「いっつつ……ここは…?」
カブルーは瓦礫の中目を覚ます。瓦礫の中といっても何故か致命傷になりうる箇所には瓦礫が無かったり、そもそもあの高さの落下から何故生き残ったのか。
「喋るな。傷口が広がる。私はあまり治癒魔法が得意じゃない」
ミスルンの瞬間転移には、というより転移魔法には移動や自由落下などの慣性を打ち消す効果がある。たとえ何百mであろうと瞬間転移を繰り返し慣性を殺しながら落下することで無傷で着地することが出来る。
そんな神業はミスルンぐらいの転移魔法使いでなければ不可能だが。
「俺達どこまで落ちたんでしょう…」
「さぁな…落下直前に転移魔法を発動するのに集中し過ぎてどれほど落下したか…っ!」
ミスルンはカブルーを瓦礫の中に引きずり込む。
「なにを…むぐ!?」
「黙っていろ。奴が来た」
強引に手で口を塞がれたカブルーは抗議しようとするも、降りてきた物体を見て血の気が引く。
イツキだ。炎の翼でふわりと着地したイツキは、キョロキョロと辺りを見渡している。どうやら落ちた二人を探している様だ。
「(マズイな…ここが見つかるのは時間の問題。しかし今の魔力量では大した距離は転移出来ない…)」
カブルーから魔力を貰う手も考えたが、カブルーにそれほどの魔力総量が無い事にミスルンは気付く。
簡単にやってのけているので錯覚するが、そもそも転移魔法を瞬間的に何回も連続使用するミスルンが例外なだけで転移魔法そのものにはかなりの魔力を消費する。
エルフというそもそも魔力総量が多い種族。長い年月による魔法研究。長年培ってきた魔法技術のノウハウがあるからこそミスルン程の転移魔法を扱う事が出来る様になる。
それを、トールマンである魔法技術のへったくれもないカブルーから魔力を補うというのは到底不可能だった。
「(…まだ、死ぬ訳には……あの悪魔を殺すまでは…)」
ミスルンは欲が無い。正確には悪魔に対する殺意以外なにも持ち合わせていない。
それはミスルンが過去に己自身迷宮の主として色々あったのが理由でもあるのだが、今は語るべき時では無い。
そして、イツキはそんなミスルンの殺意を感じ取った。
一歩、一歩とゆっくり近付いてくる。
カブルーはイツキの足音を死神の足音と勘違いする程恐怖した。見つかる事で確定する死。あの炎の熱で焼かれては骨すら残らないだろう、と。
一歩、そしてまた一歩。ズン、ズンと、重くなった足で確実に近付いてくる。
そして、カブルー達に被さっている砂利の瓦礫をイツキは手で払おうとした。
「!」
イツキは自分の背後にそれ以上の殺意を持った対象がいる事に気付いた。
「シュルルルル……」
ワーム。洞窟性の竜であり、暗闇に潜む彼等は目や鼻が退化しており、その姿は現実のオオサンショウウオに酷似している。大きさはそれとは比べるべくも無いが。
一番の特徴はそのブレスに含まれる致死性の神経毒。
一息吸い込めば身体中の穴という穴から血が吹き出し悶え苦しみながら絶命する程強力な毒。
何故かその知識だけはあったイツキ。いつぞやライオスから聞かされたのを記憶では無く記録として頭の中にあったので、イツキはすぐさま走ってワームから離れる。
ワームはイツキが逃げた先に猛毒ブレスを噴射。幸いなことにカブルー達に当たることは無かった。
「ガァッ!!」
ブレスのクールタイムを狙った蹴り。見た目からは想像つかない意外な俊敏力でそれを回避するワーム。しかし、蹴りから放たれた炎に全身を包まれる。
ワームはおぞましい叫び声を上げながら焼死した。その叫び声に釣られる様に、地中や壁から次々とワームが姿を現す。その数は十体以上に及んだ。
