ハーメルンが鯖落ちして死ぬほど焦ったのは内緒。
エルフの国。中央大陸に来てから一ヶ月が経過した。
イツキは女王への謁見や特訓などやることが尽きず、逆にそれ以外のメンバーは買い物や鍛錬など迷宮攻略時に比べれば穏やかな生活が続いていた。
しかし、一人この状況に焦っている人物がいた。
「な、なぁライオス…ちょっといいか?」
「ナマリ?どうかしたのか?」
ナマリだった。ナマリは父親が不当に扱った金を定期的に返却しなくてはならず、今までは余裕があったもののそろそろ金銭面的に厳しくなってきた。
「でな?中央は意外と悪くない場所だったが…イツキを連れてそろそろ島に戻らないか?」
「そうだな…ちょっとみんな集めて作戦会議でもしようか」
そしてとある晩。イツキを含めたライオス一行は夕飯後、宿泊している館の一番広い部屋で全員集まっていた。
「と、言う訳で、そろそろ島に戻ろうかと思うんだが」
「そうですね…もう一ヶ月も立つんですか。早いですね」
「悪いなイツキ、色々順調そうなのに…」
「ナマリさんが気にすることはありませんよ。元々長い期間にならない様にみんなが着いてきてくれたんですから」
しかし、イツキは真意を明かさない。実の所最近のイツキはかなり中央に対して好意的だ。長期的に続く可能性があると言われていた女王への謁見もそこまで長いものでは無かった。
『飛行機?ほう…なるほどドワーフの連中が喜びそうな』
ミスルンを師とした訓練はかなり身になるものでこの一ヶ月という短期間でイツキを更に身も心も強くした。
『とりあえず今日は気絶するまで魔法を使ってお前の魔力容量を増やすぞ、安心しろポーションなら死ぬほどある。限界までやれ』
一瞬最悪な記憶が流れた気がするが、気にしないことにした。
だが、他のメンバーははっきり言って退屈の日々を過ごしていた。
マルシルの古代魔法の件についても、イツキは寿命云々は隠し古代魔法の秘蔵書の閲覧を要請したが、女王はただ一言。
『今はその時ではない』
と、却下された。なにか思惑があるのかもしれない。
もはや明日には帰る支度をしようと話していたところ、部屋の扉が開かれ一人の女性が現れる。
「その話、詳しく聞かせておくれ?」
「あれ、ヘイメアさん?」
「こんばんは、イツキ」
女王ヘイメア本人であった。ヘイメアの後ろには冷や汗ダラダラのパッタドルがいた。
ライオスを除く面々に緊張が走る。イヅツミが威嚇するも、ファリンに宥められる。
「立ち聞きをするつもりは無かったが、そこなドワーフの婦人には借金があるそうだね?」
「あ、ああ…それがどうしたよ」
「その金、私が立て替えても良い」
「はぁ!?」
「他のメンバーにも好条件を用意した。一人一人にな」
ナマリの借金の総額はトールマンが一生に稼ぐ分程ある。願ってもない話ではあるが、ナマリは警戒心を解かない。
「そんな上手い話があるか、なにを企んでる?」
「ふふ、そんな警戒しなくても良い。ただ一つだけ条件をのんでほしい」
「その条件とは?」
「君がリーダーのライオスだね?私が要求するのはただ一つ」
ヘイメアはイツキの傍に立ち肩に手を置く。
「そなたらは島に戻り、この子を一年私に預けてほしい」
「「「はあ!?」」」
「一年だ。契約を結ぼうじゃないか」
ヘイメアは懐から魔術式が書かれたスクロール、巻物を取り出す。とても複雑な魔術式が書かれており、魔法に携わっていないメンバーはちんぷんかんぷんだ。
「ざけんな!そんな話信じられるわけ…!」
「待って!チルチャック!」
マルシルは激高したチルチャックを止め、話を続ける。
「女王様が持ってるあのスクロール、契約式スクロールの中でもかなり厳しいものなの」
「つまりどういうことだよ」
「契約を破れば、契約者本人が命を落とすものです」
「なっ…!?」
契約式スクロールの内容は
『一年経ったら真島イツキを無事ライオス一行の元へ返す』
『そうすれば女王ヘイメアの名の元に望みを叶える』
『破れば、代償として女王ヘイメアの命を捧げる』
というものだった。望みに関しては追加出来る仕様だ。
