「ふぅ〜ん?最近のコってジャンプ読まないの?」
女性は乗ってきた大型バイクにライダースーツを引っ掛け、タンクトップ姿となって坂を下る。
「おっとと…はは、河川敷なんて何年ぶりかな」
「なんなんだ、テメェ」
「おっかないナ。可愛い顔が台無しだぞ♡」
「テメェ…」
イツキはゆらりと立ち上がり、臨戦態勢に入る。
「女だからって容赦しねぇぞ」
「もー、口調もその可愛い声と合ってな…いや逆に合ってるのか?」
むむむ。と考え込んだ女性。ブチッ、と何かがキレた音がした。
「ぶっ潰す!」
「やってごらん」
容赦はしないと言いつつ、相手は女性。目の前に蹴りをチラつかせればビビって引き下がると思ったイツキは速さを活かして急襲する。姿勢は低く、いつでも飛び上がれる様に。
そして女性の目の前で飛び上がり、女性の顔面スレスレのところに蹴りを繰り出した。
「おっ速いねー」
「なっ……!?」
しかし、イツキの脚は女性に片手で掴まれ、イツキは宙ぶらりんの状態になってしまった。
「離しやがれっ!」
「おっと」
イツキは宙ぶらりんの状態から身体を捻らせ、女性の手から脚を剥がす。
当然そのまま落下するが、両手で着地してから腕だけの力で女性から距離を取った。
「(速さだけなら本気で蹴ったのに…)」
「因みにさぁ〜」
「あ?」
「今の、本気?」
女性は手をイツキに向け、クイッと人差し指を自分の方へ曲げて挑発する。ブチブチブチッ!と何かがキレた音がした。
「ぶっ殺す…!!」
「ひゅー♪」
しかし、イツキの猛攻は悉く回避され続けた。何十分も繰り返していたためイツキが最初にシバいていた高校生達が目を覚まし、イツキ達を見てドン引きしながら帰って行く。
そして辺りはすっかり暗くなり、月明かりと街灯の光だけが二人を照らしていた。
「はぁ…っ……はぁ…っ……クソッ…」
イツキは勢い良く仰向けに倒れた。全身汗だくで疲労困憊だ。対して、女性は汗一つかいておらず、呼吸も穏やかだった。
「まーその歳にしちゃ中々だったね」
「ホントなんなんだよ…アンタ……」
「んー?ただの通りすがりのお姉さん」
女性はイツキの隣に座る。月明かりが彼女を照らし、イツキは不覚にも綺麗だと思った。
「はぁ…負けだ負けだ、クソッタレ!」
「マジでその口調合ってないからやめなー?あと喧嘩も」
「うるせーな……」
「てかさ、なんでこんな事やってたの?」
「あ?なんのことだよ」
「喧嘩だよ、ケンカ。キミ気荒いけど喧嘩売るタイプには見えないし」
今回だって私が挑発したし、とケラケラ笑う女性。そんな女性を見てイツキは盛大に溜息を吐いた。
「なんでそんなこと言わなきゃいけねぇんだよ」
「え〜?負けた癖に逆らうの〜?」
「このっ…!……はぁ、わかったよ…」
イツキはポツリポツリ語り出す。
自分には、記憶が無い。正確には『家族に関する記憶だけ』無い。薄らぼんやり、自分はこの辺りの出身では無いことは理解出来る。
恐らく、記憶を失う前の自分は平凡な男子中学生だった筈。
どこにでもいるような、普通の少年。
それが今や、周りの大人や孤児院の子供までまるで飴細工を扱うかの様に接してくる。
はっきり言って、それがとても鬱陶しい。
「え、それで暴れてたの?」
「違うよ。それで暴れてたらオレヤバいやつじゃん」
始まりはなんだったっけ……とイツキは夜空をボーッと見る。そして思い出して口に出した。
『お前、親無しらしいな』
「それが通ってる中学校にいるクラスメイトから言われた言葉。どこでそれを聞いたかは知らないけど……まあ、所謂イジメだよね」
「……」
女性は、当然の様に言ってのけるイツキに何も言えなかった。
「だから……」
「だから?」
