異世界ダンジョン飯   作:一般通過炎竜

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第五十六話『消えない炎』

 

封印された本から上半身だけ顕現した翼獅子。伸びをしたり深呼吸をして落ち着いた態度だ。

 

一方、黒竜は翼獅子の異様な気配を感じ取る。

 

これはダメだ。こんなのはいてはいけない。

 

しかし、翼獅子の異様過ぎる気配に様子見を強いられていた。

 

「え、と…翼獅子、さん?」

【敬語はいらないよ、マルシル。どうかしたのかい?】

「あの、私魔力とかすっからかんで…みんなを治したり出来る?」

【ふむ。……出来るね。本来私は力だけの存在だが、彼がいるからかな?調子が良いんだ】

 

翼獅子はそう言うと、四本ある腕の内右腕のひとつをカナリア隊以外(・・・・・・・)のメンバーにかざす。

 

傷が一瞬にして治ったライオス達。治った、というより巻き戻ったという方が適切かもしれない。

 

【今は本調子じゃあない。これくらいで勘弁してもらえるかな】

「ありがとう翼獅子さん!」

 

ファリンはひとまずミスルンの蘇生に取り掛かる。しかし、心臓部を破壊されているので再生には時間が掛かる。

 

【さて】

 

翼獅子は黒竜の方へ視線を戻す。黒竜は未だ臨戦態勢だ。

 

【イツキ。酷いじゃあないか。仲間や家族を傷付けるなんて】

 

その言葉に、黒竜は更に表情を強ばらせる。

 

【聞く耳どころか喋る口すら無いというのは哀しいね】

「翼獅子!お願いだ、イツキをどうにか無力化してくれ!」

 

ライオスの願いを、翼獅子は受け入れる。

 

【いいとも!】

 

翼獅子が指を鳴らすと、ライオス達の身体がふわりと浮かんで遠く離れた所へ飛ばされる。

 

「「うわああああ!?」」

【巻き込みかねないからね。ひとまず大人しくしていてくれ】

 

【さぁ、戦ろうか。イツキ】

 

翼獅子の言葉を理解したかは定かでは無いが、黒竜は高速で翼獅子に接近。踏み台となった地面は轟音と共に崩れ去る。

 

【おお!】

 

翼獅子は黒竜の攻撃を器用に羽ばたいて避けていく。剛爪と凶悪な蹴りを主体とした猛攻にすぐに翼獅子は根を上げそうになる。

 

【ᛋᚢᛗᛗᛟᚾ】

 

翼獅子はぽつりと呟いた。すると影が何本も伸びて黒竜に襲いかかる。

 

【生憎肉弾戦は得意じゃなくてね】

 

影の槍が掠ったところは、竜の鱗に覆われている黒竜の皮膚を傷つけた。黒竜はひとまず炎の翼で飛翔し時間稼ぎを図る。この手の召喚魔法は往々にして制限時間があるのを知っていたからだ。

 

グリフィンもビックリの高速機動で影の槍を避けていく。すると影の槍が段々と薄くなってきた。

 

黒竜は壁に勢い良く着地し、思い切り初速を付けて翼獅子に突進する。黒竜が着地した場所には次々と影の槍が突き刺さり、それは消滅した。

 

【速いねぇ!】

 

翼獅子は地面を隆起させ防御を試みる。しかし黒竜にとってその岩盤は無いに等しい。黒竜は隆起した岩盤に蹴り、すぐさま翼獅子を迎撃出来る態勢を取る。

 

「バターみたいに融けたぞ!?」

 

目が良いチルチャックは硬い岩盤があまりの超高熱にドロドロに融けたのを視認した。

 

一方翼獅子は、自分の顔面に蹴り砕こうとする黒竜の攻撃をなんとか避けていく。

 

【これ、は!厳、しいね!】

 

などと言いつつ余裕綽々な翼獅子。その理由は翼獅子が持つ驚異的な再生速度。大体の攻撃は翼獅子にとってはそよ風の様なもの。

 

故に、油断。驕ったのだ。

 

今度は蹴りを回避ではなく防御した。その結果、翼獅子の腕は破壊力と超高温により弾け飛んだ。

 

「おっと腕が…………?」

 

すぐに再生しようとする翼獅子だったが。様子が可笑しい。

 

傷の治りが異様に遅い。

 

そもそも、正確には翼獅子にとって傷では無いのでただ腕を生やせば良いだけ。しかしそれが出来ない。

 

「なんだ、翼獅子が止まったぞ?」

「どうしたんだ…?」

 

翼獅子は弾け飛んだ腕を凝視する。

 

【そうか………ふふ………そうか】

 

【クク、ハハは、はは、ははははははは!!!】

 

突然狂った様に笑い出す翼獅子。大気が揺れ、大地が鳴動する。

 

【ははははははははははははははは!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【君は私を殺せるのだね】

 