「理解してもらえて何よりだよ。もちろん、ナマリ婦人しか得をしないというのも不公平だ。そうだな…ある程度ならば私は叶えられる。君たちの望みを聞こうじゃないか」
ヘイメアは妖しく微笑む。彼女の言葉は真実であり、嘘偽りは無い。
「ライオスさん」
「なんだ?」
「おれ、残っても良いですか」
「イツキ…!」
「ごめんなさい。みんなの想いを踏みにじる様なことをして。でも、おれが一年だけ残ればナマリさんの借金は帳消しになるっていうなら、それに越した事はないじゃないですか」
「…本音は?」
チルチャックはため息を着きながら頬杖をつく。
「皆を守る為に強くなりたいです」
イツキは真っ直ぐ全員を見る。その言葉にも嘘偽りは無かった。そして、一番に声を出したのはライオスだった。
「分かった」
「ライオス……」
シュローはライオスを横目で見る。その顔は真剣そのものだ。故にシュローはなにも言わなかった。
「女王様、その契約とやらは俺が結ぶ」
「いいのかい?君達の大事な人を預かることになるが」
「ああ、イツキは俺達の元に必ず帰ってくるし、なにより…」
「俺がイツキに返せる機会は少ない。これぐらいはするさ」
返せる。という言葉にイツキは引っかかる。なにも貸した覚えなんて無かったからだ。
「…そうか。では契約だ。パッタドル」
「は、はいっ」
女王はパッタドルから小型のナイフを受け取り、人差し指を傷付ける。
垂れた真紅の血をスクロールに落とし、落ちた血はじわりと広がり魔法陣が形成される。
ライオスも続く様に指を傷付け血を落とす。広がった血は魔法陣を囲む様に式が描かれていく。
「契約成立だ。各々の望みはじっくり考えると良い」
一件ヘイメアが一方的に有利にことを進めている様に見えるが、この契約式スクロールにはヘイメアの命を脅かす要素がある。
女王ヘイメアが叶えられない願い。たとえば、世界中の人間を殺してくれ、などと願われても、ヘイメアはそれを叶えなければ命を落とす。
女王ヘイメアもまた、確固たる覚悟を持ってこの場に立っていた。
「あの、女王様」
そこで、意外にも今までだんまりをしていたファリンが口を開く。
「なんだい?」
「私の望みは、イツキの傍に残ることです」
「ファリン…」
マルシルはファリンの手に自分の手を置く。ファリンは優しく微笑みを返す。
「ああ、承諾した」
「イツキ」
「はい」
チルチャックはイツキに真っ直ぐ見る。申し訳なさそうな顔、どこか期待している顔。
チルチャックはため息をついて、ヘイメアに望みを言う。
「俺の望みは中央にある醸造所を島にも建設して、俺には格安で売ることだ」
「承諾した」
「帰ってくるんだろ、イツキ」
「はい、必ず」
「ならいい」
チルチャックは部屋を出て行く。イツキは申し訳なさそうに顔を伏せるも、ライオスはそんなイツキの肩に手を置く。
「素直じゃないのさ、知ってるだろ?」
「……はい」
マルシルが手を挙げ、願いを口にする。
「じゃあ私。私も中央に残って中央にある古代魔法の禁書室に自由に立ち入る許可が欲しいです」
「……まあ、いいだろう。承諾した」
「イツキ、ごめん。ありがとうね」
「いえ、謝るのはおれの方です」
次はシュローの番だ。シュローはイツキの顔を見て、少し微笑んだ後願いを口にする。
「なら、俺は良い船を貰おうかな」
「船?その程度で良いのかい?」
「ああ、それでイツキを迎えに行こう」
「シュローさん…」
シュローは言ったあとに気恥ずかしくなったのか部屋を足早に後にする。
マイヅル、ヒエン、ベニチドリはシュローのお付きとして望みは言わず、その場を後にした。
そして、イヅツミとイヌタデ。二人はシュローのお付きとしてではなく、イツキの友達としてこの場に残っていた。
「…アセビちゃん」
「めんどくさいからイヅツミにしろ」
「イヅツミちゃん、どうするの?」
「………………」
イヅツミは考える。一年イツキの元を離れることになるが、自分の望みが叶う。自分の望み、それは獣からの脱却。それを願えば良いだけだ。
しかし、一年イツキに会えなくなるというのも、イヅツミにとっては嫌な気分になることだった。
イヅツミは我慢が嫌いである。自由に生き、自由に死ぬ。それがモットーだ。