イツキは起き上がり、女性に向かってニタリと笑った。
「ボコボコにしてやった」
「へ?」
イツキは立ち上がり、蹴りを空に切る。シャドーボクシングの様に何度も何度も。
「別に親無しって言われるのは良いけどさ、事実だし。でもソイツの顔がムカついた。ムカついたから、ソイツが当分肉すら食えなくなるくらい顔面を蹴り潰した」
ふん。とイツキは嘲笑い再び座る。
「そしたらソイツの兄貴とかその友達とかが襲いかかってきたから、全員返り討ちにしていく内に……今度は猛獣扱いだよ」
「……ぷっ、はは、あははは!なんだそりゃ何時の時代の不良漫画!?」
女性は腹を抱えて笑う。ヒーヒーと呼吸すら難しくなっている。
「自業自得だよ、自分の発言には責任を持たなきゃ」
「ふー…ふー…ふふっ、キミ、気付いてる?」
「え?」
「口調、戻ってるんじゃない?」
そう言われ、イツキはキュッと表情を強ばらせる。それを見て更に笑う女性。
「ねぇ、キミはさ」
「なんだよ」
「要するに、キミは『人』扱いして欲しいんだね」
「……」
「誰も彼もが、飴細工の様に、猛獣の様に、キミを遠ざけてる。でも自分からは勇気が無いから誰かが自分を認めてくれるのを待ってる。だからこんな大立ち回りを繰り返すんだ」
「……アンタに何が分かる」
ただひたすらに憎悪を込めた表情と声色。それを、女性は微笑みで受け止めた。
「分かるよ。私も同じだから」
「……」
「私強かったでしょ?それは、そうせざるを得なかったからなんだけど……まあ、理由は大体キミと同じ」
「……アンタも?」
「うん。だからさ、人生の先輩として!キミに人としての振る舞いを」
女性は立ち上がり、イツキに向かって手を差し伸べる。
「かつてとある神学者が言った『礼節が人を作る』の通り、キミには礼節を学んでもらいます!」
「は、はぁ?何言ってやが」
「はいそれダメー!怖い口調禁止!怖い顔禁止!」
「ちょ、何勝手に…!」
「じゃあ条件を作ろうか。私に一度でも勝てたらキミは自由ってのはどう?」
「オレにメリットが無さすぎるだろ。いつも通りに戻るだけだ」
「じゃあ…私を好きにして、いいよ?」
「いらねぇ」
「クソガキー!」
いつの間にか、笑い合う二人。その姿はまるで姉弟の様だった。
「そういや、アンタ名前は?」
「私?うーーーん……ツクモで!」
「何その間、絶対偽名じゃん」
「いいからいいから!」
「良くはねぇだろ……」
それから、イツキは激動の毎日を過ごすこととなる。
ツクモ(仮)の礼節講座は過酷を極めた。口調から立ち振る舞いはもちろん、相手への配慮、気づかい。異性への対応の仕方。
それら全てマスターしたとはイツキ本人は思っていないが、ツクモからはギリギリ合格を貰っている。
そして、彼女は重度の漫画オタクだった為、イツキもその影響をモロに受けた。具体的には厨二病になった。
そして、その日もツクモに礼節講座を受けている時だった。ツクモはイツキに質問をした。
「そういやさ、キミかなり脚速いよね。なんかやってたの?」
「え?……多分、記憶を失う前のおれがスポーツかなんかやってたんだと思いますけど」
「ふーん……なんかもったいないな。よし!色々スポーツ試してみるか!」
「ウッス」
そしてイツキは様々なスポーツを体験した。野球、サッカー、バスケ、テニス、バドミントン、水泳、etc……
そして、一番しっくりきたものがあった。それは勿論、
「野球とかサッカーやってた時も思ってたんですけど、ただ走るって事が妙にしっくり来ますね」
「じゃあ陸上部だったんじゃね?」
「……陸上、部」
その時、イツキの頭がズキリと痛み、思わず膝を突いた。
「ちょ、大丈夫!?」
