「あの……ファリンさん」
「なに?」
「そろそろ離してもらっても…」
「や」
「はい…」
「…なにやってんの?あの二人」
「俺が知るかよ…」
現在笑い狼亭。たまたま町中で出くわしたマルシルとチルチャックは一緒に昼食を食べに来ていた。そして、そこには周囲の視線を気にも留めず顔が真っ赤になっているイツキを膝上に乗せているニコニコのファリンがいた。
何故こうなったかは昨晩まで振り返らなければならない。誰にも告げること無く朝から姿を消していたイツキは知る由もなかったが、イツキがいる宿屋。つまりライオスとファリンもいる宿屋の女将さんによる一言が全ての発端だった。
いつもの様に起床したファリンは朝の支度を済ませるため宿のカウンターに降りてきた。
「おはようございます、女将さん」
「あら、ちょっとファリンちゃん!」
「?」
女将さんが言うには、何かとても思い詰めた表情で宿をイツキが一人で出ていったとのこと。声をかける前に立ち去ったので行方が分からない、と。
ファリンはすぐさまライオスを起こし、情報を説明。二人揃って大慌てでイツキを探し出した。
いつもイツキが行きそうな食堂や酒場、雑貨屋なども回ったが一向に見つからない。
そして、偶然ナマリとタンス夫妻達を見つける。
「ナマリ!!」
「うぉっファリン?それにライオスまで。どうした?」
「イツキがいないの!朝からどこにも!」
「イツキ?イツキならあっちの通りで会ったぞ?」
「そうなのか!?」
「私行ってくる、兄さんはあっちの通りに…!」
「あー待て待て二人とも!ちょっと落ち着け!」
急いで立ち去ろうとする二人をナマリが止める。
「イツキのやつなら平気だ。少なくとも外傷は無い」
「問題は、アイツが思い悩んでたってとこだ」
「じゃあ尚更…」
「お前ら、あれぐらいの歳の頃悩みがあったらどうしてた?」
ライオスとファリンは目を合わせる。そして少し考え、ファリンから答える。
「マルシルに相談してた、かな」
「俺は…相談出来るような友人はいなかったからな」
「ライオスのは仕方ない。そういう時もあるさ。だが今のアイツには周りに大人がいっぱいいる。それこそ、お前らとかな」
ナマリはライオス達を交互に指さす。
「そんなイツキが、誰にも相談しないで一人で悩んでんだ。てことは、イツキがイツキなりに自分一人で解決しなきゃならんと思ってるってことかもしれん」
「そんなの…」
「この際はっきり言うがな、お前らイツキのなんだ?」
「……元居候先?」
「まあ、そうとも言うな。だがアイツのことだ。家族くらいには思ってるかもしれん。迷惑か?」
二人は顔を横に振る。タイミングもバッチリだ。
「全然」
「だろ?じゃあイツキがその悩みを抱えきれなくなったら相談されるさ」
もっとどっしり構えな!とライオスとファリンの尻を叩く。良い音がした。
「…うん、ありがとう。ナマリ」
「どういたしまして。じゃあ、私らは行くぞ」
ナマリ達はそのまま立ち去っていった。ライオスとファリンは目を合わせ、頷いた。
「帰るか。待ってよう」
「うん」
そして、そんな大事になっているとはつゆ知らずセンシの魔物談義を聞き入っていたイツキは夜中に戻ってきた。というところから再開する。
ライオスとファリンはイツキを挟みながらソファに座り、ホットミルクを飲んでいた。何気に三人お揃いだったりする。
「え、ライオスさん達をどう思ってるか?」
「うん、私達は家族みたいなものだと思ってるんだけど…イツキは?」
「いや……まあ……」
「どうなんだ?」
イツキはホットミルクを置いた。気まずそうにボソボソ喋り出す。
「……おれも、そうだと思ってます、ケド」
イツキは俯き気味に正面を向いているので顔は分からないが、耳が真っ赤になっているのは二人にバレバレだった。
二人は思わずホットミルクをテーブルに置いてイツキをもみくちゃに撫で回した。
ぬわーっ!とイツキが暴れるが、そんなことはお構い無しに疲れるまで撫で回した。三人の表情は幸せに満ちていた。
そんな事があった翌日。未だ幸福感が抜けきらないファリンがイツキを離さないという理由でこの状況となった。
「ファリンー。そろそろ離したげな。イツキくん赤面通り越して悟り開いてるから」
「やーだ」
「子供の頃より子供っぽいよファリン…」
逃げようとしたチルチャックを捕獲したマルシルはファリン達のテーブルで昼食を摂っていた。
「ったく…イツキだってそろそろ成人だろ?それに血も繋がってない野郎を良く膝上に乗せられるな」
忘れてしまっている人もいるかもしれないので記載するが、トールマンの成人年齢は十六歳である。
チルチャックは頼んだ酒を呷りながら苦言を呈する。昼間から酒を飲んでいる人間に言われても説得力が無いのでファリンは変わらなかった。
「ま、まあ。心配かけたのは事実ですから…ファリンさんが飽きるまで甘んじて受け入れますよ」
などと言いつつ、ファリンのたわわに実っているものの感触に神経を研ぎ澄ませている。のはチルチャックにお見通しであったため、あとでそれを脅迫に使われ酒を奢らされるイツキだった。
そこで、笑い狼亭に二人の客が入ってきた。一人は大柄のオーガの女性。もう一人は猫獣人の女性だった。
まあ要はイヌタデとイヅツミだった。