「私をイツキの傍にいさせろ」
「わ、私も…!」
「……ああ、承諾した」
イヌタデもイヅツミに続くようにした。
イヌタデにとって、イツキは憧れの男の子だ。それが恋にせよ、親愛にせよ。しかし、イヌタデはイヅツミの恋心を察せないほど鈍くはなかった。
出来る限り傍で見ていたい。親友と、その想い人の行く末を。
「最後ですよ、ライオスさん」
「ん?ああ……そうか」
ぼーっとしながら各人の願いを聞いていたライオス。
「俺は……」
ライオスは、島に来てからのことを思い出す。
兵隊を抜け、キャラバンにお世話になりながら旅をし、ファリンを連れてあの島にやってきた。
ずっと心残りだった。ファリンには幸せな道を歩んで欲しかったから。ファリンに相手が見つかるまで自分が面倒を見ようと決めていたが、あの夜ファリンを連れていかず学校に残すという選択肢もあったはずだ。
金剥ぎとして島の迷宮を漁っていたころも、自分が弱かったためにファリンを死なせたこともある。生き返るとはいえ、死は恐ろしいものだ。
それでもファリンは気丈に振舞った。そして、その晩一人で自分にバレない様に恐怖で枕を濡らしていたファリンを見た。
俺があの日ファリンを……そう思った回数は数知れず。しかし、とある日ファリンが満面の笑顔で家に戻ってきたことがある。
傍には一人の少年。名を真島イツキ。なんでも異世界からやってきて右も左も分からなく世話になりたいとのことだった。
いつもなら突っぱねて帰しただろう。しかし、ファリンの笑顔を見た。
久々に見た妹の心の底からの笑顔だった。
何か歯車がカチリと収まる様な感じがして、俺はイツキを迎え入れた。
そこからは素晴らしい毎日だったと、ライオスは思い出す。
「ライオスさん?」
イツキの顔を見る。心配そうな顔、ライオスはこう思った。
君がいてくれたから、ファリンはあんなに笑顔が増えた、と。その恩を返すには、今は離れることにした。
「うーんそうだなぁ、じゃあ中央にある魔物関係の蔵書を写して貰っていっていいかな?」
「承諾した」
「結局魔物かい!」
マルシルにツッコまれるも、ライオスは笑顔だった。
そして、そこからはしばしの別れとして三日三晩続く大宴会が開かれた。
イツキの希望でカナリアも参加し、一行と顔を合わせる。
ライオスはシュローと共にミスルンとイツキの話をする。
「貴方がイツキの訓練を見る人ですか?」
「ああ」
「イツキは結構厳しめの訓練でも着いていける子だ、遠慮はいらない」
「理解した」
パッタドルとマルシルが美味しい料理に舌鼓を打ったり。
「はふ、あひ、おいひいですこの料理」
「(あざといなこの人……)」
オッタがチルチャックにからんだり。
「なあ、知り合いに可愛いハーフフットの女の子とかいない?」
「変態に紹介するやつはいないかな」
「誰が変態だっ!!」
シスヒスに酒を呑まされ酔ったイツキがフラメラにからむ。イツキはフラメラの顎を引き、腰をつかみながらキザな顔つきでフラメラに迫る。
「イツキって呼んでください」
「イ、イツキ……殿」
「フラメラさん、可愛いですね」
「うっ…ぐぅ〜〜……!シ、シスヒス!笑ってないで助けろぉ!」
「面白いのでいやで〜す♡」
後ろからモーニングスターを持ちながら急接近しているファリンにシスヒスは気付かなかった―――。
冗談はさておき、フレキとリシオンが裸踊りをしようとしたのをナマリとイヅツミに制裁されたりもした。
「未成年がいるだろうが」
「汚いもん見せるな」
「ド、ドワーフつよい……」
「綺麗な身体してるのになあ」
一年とはいえ、別れを惜しむ様に騒げるだけ騒ぎ
そして、ライオス達は港に訪れていた。
ライオスはイツキと握手をする。
「じゃあ、俺達は行くよ。イツキ、ファリン達を頼むな」
「はい」
「しばらくは迷宮の浅い層でセンシに色々教わってるよ」
チルチャックは足早に船に乗る。
「危ねぇことすんなよ」
「はい、気を付けます」
ナマリはイツキの背中に手を置く。
「私はとりあえずカカ達の世話見てるわ、お前が帰るまで冒険者家業は引退だな」
「また迷宮行きましょうね」
シュローはイツキの肩を軽く叩き、振り返る事無く船に乗る。