突然翼獅子の様子が変貌する。先程までは黄金城の守護者として振舞っていた。しかし今放たれているのは、底冷えするようなドス黒い魔力。

 

少なくとも、善い気配では無いことが素人目にも判断出来る。

 

「な、なに、これ…?」

 

魔力の揺らぎに敏感なマルシルはあまりの怖気に自分の身体を抱く。全身に鳥肌が立ち、脂汗が止まらない。

 

「マルシル!どうした、大丈夫か!?」

 

チルチャックはマルシルの身体の揺するも、反応は返ってこない。イヅツミに至っては近くにあった雑草の中に隠れてしまった。

 

「イヅツミちゃん!?」

「ヤダ、あれは、なんかヤダ!!」

「分かるよイヅツミ。あれは、なにか可笑しい…!」

 

冷や汗をかいているライオスは気丈に振る舞う。今にも逃げ出したい足を根性で抑えながら。

 

【ᛋᛚᚪᛋᚺᛁᚾᚵ】

 

翼獅子は黒竜に腕を振るった。嫌な気配を感じとった黒竜はすぐさまその場から離れた。

 

瞬間。黒竜がさっきまでいた場所に大きな亀裂が走った。亀裂は恐ろしい切れ味のなにかに切断された様に、不気味なまで綺麗な断面だった。

 

翼獅子はそのまま合唱の指揮を執る様に腕を振るい続ける。次々と切断されていく壁や地面。木や岩なども切断され、どんどん地形を変化させていく。

 

「おいおいおい!大丈夫なのかよこれ!?」

「…っ、みんな!カナリア隊を担げ!ファリン、隊長の蘇生はあとどれくらいかかる!?」

「損傷が酷い!集中しないと無理!」

 

ライオスは蹲ったマルシルを抱える。ガタガタと震えて目から光を無くしている。

 

「ここにも被害が来るかもしれない!ひとまず上層の階段まで撤退だ!」

 

黒竜も負けじと反撃する。不可視の斬撃を回避しながら翼獅子に向けて非実体の炎剣を飛ばす。

 

大技は溜めを潰されるだろうと判断した黒竜はひとまず小技で対処していく。

 

しかしそれも時間稼ぎにしかならない。黒竜は翼獅子が腕を振り上げたタイミングを見切り、接近戦を仕掛けた。

 

殴る。避ける。斬る。避ける。斬る。避ける。殴る。避ける。

 

繰り返される高速の猛攻。外した攻撃の余波は翼獅子や黒竜の背後の地形を次々と変えていく。

 

そして遂に翼獅子が黒竜の腕を掴んだ。瞬間繰り返される斬撃の嵐。腕を斬り落とされた黒竜は怯むことなく反撃する。

 

炎を帯びた爪は翼獅子の身体を貫こうとする。仕方なく翼獅子は片腕で防御。弾け飛んだ腕とは違う方の腕はまたもや弾け飛んだ。

 

翼獅子は考えた。このままではジリ貧だということも理解していた。黒竜は翼獅子の想像以上に成長していた。

 

【いや、成長ではなく、適応】

 

黒竜を形創った魔法は、シスルによる『肉体改造の魔法』。それは魂を、種族そのものを創り変える禁忌の黒魔術。もちろん、魂と肉体を変化させる魔法はそれ相応にリスクがある。

 

リシオンが使っている黒魔術は以前説明した通り、魂に肉襦袢を被せているもの。イヅツミは魂を捏ねくり回して幼少期から慣らす方法。

 

一方、イツキに掛けられたのは魂そのものを黒竜の肉体に無理やり形を変える魔法。

 

無理やり形を変えられた魂は肉体とのすり合わせに時間も掛かるし負担もかなりのものだ。しかしそれを黒竜、正確にはイツキは耐えきってしまった。

 

混じりきった故に生半可な方法では黒竜の意識にイツキが介在することは不可能。しかし翼獅子はとある方法を思いついた。

 

黒竜の猛攻をいなし、黒竜の胸に手を添える翼獅子。

 

そしてなにかを呟いたと思ったら、黒竜の様子が急変する。

 

「………………え?」

 

先程まで本能剥き出しで猛攻していた顔とは思えないほど、キョトンとした顔。

 

「え、これどういう状況?」

【やぁ、初めまして。イツキ】

 

【さようなら】

 

翼獅子はイツキの頭に手を添える。そして、こう呟いた。

 

【ᚱᛖᛗᛖᛗᛒᛖᚱ】

 

それは、治療魔法。

 

魔法使いの医者などが使う認知症や記憶喪失などで失った記憶を掘り起こす魔法。一般では医療に使われるそれを何故かイツキに発動させた。

 

「あ……」

 

瞬間、イツキの脳内に溢れる。存在した記憶(・・・・・・)

 

 

 

 

地方の県に住むとある一家。普通の、どこにでもありそうな家庭。

 

真島樹はその一家の長男だった。家族構成は、父親。母親。そして弟が一人。

 