「な、なんとか……でも、ツクモさん」
「ん?」
「……なんとなく、思い出した。おれ、陸上部だったよ」
「マジか。良かったじゃん思い出せて!」
「……うん」
何故か浮かない顔をするイツキ。それに気付いた女性は優しく頭を撫でた。
「どした?」
「ツクモさん、おれ、陸上部入ってみます」
「なんで?」
「今、陸上部に入ってたことを思い出したじゃないですか。なら、それを続けていけばいずれ思い出せるかもっ…て」
「……大丈夫?学校行ける?」
イツキはクラスメイトとの一件以来不登校だった。
「はい。もう大丈夫です」
「……そっか!それを止める権利は私には無いし、行ってきな!」
「はい!」
そして、イツキは復学した。教師へはどうやらツクモが口を利かせたらしく、更に中学ということもあって特に問題無く復学出来た。
イツキは教室の戸を開ける。イツキが叩きのめしたクラスメイトはどうやら学校には来ていないらしく、姿は見当たらない。
そこで、イツキは教室にいた担任に声を掛ける。イツキの担任は陸上部の顧問も担当しているからだ。
「あの、先生」
「なんだ?」
「おれ、陸上部に入りたいんですけど、今からでも間に合いますか」
「…それは構わんが、正直なことを言うと今からだと色々厳しいぞ?」
季節は秋。中学二年。しかしイツキは脚に関してだけは絶対の自信があった。
「大丈夫です」
「……そうか!よし、入部届は私が勝手にやっとくから、今日からでも行ってこい!体操着はあるな?」
「はい。よろしくお願いします」
教師も問題児だったイツキが敬語で話し掛けてきて、更に部活動に勤しみたいというのであれば止める理由は無い。
そして、部活動の時間となり、イツキは体操着に着替え陸上部が活動するグラウンドにやってきた。
部員は十人に満たなかった。イツキが通う学校はサッカー部に力を入れており、人気も部費もかなりそっちに流れていた。
「じゃあ、とりあえず100mタイム測ってみるか」
「はい」
イツキは念入りに準備運動を済ませ、レーンに立つ。そしてクラウチングスタートの姿勢を取る。
「よーい……」
ピッ!というホイッスルの音と共に走り出す。
風を切る音。脚から伝わってくる地面を蹴る音。心臓の激しい鼓動音。それだけがイツキの頭を支配し、そしてそのままゴールを少し通り過ぎた後、ゆっくり止まった。
振り返ると、教師はストップウォッチを見たまま神を名乗る雷系能力者が相手がゴムだから雷効かないと判明した時の顔の様になって固まっている。
「あ、あの、先生?」
一人の生徒が話し掛け、やっと動き出した教師。
「え?いや…?え、ええ?」
それは、当時に日本短距離走記録と0.5秒しか差が無い記録だった。
困惑している教師と部員をよそに、イツキは「まあそんなもんか」と脚を解していた。
「せ、先生……あの人、スパイク履いて無いっすよね」
「は?」
部員の言う通り、イツキは急遽入部が決まったので、運動靴しか用意出来なかった。
「真島ァ!!」
「はいっ!?」
「陸上部へようこそ!!!」
「あ、はい」
そこから紆余曲折を経て、半年後の春大会に出場することとなったイツキだったが、その表情は曇っていた。理由はツクモの事だった。
「は?転勤?」
「そーなんだよ、色々あって海外に行かなきゃなんだよね」
休日。イツキはツクモの自宅で昼食を作っていた時、リビングからツクモに今日の晩御飯を決めるノリで爆弾発言をされた。
「いつなんですか」
「来月」
「……嘘でしょ?」
「……ホント」
ツクモはイツキが容れたお茶を一口飲む。
「うん、美味しい。いやぁ実は転勤自体前々から話だけあったんだけどさ」
「…なんで言ってくれなかったんですか」
