「……なぜ、俺なんだ?」
悪魔との契約を持ち掛けられたライオスは、いたって冷静にその意図を探る。
【お前は迷宮、魔物そのものに対する意欲が人一倍…いや、何百倍も強い。只人より遥かにだ】
「仲間を売るつもりは無いが、マルシルだって迷宮に対する研究心は人一倍強いぞ」
【一倍ではダメなのさ。お前ならば迷宮を拡大し、作り替え、私を地上へ出すことは容易だ】
イツキの命と迷宮の権限。翼獅子の言う通り両方が手に入るまたとない機会。
「やめておけ」
そこに、ミスルンが割って入る。
「元迷宮の主として忠告する。ロクなものじゃないぞ」
「そうですよライオスさん!イツキはまた別の方法で救出すれば良いじゃないですか!」
「別の方法って?」
「そ、それは…」
押し黙ってしまうカブルー。その疑問に翼獅子は平然と答える。
【無いと思うよ。なにせ無限次元から魔力を引っ張る魔法は数多く存在すれど、無限次元そのものに直接干渉する魔法は過去数万年開発されなかったからね】
「余計なことを言うな悪魔!」
威嚇するパッタドルを差し置いて、ライオスは翼獅子に話し掛ける。
「……翼獅子」
【なんだい?】
「少し、考えさせてくれないか」
【……まあ、いいよ。あの家を使うと良い、シスルが使ってたあの家さ。でも気を付けなよ?イツキがどれほど無限次元に耐えられるかは私にも分からないからね】
そう言うと、翼獅子はその場に横になる。ゴロンと寝転がって口笛を拭いている。
「…ひとまず、私はコイツを見張っている」
「隊長。大丈夫そうですか?」
カブルーはミスルンの肩に手を置いた。悪魔に対する復讐心。それしかないミスルンが悪魔を前にして抑えられるのか、と。言葉にせずとも目線で訴えかける。
「…私ではコイツを殺せない。イツキのみがその可能性を秘めているというのなら、待つさ」
「…帰ってくる保証、無いんですよ?」
「来るさ」
そう言って、ミスルンもその場に座り込む。
師弟故の信頼関係。それを察したカブルーもまた、その隣に座った。
そんな光景を見て、リシオンはため息をつく。
「はぁ…とりあえず悪魔は俺達が見張ってるから、話してきなよ」
「いいのか?」
「君が迷宮の主となるならないに関わらず、カナリアとしてはこの迷宮は滅ぼすしかないよ」
「我々も見張っておこう」
「お願いします。マイヅルさん」
「リシオン」
フレキがリシオンに目配せする。無言で使い魔を指さした後、上から下に向ける。
「ライオス。あんまり時間ないからね」
「ああ、分かってる」
そう言って、カナリア隊は悪魔の見張り。ライオス達とシスルは家の中に入っていった。
「あちゃー…こりゃ酷いな」
ナマリは扉を閉めかけた。家の中はイツキと翼獅子との戦闘の余波で更にぐちゃぐちゃになっていたからだ。むしろ家が家の形を保っていた方が奇跡と言えるかもしれない。
「茶でも淹れよう。魔術師殿、茶葉などはあるか?」
「わ、私か?えっと、確かそこの白い棚の…」
センシとシスルは台所へ向かい、他のメンバーは片付けを始めた。
その間、ライオスはひたすら考える。
確かに翼獅子の言う通り、迷宮の主となるのは良い方法かもしれない。幸いカナリア隊もいるし、たとえ操られたとしても幻覚術の達人であるシスヒスがなんとかしてくれるかもしれない。
「…ライオス、どうするんだよ」
チルチャックが皿を食器棚に戻しながら問う。
「…実際。翼獅子がなんとかしないとイツキは連れ戻せないと思う。分からないが、なんとなくそう思う」
ライオスは本を一纏めにし、机に置いた。
「俺が思うに、悪魔は倒せないけど無敵じゃないと思うんだ」
「その心は?」
「俺とやりとりしたり、イツキとの会話を聞いて思ったんだけど、翼獅子は俺達とは違う上位存在にも関わらず、俺達と同じで『欲』と『感情』がある」
「悪魔に感情だと?」
そこで、シスルがセンシが淹れた紅茶を持って食卓へ戻ってくる。
「そういや、あの抜け殻達はどうしたんだ?」
「寝室に寝かせている。それより、悪魔に感情があるというのは本当か?奴のことは長年の付き合いだからある程度知っているつもりだったが、それらしく振舞った事は無かったぞ。ただひたすらに、奴は力だった」
「あるよ。イツキに対して翼獅子は結構辛辣だったろ?」
「……たしかに」
「俺達になんて言われようが意に介さなかったのに、イツキにだけは明らかに嫌悪感が出てた。それは多分、翼獅子が自分にとって初めての『外敵』がイツキだったからだと思う」