樹は物心ついた時から、元陸上選手の父親の影響もあって走ることが大好きだった。

 

風を全身で感じ取り、横にいた自分と同じ背丈くらいの男子が次々と視界から消え失せ、最後には自分だけが走っている。

 

小学生の頃からかけっこが大好きだった。あまりにも速すぎて誘われなくなる程だったが、樹の持ち前の明るさに皆は諦めた。

 

そうして中学一年生になった樹。地元から少し離れた場所で中学生が主体の陸上大会に向けて練習の日々を過ごしていた。

 

樹には才能があり、努力家でもあった。同年代どころか年上にすら樹に勝てる子はいなかった。

 

先輩に疎まれることもなく、トラブルとは無縁の毎日。

 

そして遂に大会当日。樹はベッドから起き上がり、朝の支度と朝食を済ませ玄関に立った。

 

「ほら、早くいこうよ!」

「まぁ待て待て、大会まであと二時間もあるじゃないか」

「にいちゃ!待ってよぉ!」

「ふふ、せっかちなんだから。誰に似たのかしらね?」

 

大会が始まるずっと早い時間に家を出る一家。父親が運転する車に乗り込み、公道を走っていく。

 

「自信の方はいかがかな?樹選手」

「ふふ、超余裕。けど油断はしません!」

「ははは!頼もしいな!」

「にいちゃんがんばれー!」

 

幸せに溢れる一家。車内の雰囲気はとても穏やかだ。

 

それも、大きな衝撃に襲われるまでの話だ。

 

樹が乗っていた車が突然の衝撃と共に勢い良く回転し、運転席側の側面が思い切りビルの外壁に叩きつけられる。

 

飲酒か居眠りか。定かではないが、大型トラックが交差点で信号を無視し樹達が乗っている車に突っ込んだのだ。

 

幸いなのは弾き飛ばされたという点。運が悪ければトラックの下敷きとなっていただろう。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

近くを通っていた市民達は救出活動を試みる。既に通報済みではあるが、救急隊が駆けつけるまで自分達で出来る事はしようと判断したのだ。

 

「子供が…怪我は無さそうだ、奇跡だな」

「う、うぅ……」

 

市民の言う通り、あれだけの大事故を無傷で済んだのは奇跡に等しいだろう。

 

しかし、その奇跡を譲受できたのは一人だけ。

 

「こっちは…くっ、これは…ひどいな…」

「父さん…母さん……?木葉は、無事なんですか…?」

「目を向けるな、坊主!」

 

運転席にいる男性は頭部に瓦礫が突き刺さっており、即死している。後部座席にいる女性も同様だ。

 

そして、子供にいたっては首がへし折れあらぬ方向へ曲がってしまっている。

 

「ひとまず子供を外に出すぞ!」

 

救助に勤しむ男性は樹を助手席から引っ張り出す。別の男性が急に声を荒らげた。

 

「不味い…!火がついた!早く離れろ!!」

 

大慌てで樹を抱え、炎上しだした車から離れる男性。抱えられつつも、樹は燃える車を見ることしか出来なかった。

 

「父さん!母さん!木葉!!」

 

付いた火はたちまち燃え広がり、見ることも難しいほど光が強くなる。しかし樹は目を逸らせなかった。

 

燃える。燃える。燃えていく。大好きな走りを教えてくれた父が。大好きな母親が。そして、走りを教えいずれ自分の横に並び立つことが出来たかもしれない弟も。全て燃えていく。

 

どうしてこうなった?誰のせいでこうなった?

 

事故を起こした運転手?違う。接近する車に気付けなかった父親?違う。

 

僕だ。

 

僕が出発を急かしたからだ。

 

急かすことなく時間通りに家を出ていたら、きっと事故にあわずに済んだ。

 

お前だ。

 

お前が殺した。

 

「うああああああああああああああ!!??」

 

炎上していく家族。その炎が、樹の脳裏から離れない。

 

その炎は、やがて魂すら焼き焦がすだろう。

 

【そして君は、ショックで記憶に蓋をした。脳が自己防衛として記憶を封じたんだ】

 

翼獅子は、頭を抱え苦しむイツキに語りかける。

 

【君は天涯孤独となり、医者は君を孤児院へ入れた】

 

【記憶を無くした君は、正確には君の脳は都合の良い記憶を作り上げた】

 

自分には最初から家族がいない(・・・・・・・・・・・・・・)。そう君は思い込んだ】

 

【悲しいね。事故とはいえ、家族を無くすのはとてもとても悲しいことだ】

 

【精霊は君の魂に焼き付いた炎を好み、君に大いなる力を与えた】

 

【皮肉だね。君が得意とし誇りであるあの炎は、君の家族を代償に手に入れたと言っても過言ではない】

 

翼獅子は、イツキの肩にやさしく手を置いた。

 

 

 

 

 

 

【その炎で、今までどれほどの命を自分の家族と同じ目に遭わせてきたんだい?】

 

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