イツキの言動は、困惑七割怒り三割といった感じだった。
ツクモはイツキのことを頬杖を突きながらもう片方の手で指さす。
「キミがいるから」
「……おれが?」
「そ。だってキミに礼節を教えると宣った手前何も教えず転勤するのはちょーっと流石の私もどうかと思ったから、サ」
「だから、キミにはこの短期間色々な事を叩き込んだ。何処へ行っても大丈夫なようにね。んでもう十分教えたしもういいかなーって」
「……勝手過ぎるだろ」
「それが私だからね」
ツクモは立ち上がり、イツキのことを抱きしめる。
「別に今生の別れってワケでも無いし、今どきスマホあるんだから連絡はいつでもとれるでしょ?そんな怖い顔しないでよ。禁止って言ったろ?」
「……うるさいな」
イツキはツクモの手を振りほどき、玄関に歩いていった。
「……勝手にしろよ」
そう言って、イツキは部屋から出ていった。
「……ゴメンね」
その言葉は、イツキに届くことは無かった。
そして時は過ぎ大会当日。浮かない顔をしているイツキに部員が話しかける。
「真島君、大丈夫?」
「え?ああ……大丈夫。うん、全然平気」
「……そう?」
「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
「ちょ、真島君!?」
イツキはそう言って、走って人通りが少ない裏手にある自販機の前に来た。
イツキが出る種目は100m短距離走。今まで練習で出てきたタイムを出せば、一位は間違いない。しかし、今のイツキのコンディションは控えめに言って最悪だった。
理由は勿論ツクモだった。結局あれから三ヶ月近く顔を合わせるどころか連絡すらしていない。
もうとっくに引越しは済ませているだろう。現に彼女が住むマンションの駐車場にはあのバイクが無かった。
ツクモは、イツキにとって人生の恩師であり、大切な人であり、正直なことを言うと、初恋であった。
「……クソっ」
イツキは自販機の横にあったゴミ箱を蹴っ飛ばす。ゴミ箱は倒れ、中の缶ゴミが出てしまった。
「…やらかした」
イツキはゴミを全部ゴミ箱に入れてから、スマホで時間を確認する。
そろそろイツキの番が回ってくる。いい加減戻らなければいけない。
「……腹、括るか」
別にこの大会で記録を出さなければ死ぬ訳じゃない。テキトーにやればいい。イツキはそう思い、更にこの大会が終わったら陸上部は退部しようと決めて部員達の元へ戻った。
もはやイツキにとって走りはどうでもいいものになっていた。
「真島君そろそろ出番!」
「分かってる」
イツキの顔は相変わらず曇っている。そして、ベンチにスマホを置こうとした時。聞き慣れた着信音が鳴る。それは、イツキが分かりやすい様にツクモ専用にしていた着信音。
イツキはすぐさま応答ボタンを押し、電話に出る。
「ツクモさん!ごめんなさい、あの時は…!」
『イツキ、キミから見て正面の観客席』
「え?」
言われた通り、イツキはその方向を見る。そこには、初めてあったあの日と同じポーズをしたツクモの姿が。
『どんな女が、タイプかな?』
「……ハハッ!尻と身長のデカイ女の子です!」
突然の性癖暴露に他の部員が驚いているのに気付かず、イツキはスマホを置いて会場へ。
そしてレーンに立ち深呼吸をし、集中力を限界まで高めてクラウチングスタートの体勢をとる。他の学校の生徒達も同様だ。
「よーい……!」
ホイッスルが、鳴り響く。
イツキは走り出した。調子は絶好調。脚が羽根のように軽く、横にいたハズの他校の生徒の姿は見えない。
中盤に差し掛かり、イツキはスピードが落ちるどころか更に速くなった。
