「イツキ、起きて。もう朝だよ」
微睡みの中で、優しい声と共に起床する。外からは蝉の鳴き声に紛れ、小鳥が囀っている。
「…ファリン、さん?」
「おはよ、よく寝れた?」
目の前には、朝日に照らされ煌びやかに光っている金髪を窓からのそよ風で靡かせている彼女がいた。
よく見知っている顔。しかし格好に違和感を覚える。
彼女は学校指定の制服を着ていた。スクールシャツにブレザー、スカートだ。
「なんで、制服着てるんですか?」
「…イツキ、寝ぼけてる?それともまだ夏休み気分が抜けてないのか…な!」
「おわっ!?」
ファリンに布団を剥がされる。それを手馴れた手つきで畳み、部屋から出ようとするファリン。
「一昨日から学校始まってるでしょ。朝ごはん、出来てるから食べよ?」
ぽかんと呆けているイツキだったが、直ぐにベッドから起き上がる。
イツキはファリンと共に食卓へつく。自分とファリンしかいない食卓。違和感しかないのに、どこか満足感に溢れている。
「美味しい?」
「美味しいです」
「ふふっ、良かった」
イツキは微笑むファリンを見て、まぁいいか。と違和感を投げ捨てた。イツキはリモコンを操作してチャンネルを変える。
『今朝メリニ牧場でケンタウロスのメスが生まれたと…』
『衝撃!デルガル王とその道化師の禁断の…』
『女王即位から百年。遂にドワーフとの交流が…』
テレビから流れる
そして朝の支度を済ませ、家を出た二人。
「あつ…」
「今日最高気温34℃だって〜」
「太陽がおれを殺しにきてる…」
少し歩いたところで、二人の少女と出会った。
「あ、おはようございます!イツキくん、ファリン先輩!」
「はよ」
制服に身を包んだ猫耳の女の子、イヅツミ。スクールシャツにスカート、腰に巻いたブレザーが特徴。同じく制服に身を包んでいる大柄で角の生えた女の子、ヒジョウヒ。*1彼女もスカートを履いてはいるが、その下にはジャージを履いている。
「……」
「……イ、イツキくん?」
「なに凝視してんだ。キモイぞ」
「ああ、ゴメン。なんか二人の制服姿が新鮮で」
「そ、そうかな?」
「夏休み前に見てるだろ。なんなら高校初日から」
「イツキ、まだ寝ぼけてるの?」
ファリンはイツキの頭を撫でる。よしてください。やだ。という会話をヒジョウヒは頬を膨らませながら見ていた。
「さっさと行くぞ」
イヅツミは三人を置いて学校へ行ってしまう。慌てて三人も追いかけて、少し走った後学校へ着いた。
「お、いつもの四人組か」
「おはようございますチルチャック先生!」
「おはようございます」
「はよざいまー」
「おはようイツキ、ヒジョウヒ、ファリン。イヅツミはもうちょいやる気だせ」
ジャージを着た小柄な男性。チルチャック。イツキはチルチャックの前に立った。
「おはよう、ございます?」
「なんで疑問形なんだよ」
「…先生、奥さんと調子どうですか?」
「?……至って良好だよ。ほらさっさと行け!」
イツキの尻を引っぱたいて見送るチルチャック。セクハラー、とファリンが騒いでいるがスルーした。
玄関にたどり着き、自分の靴入れの蓋を開ける。すると何通もの手紙がイツキの足元に落ちてきた。
「なんだこれ」
見てみると、どれもこれもが恋文。いわゆるラブレターだった。
「なんでおれの靴箱に…?」
「モテるねー、イツキ」
「モテモテだねイツキくん」
「妖怪初恋奪男」
ファリンは目を細めて揶揄い気味に、ヒジョウヒは頬を膨らませながら、イヅツミは冷ややかな目で廊下を歩いて行った。
「いやなんの話…イヅツミはちょっと待てコラ」
その後職員室に用事があると言うファリンと別れ、朝練があると言う二人とは別に一人で教室へ向かう。
教室に入ると、見知った顔の友達が何人か挨拶してくる。
「おはよーイツキ」
「おはよう」
「イツキおはよう!」
「おはよう」
「おはよう、イツキ」
「おはよう、カブルー」
褐色の少年、カブルーは親しげに話しかけてくる。
「今朝は随分と怠そうだね、なにかあった?」
「んー……時差ボケ?」
「なんだそれ」
イツキは普段通り、自分の席につく。一番後ろかつ窓際の教室全体を見渡せる位置だ。