「翼獅子は、死なない。他生物みたいに交合することもない。きっと眠ることも無いだろう。唯一生物らしさがあるのが食事だけ」
「鼠にとって猫が天敵なように、蛙にとって蛇が天敵なように。翼獅子にとっての天敵はきっとイツキなんだ」
「…感情というのは分かった。欲も、まあ食欲がそうだな。それが無敵では無いという事への繋がりは?」
「悪魔は恐らく、人の欲を糧に成長するという性質を持ったれっきとした生き物だ」
「そしてその人の欲食べたさに人に近付き過ぎたんだ。何をしたりすれば人が喜んだり嫌がったりするのか理解出来るようになったが、同時に人の想像力の中から抜け出せなくなり、感情を獲得してしまった」
「本来必要のない筈の食事という行為、外敵に対する嫌悪という感情。翼獅子は無敵という概念から既に逸脱してるんだ」
「……なるほどな。あの時翼獅子がイツキに見せたあの表情の違和感はそれか」
そこで、シュローがライオスに炎の剣を返しながら問いかける。
「…それはわかったが、結局どうするんだ?迷宮の主になるのか」
「なる」
「…本気か?」
シスルが問う。ライオスはシスルに質問を続けようとする。
「えっと…」
「シスルだ」
「シスルさん。翼獅子について知っていることを教えてくれ。俺も出来る限り今まであったことを話す」
「分かった」
ライオスとシスルは話し合う。お互い翼獅子に出会ったところから全て。
①本来翼獅子は力だけの存在であり、誰かから願われない限り、自分から動くことはできない。
「え?でもあんな派手に戦ってたじゃないか」
「それはお前の『イツキをどうにか無力化してくれ』という願いを曲解して受け取ったのだろう。自力で封印を解いたのも、イツキを倒すには身体が必要、とでも思ったんだろうさ」
②なんでも願いを叶えることが出来る。
「なんでもって、本当になんでも?」
「なんでも、だ。不老不死だろうが溢れる財宝だろうが。奴は願われたら叶えずにはいられない。その願う欲こそ、奴が魅入られたものだからな」
「叶えずには、いられない…」
③口達者で、欲を扇動するのが上手い。
「だから私は奴を本へ封印した。でなければ今頃私は思ってもいない願いを口にして奴に食われていただろう。どこぞの小娘がそれを解いてしまったがな」
「うう…」
「マルシル、気にしないで。あの時はああするしか方法は無かったよ」
「ファリン〜…」
ファリンはマルシルを抱きしめて頭を撫でる。
「…どちらにせよ、イツキを人質に取られている以上、俺に選択肢は無い」
「ライオス…」
「大丈夫だよ。みんなもいるしな」
どういう根拠だっつーの。とチルチャックはライオスの背中を叩く。そこに、なにやら良い匂いが漂ってきた。センシが料理を運んできたのだ。
「腹が減ってはなんとやら、だ。せっかく下拵えしたフェニックスがダメになってしまうから調理してきた」
「多分放っておいたらそのうち復活すると思うが」
シュローの発言を、シスルが訂正する。
「腹に入れた時点でフェニックスの不死性は無くなる。そう記録で見たことがある」
「へぇ〜、それは迷宮のフェニックス限定?それとも外にいるフェニックスもそうなのか?フェニックスはその不死性から殆ど子孫を残さないからもしそうだとしたら狩られると絶滅危惧種になるかもしれないな」
「なんだお前急に鬱陶しいな」
「ごめんなさいこんなんでもウチのリーダーなんです…」
ファリンとナマリがセンシから受け取った料理をどんどん配膳していく。全員が席に着き、料理を前にして沈黙してしまう。
「……からあげ、か」
「イツキ、からあげ好きだったよね」
重くなる食卓。それを打ち破ったのは意外にもシスルだった。
「…なんだ、通夜か?」
「…ちげーよ」
「だろうな。黒「イツキ」…………イツキは生きてる。なら救出するにせよ戦うにせよ、腹に飯は入れておくべきだ」
シスルの言葉に、ライオスは賛同する。その表情は晴れやかなものだった。
「だな!よし、じゃあいただきます!」
「いただきま〜す」
からあげを一口頬張る。衣はセンシがイツキが復活した時用に用意していたにんにくベースのもので、食べれば食べる程食欲が湧いてくる。
「フェニックスもう少し大きかったらなぁ」
「確かにこの人数だとちょっと物足りなくなるね」
「すっかり魔物食に抵抗無くなったよなマルシル」
「こ、これはほぼ鶏肉だし…」