巣に侵入された怒り。巣を焼かれた怒り。同族を殺された怒り。ワーム達は侵入者であるイツキに溢れんばかりの殺意を抱いていた。
イツキは首をゴキゴキと鳴らしながら両手に炎を構える。そして、かかって来いと言わんばかりに咆哮する。
そして、一斉に襲いかかるワーム達。
ミスルンはその隙に焼死したワームの側へカブルーと共に転移し、その肉を齧る。良く火が通っているので寄生虫やその他雑菌の心配はいらない。加えてワームの肉には毒は無い。
ごくりと呑み込み、その肉を魔力に変換する。上質な魔力であったそれはミスルンの魔力を回復するのには十分過ぎる程だった。
ミスルンは転移魔法を発動。魔法発動特有の『熱』を感知したイツキはミスルン達の方へ向く。しかし、既にミスルン達は転移した後だった。
「はっ……?こ、ここは?」
「わからん、ひとまず転移先に物理的な物体が無い魔力限界ギリギリまで飛んだ」
見ると、ミスルンは魔力切れ寸前でフラフラしていた。
「なにか栄養になるものを食べないとマズイですね…」
カブルーはキョロキョロと辺りを見渡すと。
「?」
「うわ……」
歩き茸と目?が合った。実は歩き茸は割とどの階層にもいる。菌で繁殖をする彼等を遮れるものは少ない。
カブルーはとりあえず歩き茸を仕留め、捕獲。
カブルーはいつぞやに魔物食についてイツキと口論したのを思い出した。
「まさか…自分の番が来るとは」
カブルーはとりあえず歩き茸の臀部?から頭?にかけて木の棒を突き刺して焼いた。
焼いていくうちに、刺さった棒部分からジュワジュワと肉汁なのか茸の水分なのかよく分からないものが沸騰し始めて絵面が最低なことになる。
「き、気持ち悪い……」
焼き歩き茸の完成である。因みに歩き茸は実は種類が豊富で有毒の判別はベテランでも難しい。初心者は絶対に避けるべき食材だ。
「ミスルン隊長。解毒術か蘇生術は使えますか」
「魔力が回復すれば」
「ふ、ふふ、ふふふふ」
カブルーは少し前の自分の発言を思い出した。友達を助けたい。その一心で最優戦力であるミスルンを庇い地下まで落下した。
「今更だろ…!俺は、イツキを助けて!迷宮の謎を解き明かすんだ!」
がぶり、と歩き茸に食らいつく。とても固い。なんとか噛み切って咀嚼する。
「(味が無い……が、樹皮みたいに固いのに変な弾力があって歯が跳ね返ってなんかヌメヌメしてて噛み締める度に出てくる謎の水分が最悪だ…)」
観念して歩き茸を呑み込み、ため息をついた。そして、ミスルンに笑顔で歩き茸を差し出した。
「食べても大丈夫そうです。どうぞ」
「食欲が無い」
カブルーは内心舌打ちをして歩き茸を食べやすい大きさに裂いた。裂いた歩き茸をミスルンに差し出すと、ミスルンはすんなり食べた。
「固いな」
「……ですね」
因みに歩き茸は表面から3cm程切り落としたほうが口当たりが良いらしい。ライオス・トーデン&センシ監修『食べられる魔物大全』より。
その後暫く食べ続け、なんとか二人で完食した。
「魔力の方はどうですか?」
「……解毒術一回程度なら回復した」
「そうですか……」
カブルーは目の前の焚き火を見る。そしてこれからの事を考え始めた。
「(このままライオス達を待つか?いや、迷宮は広い。このまま待っていたとしても出会う確率は低いだろう。とりあえず水…あとは食べ物、苔でもネズミでもなんでもいい。魔物以外なら)」
静かな空間。焚き火の心地よい熱と火花が散る音。段々眠くなってきたカブルーはついウトウトしてしまう。そして、浅い眠りに入る。
「起きろ」
「っだぁ!?」
突如激しい頬の痛みに襲われたカブルー。見るとミスルンが手を振り切っていた。ビンタされたのだと気付く。