頬杖を付き、グラウンドを見る。陸上部などの運動部が朝練をしている。イツキは何故か自分もそこに行かなければならないと思ったが、イツキは帰宅部だ。到底縁のない話である。
暫く窓の外をボーッと見続けていると、イヅツミとヒジョウヒが戻ってきた。イヅツミはイツキの前、ヒジョウヒはイツキの隣に座る。
ヒジョウヒはイツキの目を盗んで自分の腕に鼻を近付けすんすんと鳴らしている。
「…ジョウちゃん、どうかした?」
ジョウ、とは。お嬢ちゃんとヒジョウヒの名前をかけた渾名である。付けたのはイツキ。イヅツミ曰くイツキにあだ名のセンスは無いとの事。
しかしヒジョウヒ本人が喜んでいたのでイヅツミは口を噤んだ。
「ひぇい!?う、ううん。なんでもないよ」
「制汗剤ならさっき付けたろ」
「イヅツミちゃん…!」
そこから先は普段通りの授業が始まった。まずは現国の授業だ。
「お前ら席に付けー、授業始めっぞー」
「はーいナマリせんせ」
その後、数学や歴史諸々……うつらうつらとしているイヅツミの背中をペンで突っついたり、はてなマークを浮かべているヒジョウヒに横から教えたりする。
そして昼休みとなり、食堂へ昼食を買いに向かうことに。
食堂は人に溢れているが、意外と早くカウンターの前に並ぶ事が出来た。イツキは目の前の男性に食券を渡す。
「センシさん、お願いします」
「おお、イツキか。A定食だな?ちょっと待っておれ」
昼食を受け取り、イツキ達はいつもと同じ席へ。
そこには四人の男女がいた。まずはファリン、そしてその隣には。
「イツキ、こっちこっち」
「お、来たか」
ファリンの兄、ライオス。彼は暑いのか、スクールシャツの袖を肘まで捲っている。
「こんにちはイツキくん」
ファリンの親友のマルシル。ファリンと同じく、スクールシャツにブレザー、少し長めのスカートを履いている。
「相変わらず仲が良いな、三人とも」
イヅツミとヒジョウヒの義兄、トシロウ。規律正しい彼は、模範的な格好である制服を着崩すことなく着ている。
「こんにちは、みなさん」
「ウス」
「こんにちは!」
雑談を交えながら昼食を摂るイツキ達。全員が食べているのはバランスの取れた定食かつ食べ盛りの生徒達にも満足な量でもあり人気の定食だ。
マルシルは野菜炒めに舌鼓を打つ。程よいタレの濃さ、みずみずしい野菜のシャキシャキした食感。実に彼女好みと言える。
「センシさんが来てから食堂の定食美味しくなったよね〜」
「定食の種類もかなり増えたしな」
イツキが食べている定食は焼き魚主体としたものだ。とはいえ付け合せに山盛りのキャベツがあるのはやはり流石と言ったところだろうか。
「山盛りのキャベツ……山盛りのキャベツだ……」
「見りゃわかるわ」
モリ…メリ…モニュ……独特な食感を楽しみつつ午後の授業について話す。
「午後の英語ダルいな…」
「相変わらず英語苦手なのか?」
「そうなんですよ。おれが分かる英語なんて精々アップルとペンぐらいですよ」
「良く高校来れたなお前」
楽しい昼食会も終わり、午後のイツキにとって苦痛でしかない授業も終えてあっという間に放課後に。
「んじゃ部活行ってくるから」
「また明日、イツキくん」
「うん、また明日。二人とも」
帰りの支度をしていると、教室の戸が開かれる。
「あ、イツキちょうど良いとこに」
「ナマリ先生?」
「悪いんだが荷物運ぶの手伝ってくれるか?重さは大したことないんだが如何せん量がな…」
「全然大丈夫ですよ」
「悪いな」
職員室に行くと、届いたであろう教材などが入った山積みのダンボールが目に入る。
「うわ結構ありますね。他に男手いなかったんですか?」
「どいつもこいつも部活とか理由にしてな…普段部活なんて指導したくないとか言ってる癖にこういう時だけ調子良いんだよ」
ぶつくさ愚痴を言うナマリと運ぶダンボールを選別していると、職員室にチルチャックが入ってくる。
「げ」
イツキとナマリ、というより積まれたダンボールを見てすぐさま退散するチルチャック。しかしイツキに回り込まれてしまった。両手でチルチャックを持ち上げて職員室へ再び入る。