「これほど美味い肉なら鳥刺しも美味そうだ」
「なんだそりゃ?」
「聞いたことがある。鳥の刺身だな」
「……鳥を生で?」
ガヤガヤと騒がしい食卓で、シスルはからあげを一口齧る。美味い肉だ。調理した者の真心すら感じ取れる。
「(ああ、そうか……私は)」
食卓を囲み、雑談する。それぞれ表情は誰もが笑顔を崩さない。
当たり前であり、幸せに満ちた光景。
シスルは思い出す。かつて黄金城でデルガルや民達と食事を交わしたことを。誰も笑顔で、心の底から笑っていたあの風景を。
「(これだ。私が忘れていたもの)」
「(イツキ、お前は、これを伝えたかったのか?)」
イツキから手渡された焼きワーム肉を思い出す。確かにあの時、イツキは彼らと同じ表情をしていた。あれが黒竜がイツキに適応した姿であり、彼の心に影響されたのなら、あれは黒竜とイツキから受けた施しなのだろう。
たとえ悪魔に貪られた記憶だろうと、思い出は食えば無くなるという簡単なものではない。その人の記憶に、心に、魂に埋め込まれた大事なものだ。
「(今更謝って、赦してくれるだろうか)」
肉体と魂を切り離した黄金城の住民達。狂気に魅入られていたとはいえ、凡そ人の所業では無い。不安が募る。
その時、シスルは頭に柔らかい感触を覚えた。
「?」
誰かに頭を撫でられた。しかし周りにいるライオス達は食事に夢中で席を立っていない。
確かに、撫でられた。これは……どこかで……
「シスルさん。からあげ好きじゃなかった?」
「え?ああ……いや、食べるよ」
ファリンはシスルの表情がとても柔らかくなっている事に気付いた。
もう、彼が私達に害する事は決して無いだろう。そう思った。
「ふう、ごちそうさまでした」
気付けばペロリと完食していた。
「……ライオス」
「なんだ?」
「私は、黄金城の住民達と話してくる。そう、しなければいけない」
「私はあまりに多くの過ちを犯しすぎた。その罪は甘んじて受け入れるつもりだ。どれほど罵倒されようと、どれほど暴力を受けようと、私はそれを受け入れなければいけない」
「翼獅子は、任せた」
「…ああ、任せろ」
ライオスはシスルに拳を向ける。そのゴツゴツした大きな拳に、シスルの小さく柔らかい拳がコツンとぶつかる。
シスルは部屋を出ていく。その表情は覚悟に染まっていたが、どこか晴れ晴れとしていた。
「…ひとまず、俺のプランはこうだ」
「まず、翼獅子の言う通り迷宮の主となる。そしてイツキを取り返した後、翼獅子の欲望を叶えずにはいられないという性質を利用し、翼獅子は今後一切人類に害さないと命令する」
「そんな単純な話か?」
「もうそれしか方法は無い。でも、シスルの様にもしかしたら精神に影響する術を使うかもしれない。その時は…チル」
「ん?」
ライオスはチルチャックと目を合わせる。
「俺の正気を取り戻す様な、効果的な文句を考えておいてくれ。諌言でも説教でも罵倒でも」
「説教て……」
「センシ。食事はその人の人格や思い出を呼び起こすのに最重要なものだ。俺のところの郷土料理を教える」
「材料はどうする」
「そこは……まあ、頑張ってくれ」
「シュロー。君は…その、俺の友達だし、こう…上手いこと呼びかけてくれ」
「大雑把にも程がある」
「照れるんだよ…!」
「ナマリ。この中じゃファリンに続いて付き合い長いよな」
「まあ、そうだな」
「初期特有の苦労もした。武器や防具の話も沢山した。そういう思い出話をしてほしい」
「任せとけ」
「マルシル」
「なに?」
「シスルがやっていたように、本の中に翼獅子を閉じ込められないかな」
「どうだろ……でも、翼獅子は魔力の塊だから、魔力封印と原理は同じだろうし…ああもう!シスルさんにちゃんと話聞けばよかった!なんか良い雰囲気に流されてそのまま外に出すべきじゃなかったよ絶対!」
「ファリン」
「うん。任せて兄さん」
話さなくとも理解出来るのは、おそらく兄妹故だろう。ライオスはファリンの頭を撫でる。
覚悟は決まった。ライオス達は家を出て翼獅子の元へ向かう。その時、ライオスは玄関を見張っていたイヅツミにこっそり耳打ちする。
「イヅツミ、もし俺が翼獅子に魅入られたら、すぐさま殺してくれ」
「……なんで私が」
「君にしか頼めない」
「…分かった」
ライオスはイヅツミの隠密技術を信用していた。いざとなったら行動出来る決断力も、このメンバーの中では秀でていたからだ。
【お話は終わったかな?】
