めて、あぁ寝落ちしたのかと思い至る。
「…無防備すぎるだろ」
地上に着くまで後もう少しとはいえ、密室に二人きり。
出来る事は限られるとはいえ、ユエに無体を働く事だって可能だというのに。
まぁ、やらないけど。
絶対カヅキおばさん辺りが見てるだろうし。
「ユエ、僕の事信用しすぎじゃない?」
それか、自分の両親の能力を信用してるか、かな。
僕は、自分のポケットに入れていた小袋に触る。
タイミングが合えば、彼女に渡そうと思っていたものだった。
結局、眠り姫になってしまったユエに渡す事は出来なかったけど。
「まぁ、良いか…」
ゴンドラが地上に到着する。
僕はユエを抱き抱えて、彼女の頭がぶつからないよう降りた。
もう日が沈みかけていて、寮に帰る頃にはもう夕飯の時間になるだろう事が推測出来た。
さて、お姫様の要望に応えるべきか否か。
彼女を抱き抱え歩きながら、僕は思案する。
別に僕の部屋に連れ帰っても、問題は無いだろう。
僕一人ならともかく、シャナもいるのだし。
ただ、それをユーリおじさんが許すかどうかだ。
安牌を取るなら、このまま彼女の部屋まで送り届けるのが良いだろう。
その後、ユエがどう思うかがわからない。
「許可取るか…」
片手で彼女の体を支え、もう片方の手で携帯を取り出し、おばさんの携帯にコールする。
数度のコールの後、おばさんではなく、ユーリおじさんが出て、僕は冷や汗が出始めた。
『はい、どちら様で?』
「あ、こんばんはユーリおじさん。グンジョウです。あの、すみません。ユエと出かけてたんですけど、彼女途中で寝てしまって。眠る前にグズって、寮の僕の部屋で寝たいと言っていたのですが、訓練が始まるまで寝かせてもいいでしょうか? 部屋にはシャナもいますし、起こすのも姉に任せようと思うのですが…」
ユーリおじさんは少し思案した後、電話越しでも表情がわかるような口調で僕に告げる。
『いや、許すわけないでしょう?』
「ですよね。ユエの部屋に送り届けてきます。お手を煩わせて申し訳ありませんでした。失礼します」
通話を切り、僕はユエを抱きしめて深いため息をついた。
カヅキおばさんも怖いけど、ユーリおじさんはもっと怖い。
母様と同等かそれ以上の力を持っている二人だから、僕なんて太刀打ち出来るはずもない。
「ユエとの交際、認めてもらえてよかったなぁ…。駄目って言われてたら…」
「言われてたら、どうしたの?」
寝ているはずの彼女から尋ねられる。
僕は立ち止まって、彼女の背を軽く叩いた。
「ユエ? 起きたなら降ろすよ?」
「起きてませーん。寝言でーす」
随分明瞭な寝言だな。
そんなはっきり返事なんて、返せるはずもないだろうに。
僕はくっくっと笑って、彼女を抱え直す。
そしてそのままの状態でまた歩き出した。
「じゃあ、これは独り言になるけど。駄目って言われてたら、権力を使ってでも君と婚約を結んだだろうね。それでも突っぱねられてたら…君と駆け落ちしてたかな。僕は今、君以上に大切なものなんてないから。君がそう望んでくれるっていう前提だけど」
「望むに決まってるじゃん。私もアオとずっと一緒にいたいんだから」
ユエの腕の力が、少し強まる。
その動作が嬉しくなって、僕も彼女を抱きしめる腕の力を強めた。
「まぁその場合、多分ユーリおじさんに殺されてるだろうけどね、僕。父様も、王太子の責務を放り出した僕なんて切り捨てるだろうし。君も連れ戻されて、カヅキおばさんに記憶を書き換えられるだろう。母様やシャナくらいかな。泣いてくれるのは」
ラゼッタは何が起こってるかわからないだろうし、アンナは自業自得だとせせら笑うだろう。
リーゼは悲しんでくれるだろうけど、泣きはしないだろうな。
「アオ…」
「次の王はシンクかな。一応僕だし、あれ。地頭は良いし、冷静で思考もよく回る。僕より相応しいんじゃないかな、なんてたまに思うよ」
自嘲気味に笑うと、急にユエが身を起こした。
少しバランスを崩しそうになったのを、咄嗟に支える。
「あっ…ぶな…っ! ユエ?! 流石に今のは危なかったんだけど?!」
「アオ以上に、次期王に相応しい人はいないよ」
少し怒ってるような声を上げる彼女を、僕は見上げた。
見下ろすような形で僕を見つめているユエはムッとしているようで、僕はそれに対して微笑む。
「何笑ってるの?」
「もしもの話なのに、そんなに怒ってくれる君が愛おしいと思って。それに、僕が自分に自信がないだけで、この地位を手放すつもりはないよ。これのおかげで、君と婚約出来たと言っても過言ではないから。それに、将来君は僕の妻になってくれるんだろう? 自分に自信が無い僕を、隣でずっと支えてくれませんか? 僕と、将来を歩んでくれませんか? …死が、二人を分かつまで」
あの洞窟でしたプロポーズをもう一度言う。
ユエは少し驚いた後、笑った。
「はい、喜んで。不束者ですが、よろしくお願いします。グンジョウ殿下」
夕日に照らされた彼女の笑顔は、僕の心に焼きついたのだった。