もはや自分以外世界に誰もいないと言わんばかりに、最高潮の速さを維持し続けた。
そしてゴールを通り過ぎ、ゆっくりと止まる。
電光掲示板にイツキの記録が載る。
それは、当日中学生短距離走の記録を大いに覆すタイムだった。
瞬間、会場全体が沸く。部員達もイツキの元へ駆け出していく。
「っしゃあ!!」
イツキはぶっちぎりで日本新記録を叩き出した。
そんなことより、とイツキはツクモがいた方を見る。
しかし、そこには誰もいなかった。
部員達にもみくちゃにされながらも、イツキはツクモの事を考えていた。
そして授与式やら何やらが終わり、ロッカーに戻りスマホを確認する。
そこにはただ一言。
『優勝おめでとう。また会おうね!』
とだけ、メッセージが残されていた。
「……ええ、また」
そう言って、イツキはスマホの電源を消した。
そして、学校近くの駅にあるバス停に降り、イツキは一人帰路につく。
格好は制服、つまり学ラン。授与式自体はユニフォームだったが帰りは流石に制服に着替えた。
イツキが住んでいる地方は田舎とも都会とも言えない場所であり、孤児院がある住宅街へはこの一本道を通るしかない。
そして、運命は訪れた。
「……は?」
イツキの目の前に極彩色の渦が現れ、イツキはそれに呑み込まれたのだ。
イツキはそこで、
「あとは知っての通り、おれはあの世界に迷い込み、色々と不思議な体験をしました」
「純度100%のファンタジー。変わり者や変態もいましたけど……おれにとっては、全てが愛おしい思い出です」
「ね、ファリンさん」
そう言って、イツキは振り返る。河川敷には、イツキとファリンのみ。
「……いや、ファリンさんじゃない、ですよね」
イツキがそう言うと、ファリン?は口を開く。
「ここは、悪魔が作り出した飽きも飢えも無い永久の世界」
「未来永劫、貴方の幸福は保証される」
ファリン?はそうイツキに問いかける。イツキの前髪がそよ風で揺らめく。そこから覗く瞳は、はっきりとファリンを見据えている。
「それでも、おれはあの世界に帰ります」
「何故?」
「おれは、あの世界が好きだから」
「滅んで欲しくないんです」
イツキがそう言うと、周りの風景が見る見るうちに炎に包まれていく。それは、ファリン?をも呑み込んだ。
【「素晴らしい」】
そう言って、全て炎と消えたあと、イツキはいつの間にか昼の砂漠に立っていた。
正確には、砂漠の様な砂しかない世界。熱い日差しがある訳では無い。
「…ここは」
イツキは此処が場所自体は無限次元内部だと理解したが、この風景自体は自分自身の心象風景だと理解した。
砂漠には、ちらほらと建物がある。
それはイツキがいた世界の建物もあれば、あちらの世界の建物もあった。
そして一際目立つ大きな建物。イツキはあれが、全盛の黄金城である事を理解した。
黄金城の中に入る為、正面の大扉をレバーを引いて開く。
荘厳かつ巨大なエントランスだ。イツキは何故か王座の間に行かなければという使命感に駆られ、長い階段を登っていく。
そして、王座の間の扉を開く。
そこには、一匹の黒い竜が佇んでいた。
「黒竜…」
イツキの言葉に、黒竜は目を開く。そして、その紅い瞳はイツキではなく、イツキの隣の空間を見据えていた。
【―――。――――――】
イツキの隣の空間が極彩色に歪む。そしてその歪んだ空間からイツキと黒竜にしか聞こえない声が聞こえる。
「貴方が…」
歪みからの声は、自分はイツキの世界の、そちらの世界にいる悪魔の様な存在だと言う。
悪魔でも、神でも無い。歪みは自分自身の事を【傍観者】と名乗った。
「今帰っても返り討ちに遭う…?そんな事は分かってます。でも、ここでのんびりしてる訳には…!」