「お、俺どれくらい寝てましたか?」
「五時間程」
「そんなに…今度は俺が見張ってますから、ミスルン隊長も休んでください」
「眠気は無い」
「(タフだなぁ…エルフなのに)」
エルフは基本的に身体能力は他種族に比べると低い。しかしミスルンは軍人であり長年迷宮を攻略しているれっきとした実力者なので同族の中ではかなり身体能力が高い。しかし今回はそれが理由で眠気が無い訳では無かった。
「カナリアでは隊員同士はぐれた場合、妖精を持つ偵察係が妖精もしくは使役した動物で連絡をとる。そのうちフレキが救助用の妖精を飛ばしてくるだろう」
「じゃあ、その間は自分達で身の回りの事をやらないとですね。食事とか…………食事とか」
カブルーとミスルンは迷宮で食べられそうなものを探す探索へ出た。しかし、出発してから数分後。ミスルンは急に倒れた。
「ミスルン隊長!?」
「……眠気が限界らしい」
「らしいって…なんでそんな他人事なんですか!?」
「俺は欲を感じない。イツキのお陰で多少マシになったが………………」
ミスルンは話の途中で眠ってしまった。
「ああもう…!なんでそんな大切な事早く言わないんだ!」
カブルーはミスルンを担いで移動。何処か休める場所は無いかと探すと、灯りが小窓から漏れている扉を発見。
扉を開けると、そこにはベッドや水場など生活必需品であるものが必要最低限揃っていた。
「不気味だなぁ…都合が良すぎる。何かの罠じゃないか?」
「お前が望んだからだ。迷宮はそれに応え、休憩室を作った。あまり欲するな」
ぞわり、と鳥肌が立つカブルー。常になにかに見張られている様な感覚を覚えた。しかし今気にしても仕方ないので、ひとまずベッドにミスルンを寝かせた。
「眠れそうですか?」
「眠れない」
「…ミスルン隊長、欲を感じないとは一体?説明してもらわないとこの先一緒に生き残れるか分かりません。隠してること、全部話してください」
「……お前は知りたがりだな。その性質は迷宮では命取りだぞ」
「今はそういうのいいんで」
「はあ……」
ミスルンはゆっくりと語り出す。
「私はかつて迷宮の主だった」
「私は、食べ残されたんだ」
その話は恐ろしい程複雑だった。性愛。ロマン。刺激。テーマ。登場人物。笑い。嘘。事実。涙。客。カブルーは胸焼けしそうな材料達をどうにか調理し、話を纏めた。
「つまり、今のカナリアが発足される前のカナリアの隊員として迷宮へ行ったら見たものを魅了する鏡に出会い、自分の兄と想い人が親しげに話し合うのを見てしまい、そこから現れた悪魔にお前がカナリアに入らず想い人と恋仲になった世界を作れるぞと勧誘され、迷宮の主となってしまった、と」
「そうだ」
「そして迷宮の主として暫く迷宮を管理していたら、悪魔が現れて悪魔に対する復讐心以外食べられてしまった、と」
「そうだ」
「(これでも相当長いな……結構纏めたつもりなのに)」
銀色の美しい髪に瞳。切れていない長い耳。
今の姿からは想像し難いが、当時は正に完璧超人な好青ね「違う」
「……違うんですか?」
「ああ。当時の私は自分以外の全ての人間を見下していた。知人、罪人、看守仲間…なかでも最たるものは兄だ」
「我が一族の特徴である銀からは程遠い髪と目。身体は弱く頭も悪い。誰もが不義の子だと疑った」
「何もかも劣るのに兄弟面をすること。私が想っていた女性へ身の程を弁えない恋心を抱いていること。両親が兄ではなく私をカナリアへ差し出したこと。全てが許せなかった」
「それは……難しいですね」
カブルーは石の壁に石で人間関係の縮図を書き出す。
「この話で何を伝えたいか絞りましょう。話の軸がぶれるし人間関係が複雑過ぎる」