二人はイツキを見つけるやいなやイヌタデは真っ赤になって店から出て、イヅツミはゴミを見る様な目でイツキを見てから店から出た。
幸い、それに気付いたのはイツキとチルチャックのみだった。
「ころしてくれ」
「どうしたのイツキくん!?」
「ははは、ちったぁ己の行動を省みるこったな」
すったもんだの末今日はマルシルとファリンとイツキで図書館に行くことへ。図書館と言っても館に近く大きさはそれほどもないが、迷宮がある島の図書館というだけあって盗掘された蔵書が数多く、その種類は本土のそれと遜色無い。
魔法を修めている人間が少ないというのもあって、図書館はイツキ達以外にちらほらと三、四人程度だった。
テーブルにイツキ。その隣にファリン。正面にマルシルが座っている。
「それで、この詠唱部分はその属性というより自然現象の方を強くイメージしながらやることでその効果は存分に発揮されるの」
「現象…雷とか風で山火事とか、石と石をぶつけることによる火花とかですか?」
「炎の場合はそうだね。あとノーム魔法にかかせないのは火の精霊『サラマンダー』を意識すること。見たことはある?」
「なんか…初めて炎魔法を使った時に炎がおれの周りをぐるっと回ったんですけど、もしかしてあれがサラマンダーですか?」
「お、会ってたんだ。凄いねサラマンダーって滅多に姿見せないのに」
「そうなんですか?へぇー…因みにマルシルさんはどんな精霊と出会ったんですか?」
「私?私は使った属性に応じて全部会ったけど」
「え、すご」
「マルシルすごーい」
マルシルは照れくさそうに笑いながら魔導書の頁を捲る。ああそういえば。と発言したのちイツキに声を掛ける。
「イツキくん髪長くするの?いい感じに伸びてきてるけど」
「え、なんなら明日辺り切ろうかと思ってたんですけど」
イツキはこの世界に来てから散髪していない。面倒という理由もあったが散髪用の鋏が地味に高い。日本円で六千円ぐらいである。鋏にそれはちょっと…と思ったイツキは今まで購入を渋っていた。
散髪用の鋏は通常の鋏より加工が難しく、特に櫛とセットになっているものは更に高い。具体的には二万円程だ。
「えーイツキ切っちゃうの?キレイなのに」
イツキの隣に座っているファリンはイツキの黒髪を弄る。どれどれとマルシルもイツキの隣に座り髪を弄る。
「わ、ほんとだ凄いサラサラ。魔術的にもオシャレ的にももったいないよ!」
「男からしたら鬱陶しいだけなんですよ」
「それでも魔術儀式にはその人の体毛を使う場合って結構あるのよ。私の杖だって私の髪の毛使ってるし」
ほら。と言ってマルシルの杖『アンブロシア』をイツキに渡す。確かに、良く注意しないと気付かないが、木の蔓の様なものの間に僅かに金色の髪が見える。
「魔法使いの髪の毛は本人から離れても燃えたり千切られたりされない限り魔術的な効果は発揮するの。だから髪の毛はあればあるほど便利だよ?」
「んー…シュローさんみたいにくくれば大丈夫、かな」
「それがいいよ。長いと色々アレンジ出来るし」
「魔術的話では?」
てへ☆と笑うマルシル。可愛いからいいか…とイツキは諦めた。本取ってきますね。とイツキはテーブルを離れる。
見る棚はエルフとノームの宗教戦争について書かれた本。精霊が尽く全てを滅ぼした大戦。厳密には戦にすらならなかった精霊達の大虐殺。
イツキは『エルフ魔術とノーム魔術』と書かれた本を手に取る。そこで、一人の女性がイツキの傍に近付いたと思いきや、一歩下がる。
「げ、一級…」
「え?」
イツキは声をした方を見る。そこには黒髪の東方出身の魔法使い『リンシャ』だった。
「ああ、カブルーさんのところの…こんにちは」
カブルーの紹介でお互い面識はあったものの、リンシャの性格上あまり積極的に話す機会が無かった。
「……こんにちは」
「リンシャさんも勉強ですか?」
イツキは目を合わせず本棚の本を物色しながら話を続ける。
「まあ、そんなとこ。貴方も?」
「はい。自分が使う炎魔法についてもっと知っとかないと」
「ふうん…」
「そういえば、カブルーさんが前言ってましたよ。リンシャさんは勉強家の魔術師だって」
「……あっそ」
リンシャは不機嫌そうに口を歪める。しかし顔は少し赤くなっていた。
「(わっかりやすいなーこの人)…リンシャさんは何の属性が得意なんですか?」
「私?……雷だけど」
「雷!?凄いですねあんなイメージし辛いやつ得意なんて」
「別に、普通よ」
実際イツキが一番苦手とするのは雷属性である。なにせ電気なんてポケ○ンぐらいでしかみたことがない。どうやって発生し、どうやって制御し、どうやって放出するのか。皆目見当もつかない。
「いや凄いですよ!」
「もう、いいって。私行くから」
リンシャは棚にある本をかっぱらってそそくさと立ち去っていった。
「ほんとのことなのに…」
「見た?ファリン。イツキああやって口説いてるんだね」
「うん。見た」
「人聞きが悪すぎること言わんでください…いつから見てたんですか」
「雷属性が〜あたりだけど」
「ちょっと一回イツキにはお灸を据えた方がいいのかもしれない」
「なぜ」
その後、マルシルとファリンの買い物に荷物持ちとしてめいいっぱいこき使われたのだった。