「アセビとイヌタデを頼んだぞ」
「はい、シュローさんもお元気で」
ヒエンとベニチドリはイツキとイヅツミ、イヌタデの頭をさっと撫でてから船に乗りこんだ。
マイヅルは、イヅツミの前に立つ。
「なんだよ」
マイヅルは思い出していた。御館様が急に連れて来た薄汚い子猫。御館様に言われるがまま世話を焼いた。
凶暴性を出来る限り取り除き、風呂を覚えさせ、飯の食い方を覚えさせ……あまり身につかなかったが、最初に比べればかなり上達した。
暴れるわ逆らうわトラブルは持ち込むわ。マイヅルは少しため息をついてイヅツミの首にかかった術式をベリっと剥がしてイヅツミの頭を撫でる。
「大きくなったな」
「は、はぁ……?」
マイヅルはイヌタデの頭も撫でる。イヌタデは東方群島のとある地域で賭け相撲をやらされていたのを御館様に拾われ、マイヅルが面倒を見ていた。
島に来るまでは手のかかる子としか思っていなかったが、マイヅルはイヌタデのイツキへの複雑な気持ちを察していた。
「お前も、私に似たな」
「マイヅル様……?」
マイヅルはそのままなにも言わず船に乗り込んだ。
船の帆が開かれ、出発の合図である鐘が鳴り響く。
「それじゃあ!また会おう!」
「はい!また―――必ず!!」
そして、一年という長い様で短い時間は、あっという間に過ぎ去るのだった。
「は、走れ!フィオニル!」
「ド、ドニ!待って!」
島。メリニにある迷宮。そこで初心者冒険者が魔物に追われていた。
相手はバジリスク、それも三頭。バジリスクはお互い獲物を譲らず争いながら二人を追いかけているため、足は遅い。しかし時間の問題だろう。
「あうっ!」
「フィオニル!」
フィオニルと呼ばれたエルフは足を滑らせ転倒、ドニは迫るバジリスクからフィオニルを守る様に立ち塞がる。
「ダメ、ドニ!逃げて!」
「逃げるかよ……逃げてたまるか!」
あと数メートルまで迫ったバジリスクは跳躍し、その強靭な足でドニを引き裂こうとする。
ドニはあまりの恐怖に目を閉じる。そして、何か強力なエネルギーが自分の前を通った様な気がして、目を開ける。
「なっ…!?」
そこには、焼け爛れたバジリスクの群れが倒れ伏していた。
「大丈夫ですか?」
ドニの後ろから声がする。振り向くと、そこには一人の少年と呼称するには少し大人びた様子の少年が立っていた。
少年は奇天烈な格好だった。ドニは知らなかったが、それはカナリアと呼ばれる中央エルフの迷宮調査隊の制服であり、その上から黒い外套を羽織っている。
少年は『二本の剣』を収め、尻もちをついているフィオニルに手を貸す。
「あ、貴方は……」
そんな少年の後ろから続々と人が集まってくる。先に到着したのはハーフフットとドワーフだった。
「おい!あんま勝手に前出んな!こちとら昨日復帰したんだぞ!」
「私だってそうだぞ!」
「いや、お二人共健在でしょ」
「怪我はない?」
一人のトールマンの女性がドニとフィオニルに外傷と毒を癒す治癒魔法を掛ける。傷はあっという間に塞がり、痛みすら無かった。
「うーん、バジリスクの産卵期なのかな。他の群れ同士で縄張り争いも活発みたいだ」
「食料は十分あるんだから、食べないよ」
「良い焼き加減だ、これならどんな調理にも使えるな」
「食べないって言ってるでしょ!!」
鎧を着たトールマンの男性。絶叫している魔法使いのエルフ。なぜか魔物を選別しているドワーフ。
「今日は腕試しと復帰を兼ねた軽い探索じゃなかったのか?」
最後に、見たこともない鎧と武器を持ったトールマンの男性が現れた。
「も、もしかして……貴方達は」
ドニはメリニの迷宮の噂を聞いていた。
曰く、かつて一番深くまで潜ったパーティがエルフに攫われた。
曰く、それは種族混在のパーティだ。
曰く、彼らは島で一番強いパーティだ。
そして、最近彼らが復活した、と。
「それじゃあ、地上に戻りましょうか」
人々は彼らを一級冒険者と呼び、称えたという。
え、駆け足すぎるだろって?
だって早く書きたかったから…(天上天下唯我独尊)
一年の間で起きたことはダイジェストでお送りします。
感想、お待ちしております。