人間関係の把握やその人物にまつわる情報の収集。カブルーの良いところであり悪い癖である。
「しかしそこを省くとオチが意味不明になるぞ」
「オチ?」
「実は兄ではなく私が母親の方の不義の子だったという」
「それは別にいらないですね」
カブルーは話をばっさりと切り捨てる。そこからミスルンの情報を聞き出しては切り、聞き出しては切る作業に入り、壁一面に書かれた情報の最終地点にはミスルンの過去を簡潔かつ丁寧に纏めたものが出来上がった。
「随分と小綺麗に収まったな」
「人に伝えるのならこれぐらいでいいんですよ。誰彼構わず個人的な話を全て明かさなくて済むじゃないですか」
「……そうだな」
「お兄さんとは、その後どうなんですか?」
「良好だ」
「それは良かった」
カブルーはチラリとミスルンを見る。
「まだ眠くならないですか?」
「ああ」
「うーん…ちょっと失礼しますね」
カブルーは自分の手を焚き火で温めてからミスルンの足をマッサージし始める。
「うわ、ガチガチに固まってる。これじゃあ寝づらいですよ」
「……そういえば、イツキにも似たようなことをされたな」
「イツキが?」
「ああ。あれは…奴が中央に残ってから一月経った辺りだったか」
「ミスルン隊長。風呂、行きましょう」
「何故だ」
「リシオンさんに、隊長に教えを乞うなら身の回りの世話も修行の一環だと言われまして」
「言いくるめられてるぞ」
「承知の上です、ほら行きますよ。訓練終わりで汗ベッタベタなんですから」
イツキはミスルンの手を引っ張って大浴場へ。イツキは扉や看板などを念入りにチェックしてから風呂場の戸を開ける。
「…罠のチェックの練習か?」
「いえ、中央に来てから風呂で起こるトラブルが非常に多くて…」
二人は衣服を脱いで浴場へ。ボケーッとしているミスルンをイツキは椅子に座らせ髪や背中を洗っていく。
「前は自分でやってくださいね」
「……」
「やってくださいね」
渋々洗い始めるミスルン。そこで、イツキはミスルンの肩を揉み始める。
「うわほんとだ。ガッチガチじゃないですか。なんでこれであんな機敏な動きが…?」
「なにをしている」
「これもリシオンさんから聞いたんですけど、隊長デスクワークもやるらしいですね?肩とか眉間とかほぐしたりしないとすぐ固くなりますよ」
「必要ない」
「こういう小さな積み重ねが、悪魔を倒す近道ですよ」
「…………そうか」
そこで、ガラリと風呂場の戸が開く。そこにいたのはとても綺麗な女性――
「ワーッ!?」
「うわびっくりした。なに大声出してんのイツキ」
顔の、リシオンが立っていた。
「な、なんだリシオンさんか……はーびっくりした」
「風呂場にトラウマ持ち過ぎでしょ」
「…なんて事がな」
「ハハハッ!まるっきり介護じゃないですか」
「ああ、随分と世話になった」
「じゃあ、とりあえず少しの間だけ俺が代わりますかね……っと!」
本格的にマッサージし始める。ミスルンは段々と身体が暖かくなっていくのを感じ、目を閉じて眠ることが出来た。
とても小さい寝息を立てながら眠るミスルン。カブルーはそれを見届けた後、自分の剣の手入れを始めた。
「……ん?睡眠欲も食欲も感じない……」
なら、生理的欲求。便意とかは?
「ミスルン隊長!!寝付いたところ申し訳ありません!トイレ行きましょうトイレ!!」
「必要ない」
「いーやありますね!!」
カブルーのミスルン介護という高難易度クエストは、まだ始まったばかりだ。
みんなは初夏とはいえ水分補給と体調管理には気を付けよう。熱中症と脱水になるとかなりキツイぞ!(1敗)
更新遅れてすまんね。体調ぶっ壊れちゃった。