TALES OF MILLEWYNN~テイルズオブミレウィン~ 作:瑠璃。
軍基地病室。
マナーとしてノックする。
「ゼイン」
「…ルーチェ。やはり、お前だったのか。見間違えるはずも無い」
ベッドから起き上がることもせず、しかし目を見開く。ルーチェはベッドに
近寄り、ゆっくり伸ばされた手を握る。
「その怪我…任務では無いでしょ」
「お見通しか」
「ゼインは知ってるはずでしょ。私の目は、誤魔化せないよ」
ルーチェは自分の目を指さした。かつての姿とは掛け離れている。
明朗快活な少年は何時の間にか一匹狼のようになってしまった。そこまで
長い年月が経過していただろうか。それともここで過ごすうちに彼は
変わるしか無かったのだろうか。ルーチェの目には答えが見えている。
「オルタ細胞、だね。凄く話題になったことがある。魅力的なメリットを
覆い隠すほどのデメリットを抱えているのに…」
横たわるゼインの体に目を向け、言葉が途切れた。セリオン細胞、世間一般では
黒細胞と呼ばれる。エーテルと共に発見された特殊な魔獣の細胞。研究を
進めるとあらゆる病に効き、凄まじい再生能力を持つ。細胞を埋め込むと
体内を巡るエーテル量が急激に増幅し、様々な能力が増すとか。一見すれば
素晴らしいものであるが、世の中美味しい話には裏がある。あったのだ。
それらを全て覆すデメリットが。やはり魔獣の細胞。それも捕縛や退治に
何百もの兵士を失った魔獣の細胞だ。
鼠に注入した瞬間。侵食され、魔獣になり、研究員が多数死亡。
生き残った研究員によってこの真実が露見し、研究も採取も禁忌とされたはず。
「何故受けた。今すぐ辞退した方が良い」
「それも聞く?何度も言わせないで。私の目は誤魔化せない。利用してやろうと
思ったんだ」
初めてゼインが顔を綻ばせた。彼の体は間違いなく浸食されている。
半身が吹き飛ぶほどの致命傷も彼には掠り傷も同然。何度破壊され、再生したか
彼は分からない。何を思ってこんな細胞を受け入れたのかすら忘れてしまった。
「怖いもの知らずだな。お勧めしない」
「ぎゃふんと言わせないと気が済まない。拘りたいと思ったことには、とことん
拘りたい性分なの。知らなかった?」
「知っているから言ったんだ。敵対すれば本当にお前は…」
ゼインの包帯に隠された肌を醜い黒い茨が滲む。力強く、ルーチェの肩を
掴む。痛みにルーチェが顔を歪めても、お構いなしに感情を爆破させる。
「俺のようになって欲しくないんだ!何でも分かるお前なら、苦しまない道を
選ぶことが出来るんだ!」
氷のようだった男が炎のような激しさで声を荒げた。フッと笑い、ルーチェは
自分の胸倉を掴む彼の手を握る。
「体が動くなら、良し。ついてきて欲しい、上手いこと総帥を説得して欲しい」
「…簡単だ。あの人は俺を道具としか思っていない」
ルーチェが病室を出て数分後に総帥ジルドがやって来た。平然と上体を起こす
ほどに回復したゼインを見て、ジルドは何かに感心した様子。
「もうそこまで回復したか。ならば次の任務を与える」
その内容は奇しくもルーチェに言われた通りの事だった。ゼインは二人が既に
顔を合わせて会話をしていたことを知っている。ルーチェに与えた依頼を一番
彼女が信頼できる人間に監視させる。何処までが真実か知らないが、人の心までは
読めまい。精々透視、千里眼が限界だろう。何故なら人の心を読んだという話を
聞いたことがない。だから彼は知らない。
作戦成功にまずは喜んだ。第一段階、合法的に二人が行動を共にすること。
人を騙すなら嘘の中に真実を。
「乗って置いて難だが、良いのか。正直、俺の体は…」
「私は幼馴染で仲が良いからゼインと一緒にいたいだけ。きっと治す方法が
あるはずだよ。治らなくても緩くしたり、抑えたりする方法があると思うから」
ルーチェの言葉はまるで告白のようで、誤解させる言い方だ。
「…言い方」
「え?何?棘のある言い方だったかな」
「そうじゃねえ。なんで女のお前の方がこういうことに鈍感なのかね」
ゼイン・アーガイル少尉、異物を取り込み適合した人間。活動は決して表に
出ることがない。彼に適合した異物を隠すために。だが今はルーチェという
不安要素を監視するために表を歩かせている。如何に狡猾で計算高い総帥すらも
彼女は簡単に欺いて見せた。見誤っていた二人の絆、誤解している視える探偵の
異名の意味、当たり前の事だ。だってジルド・クウェイン総帥は平民を何とも
思っちゃいない。表面上では国に住まう民を守ると誓っているが、保身の為。
その考えすらルーチェは正確に把握している。
「何でもかんでもクソジジイの思い通りに行くと思うなよ、平民の力を
見せてやるんだから…!」
直感とはよく当たるものだ。出会ってすぐに苦手意識を感じたなら、それは
正しいのだろう。正しかった。高潔とは程遠い人間だった。
「依頼の内容は火属性の宝珠の奪還だったな。お前は総帥から聞いた通りの話を
信じているか」
軍部にて敷かれた包囲網には明確な穴がある。恐らく相手も気付いており、
底に流れているはずだ。居場所は掴んでいるも同然。この話は信じられる。
「私は少なくとも今回の彼の話は信じられると思う。火属性の宝珠を
取り戻したとなれば、大陸軍の信頼は大きくなるからね。指揮官の能力が
買われるし、もっと大きな顔が出来るよ」
「抜け穴となっている場所は奇しくも故郷だったとはな…運が強過ぎる」
そこにこそ出し抜くチャンスがある。軍の人間では無く、故郷の人間が颯爽と
現れ、見事に盗人を退治する。ついでに火属性の宝珠を奪還。それを堂々と
首都へ持ち帰り、捧げる。軍の信頼は下がり、探偵ルーチェが注目を浴びるだろう。
後半の事はルーチェは特に望んでいない。
「なら、さっさと向かわねえとな。俺たちの故郷へ…ファラド市へ」