そこからのことはよく覚えとらん。
脳がパンクして、働こうとしんかったからや。
なんか色々と説明した後、医者は
「~にか用事があるときはナースコールを押してください。今日は一日、ゆっくり休んでください」
って言って病室を出てった。
そこら辺で、やっと俺はあたりを見る余裕ができて、周りを見回した。いや、実際は頭の中は? でまだ一杯で、ぼんやりと無意識に周囲を見ただけやってんけど。
ベッドは自動で起き上がるタイプの上等なもんで、病室は個室。
ベッドの横には心電図やらなんやらを表示する機械がおいてあって、そこから左手の指先に取り付けられたパルスオキシメーターや胸元の電極にコードが伸びている。
そこら辺で、ベッドの端に置いてかれた手鏡に気づいた。
もう一度自分の顔をよく見ようと、まあちょいと焦ったんや。ベッドにもたれかかってた上体を前に倒して右手を勢いよく伸ばした瞬間に右手がしびれて、うまく動かんくなって、そのまま前に倒れ込んだ。
体が全く言うことを聞かんのや。
右腕はどれだけ動けって思っても動かんし、腹筋はピクピクしてるだけ。左腕はまだ動くけど、思ったとおりには動かんくて、やたらめったらに振り回したせいでパルスオキシメーターは外れて、ナースコールが鳴り響いて、そこまでの醜態をさらしてやっと俺は、全身の力を抜くことにしたんや。
駆けつけたナースに上体を起こされて、
「身体、あんまり動かさないでくださいね。それで、どうかしましたか?」
って尋ねられて、
「自分の姿が見たい」
って答えた。
それで、ナースさんは納得して手鏡をこっちに向けてくれたわけ。
……自分の顔やとは思えんかった。
自分で言うのもなんやけど、元の顔はそれなりにイケメンやったと今でも思ってんねん。
彼女もおったし、告白もされたことはあるんや。
……彼女とはどうなったかって?
後で分かる。
それで、その顔よ。
自分が女なったら、こんな顔になります、みたいなアプリあるやろ?
それ使って、俺を女にしたような顔や無かってん。
自分とも、母親とも似ても似つかん、普通にかわいい女の子やった。
それで、髪の色が元の真っ黒じゃなくてちょっと灰色というか、若白髪? そんなかんじや。
そのあたりでやっと現実を理解したんや。自分はもう女の子やってな。
でもやっぱ顔だけじゃわからんし確証欲しいやん? 身体動かんけど。
で、どうにか病衣の前を開こうとしてジタバタしてまともに何もできずにナースさんに止められる始末。
今から考えるとほんまに短絡的やな。
「動かないでくださいね。衰弱して筋力も衰えてるんですから。まずはリハビリからですよ。まあ明日からですけど」
って言われて、なんでうまく身体が動かんのか納得したはいいけど、次に来るのはまた泳げるようになるのかや。
不安でしゃーない。しばらくどうにもならんことは理解したんやけど、だからって不安が収まるわけやない。
なんか気紛らわせれるもんをって、ナースさんにテレビつけてもらって、それで新型コロナやらなにやらの騒動を知りました、と。
「新型コロナってなんや、俺が寝ている3年9か月の間に世の中では何があったんや?」
俺はそんな感じで、まだしばらく横で様子を見てたくれてたナースさんに色々と質問攻めにしてもうた。
不安を紛らわすために見始めたもので、自分が世間に置いて行かれていることを知って、さらに不安で質問して、滑稽やなあ。
で、悲しいことに、始めは答えてくれたナースさんも面倒になったんかあとは自分で調べてくれと。調べるもんもないって言うたら病室の棚から俺のスマホと充電器を用意してくれたんや。
「ご家族の方が用意されたものです」
ってさ。
でそれで、ナースさんが立ち去ったあとで、充電されるの待ってから、動かん右手で苦労して電源点けて、パスワードも何回か間違えながら打って、それでやっとたどり着いた、数百件の通知の積みあがったラインを開いたら、一番上に固定してあった彼女からのラインはたったの5件。
「倒れたって聞いたけど、大丈夫!?」
「不在着信」
「もう別れよう。」
「あなたの身体が壊死していくのを見た。あなたの身体が膜に覆われてグロテスクに再構築していく過程も。あなたが再構築が終わって生き残るのかも、どんな姿になるのかもわからない。けど、そうなったあなたを愛する自信がないの」
「ここに書いておけばいつかあなたが見ると思って書いときました。さよなら。」
まあそれで、俺はまた取り乱してもうてな、またナースさん呼ぶことになってまった。
冷静に考えれば、一度は心臓の止まった、いつ起きるかもわからん、姿も変わる、俺みたいな奇病にかかったやつを切るのに一年もかかったんやから、俺はあいつに十分に愛されてたんやけどな。
肉体再構築症候群の描写はなろうに投稿された「半脳少女 ~ボクは美少女になった。でも脳は半壊している~」という素晴らしい作品の描写を参考にしています。
偉大な先人に感謝を。
読んでくれてありがとうございます。