「チル先生?お暇ですかお暇ですねさあ荷物運びますよ小さいのでも大丈夫なんで」
「分かった分かったから降ろせ!!」
教師をなんだと思ってんだ…とぶつくさ文句を言うチルチャック。
「ほら、愛情の裏返しってやつですよ」
「三児の父に何言ってんだお前」
時間を掛けて荷物を運び終わり、ナマリに飲み物を奢ってもらい飲みながら廊下を歩く。
窓の外からは部活動に励む生徒達が見える。そこにはイヅツミとヒジョウヒの姿もあった。
体力付けのための走り込みの真っ最中なのだろう。汗をかきながら一所懸命に部活動に励む二人を見て、思い至る事がある。
「……あれ、おれ…走るのが好きじゃなかったっけ」
頭にモヤが掛かる。目の前がボヤけていく。思考能力が低下していく。
「イツキ」
後ろから声を掛けられ、振り向く。そこには微笑みを浮かべているファリンの姿が。
「そんなところで立ち尽くして…どうかしたの?」
「ああ……いや、なんでも、ない、です」
頭が段々とクリアになっていく。そうだ、別におれは走るのなんて好きじゃない。
「生徒会の仕事が終わったの。一緒に帰ろ?」
「はい、帰りましょう」
無駄に汗はかくし、膝は痛くなるし、スパイクとかお金掛かるし……
でも、それでも、おれは………
「イツキ?」
気付くと、ファリンがイツキの顔を覗き込んでいる。身長差がある二人だ。イツキが俯いてしまうとファリンは少し屈まなければいけない。
「大丈夫?……熱でもあるの?」
そう言って、ファリンはその細く小さい手のひらをイツキのおデコに当てる。至って平熱だ。
「だ、大丈夫です。帰りましょう」
「そう?……なにかあったら言ってね?」
帰りの支度を済ませ、学校から出て帰路に着く二人。空は赤く染まり、遠くの方からヒグラシの鳴き声が聞こえる。
二人は帰路にある河川敷を歩く。犬の散歩をする老人。ジョギングをする女性。子供連れの主婦。
普通。至って普通だ。そんな普通に、拭い切れない違和感。
そして暫く歩き続けると、川近くに一台の古いアナログテレビが置いているのを見つけた。
ただの古いテレビだ。視界に入ったとしても気にも停めない粗大ゴミ。
しかし、イツキはそのテレビが気になって仕方がなくなった。
「イツキ」
その時、後ろからファリンに声を掛けられる。その表情は何故か寂しげで、儚く感じた。
「行くの?」
質問の意味が分からなかった。何処へ?何をしに?
それでも、イツキは漠然とその問に答えなければいけないと感じた。考えた訳では無い。直感のまま口に出た答えは。
「はい」
肯定だった。イツキはテレビに近付く。テレビは遠目から見た通り古ぼけて、ツタがまとわりついている。
イツキはテレビの電源を付けた。
壊れている筈のテレビが映り、そこには今より幼い、中学生のイツキが映る。
中学二年生。忌まわしき事件から半年後。記憶を封じたイツキは住んでいた場所から離れ地方の孤児院に入る事となった。
イツキのはこの頃、自分は初めから孤児であり両親も兄弟姉妹も親戚もいないと思い込んでいた。
天涯孤独の身であり、思春期真っ最中でもあったイツキは端的に言うと、グレていた。
不良漫画の様な喧嘩の日々に明け暮れていた。幸い、イツキには喧嘩のセンスがあった。同い年は勿論のこと、その同い年の先輩である年上の高校生相手にすら勝利をもぎ取っていた。
圧勝という訳ではなく、度々数の暴力に押しつぶされそうになるも、
そんな不健全と言わざるを得ない生活を続け、はや半年が立ったころ。河川敷で何時もと同じ様に喧嘩に勝ち、倒れ伏した高校生を椅子にしながら息を整えていると、不意に気配を感じ取りその方向を見る。
そこにはゴーグルとライダースーツに身を包んだ金髪ロングの、
「やあ、少年」
「…あ?誰だよ、アンタ」
その女性はゴーグルを外し渾身のドヤ顔をかましながら言う。
「どんな女が、タイプかな?」
「…………は?」
この時イツキは、この女性がイツキのこれからの人生に大いに影響を与える事になるとは、つゆほども思わなかった。
「あ、あれ?あの漫画知らない?」
……本当に、つゆほども思っていなかった。
ちょっと遅くなっちゃった