「ああ」
翼獅子はサマーベッドに横たわりながら器用に本を読みトロピカルジュースを呑んでいた。アロハシャツにサングラス、麦わら帽子まで被っている。あまりにも呑気過ぎる光景にミスルンは血管がブチギレる寸前だった。
翼獅子はその全てを指を鳴らし消し去ると、ゆっくりと立ち上がる。
【では、どうするのかな?】
「なるよ、迷宮の主に」
ライオスの発言に、カナリア隊の面々に緊張が走る。
ライオスは翼獅子の目の前に立つ。
「イツキは、返してもらうぞ」
【もちろん】
翼獅子はゆっくりそのその両翼を広げ、ライオスを覆う。
そして、ライオスの意識はゆっくりと翼獅子へと溶けていく。
次に目を覚ましたのは、真っ暗な空間。
「(マズったな…いきなり分断されるとは)」
「というか、ここは?」
【お前の心の中。心象風景と言った方がいいかな?】
翼獅子が現れる。すかさずライオスは翼獅子に命令する。
「よ、よし!イツキを返してもらうぞ」
【その前に、ライオス。君の願いを叶えよう】
「い、いや!俺の願いよりイツキを…!」
【本当にそうかい?】
翼獅子は指をさす。そこには、ライオスとファリンの姿があった。しかし今より少し若い。迷宮を求めてメリニにやってきたばかりの頃だ。
【初めてお前がここへやってきた日のことを覚えているよ】
【成長したものだ。ほんの数年前は今より遥かに力も弱く、頼りなかったというのに】
【兄妹揃っていつも金と食うものに困っていた】
【立派になったね】
【だが、中身はまるで変わっていないだろう?】
「なんの話だ」
翼獅子はライオスに指さす。五つの眼でライオスを見据える。まるで全て覗かれているようだ。
【お前は人の世界に飽き飽きしている】
【なぜならお前にとって人とは、とてもつまらないもの】
「そんなことは無い」
その発言に、翼獅子は大きく目を見開いた。
「…確かに、数年前の俺ならそう思っていた。実際、身内以外死んでもなにも思わなかったし、なんなら俺は身内を捨てて故郷を離れた」
「兵士をやっていた頃は退屈で、窮屈で、苦しくて、泣いた日もあった。そこから脱走して一人になって夜道を歩いていた時思ったんだ」
「なんて、楽なんだ…って。人のしがらみから離れ、ただ一人好き勝手に暮らすことのなんて素晴らしいことか」
「でも、俺にはファリンがいた。大切な妹がいた。でもファリンは案外きちんと人生を歩んでいた。俺とは違って。だから魔法学校に顔を出した時、この先もう二度と会うことは無いと思った」
「でも…ファリンは賢いな。俺の考えなんてお見通しだった。ファリンは俺から離れなかった」
「その先はお前の知っている通り、メリニに来て金剥ぎをしながら日銭を稼ぐ毎日だった」
【…どんな気分だった?】
「最高だよ。金は稼げて、妹もいて、魔物とも会える」
「でも俺の性格は変わらない。妹以外の人は嫌いだし、関わりたくないとすら思ってた」
「でもそんなある日、一人の少年に出会った」
【……】
「イツキ。俺の友達。俺達の家族。イツキには色々なことを教えたし、色々なことを教わった」
【イツキもまた、お前が嫌う人だったろう?なぜ受け入れた】
「ファリンが信用していたからかな」
躊躇無く答えるライオス。翼獅子は目を細める。
「礼儀正しくて、謙虚で、かと思ったらちょっと抜けてて、でもどこか危なっかしくて、頼りがいのある」
「俺達の大切な仲間だ」
「イツキと出会ってから色々な人と関わった。ナマリ、チルチャック、シュロー、マルシル、センシ……一口に人と言っても、その程度では区分できない程大勢の人達と」
「イツキの周りには常に笑顔があった。名前も知らない人も、顔を合わせた事すら無い人すら笑顔だったんだ」
「俺は思ったよ」
「人は、ここまで気持ちの良い生き物なんだって」
「俺はもう、人を嫌ってない」
断言するライオス。その表情に一切の曇りは無い。
「さあ!イツキを返してもらおうか!」
押し黙る翼獅子。そして、ライオスに人差し指を向けた。
【予定が狂った】
「え?」
瞬間、ライオスの表情が変わる。焦点が合っておらず、心ここに在らずと言った風だ。
【イツキ……イツキ……フフ、つくづく私の邪魔をするな。お前は】
【お前の影響かな…分からないけど、
【せいぜい指を咥えて見ていろ。害獣め】
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