傍観者は、この無限次元の空間には【時】と【飽】の概念が無い事。つまりは、ここならば気の済むまで悪魔を倒す術を考える事も出来れば、永い修行を行う事も可能だと説明する。
「要するに精神と時の部屋って事ですか…なら、なんとかなる、かも?」
傍観者は、悪魔を倒す手段は存在するがオススメはしないと伝える。
「それは…あれと近い存在になったからかなんとなく分かります。あれを倒すってことは、あの世界を壊す事と同義って事ですよね?」
傍観者は肯定する。
そして唯一の手段も伝えた。
「そんな事出来る人……」
イツキはむむむと唸る。
傍観者が提示した悪魔を無力化する手段。それは、悪魔の食欲そのものを食らうという事。
しかしそれは、イツキ以外の誰かがやらなければならない。
何故なら、イツキはイツキの世界からあちらの世界に行く際無限次元の魔力に触れ、かつあちらの世界の黒魔術により蘇生した時に更に魔力に触れてしまい、有り体に言えば無限魔力に侵食された身体と魂。
それは人には余る力。本来であればイツキの肉体と魂はその魔力に耐えきれず塵と化すが、とある理由で傍観者がイツキの肉体と魂が壊れない様に調整したので、無限魔力に耐えうる状態になったからイツキは今も正常を保っている、と。
そこに更に悪魔の力である欲を入れると第二の悪魔が生まれると傍観者は伝えた。
「え、なんでそんな調整を?」
傍観者は答えない。イツキはなんとなく傍観者が気まずそうにしているのを察知した。
「……もしかして、おれがあの世界に行った理由と関係あったりします?」
姿も見えないハズなのに何故かギクッ!と傍観者が狼狽えた姿を幻視したイツキ。
「その極彩色の歪み、なんか見覚えあると思ったらそれ、おれがあの世界に行った時呑まれた歪みですよね」
「貴方が関係あるんでしょ」
イツキはジトーっと傍観者を見つめる。
耐えきれなくなった傍観者はイツキに説明した。
「……は?くしゃみしたら空間が歪んで人間がその歪みに呑み込まれた?」
傍観者は見えない姿で土下座する。何度も謝罪を繰り返し、イツキに許しを乞う。
「…………はぁーー……まあ、それはもういいです。お陰様でかけがえの無い人達に出会えましたし」
やったぜ。と傍観者はガッツポーズした。
「あとで色々やってもらいますけどね」
えっ。と傍観者は固まった。
「とにかく、悪魔の食欲すら食える人を模索しないと……」
イツキは考える。悪魔並に食欲があって、悪魔並に貪欲で、悪魔並の変態…………。
「あっ」
イツキは一人心当たりがある人物が浮かんだ。
「うん、あの人なら…!」
そうと決まれば善は急げとイツキは黒竜の前に立つ。
「黒竜。お前にも付き合ってもらうよ」
黒竜は何も答えない。が、表情からなんとなく面倒くさがってるのを感じ取る。
「文句言うなよ、お前おれの事食べたんだからそれぐらいいいだろ?」
黒竜はため息を吐くと、しゃがみ込んでイツキの前に顔を持っていく。
「うん。魔法で強制的にとはいえ、おれはお前と一心同体となった」
「これからも、おれの命が尽きるまで付き合って欲しい」
「契約だ。黒竜」
「おれの命を半分やる。代わりに、お前の命を半分くれ」
イツキは黒竜の額に自分の額を合わせる。すると光が迸り、イツキの右手の甲、黒竜の左手の甲に紋章が浮かぶ。
「よし、これは黒竜契約の紋と名付けよう!」
へっへっへとテンションが上がっているイツキを見て、黒竜はため息を吐いた。
「さあ黒竜!ついでに傍観者!おれの修行に付き合ってもらうよ!」
「ここから、反撃の時間だ!!」
黒竜は声高々に咆哮する。傍観者は見えない姿で拍手する。
そして、物語は悪魔が無限次元を開いたところへ再開する。
生き残るのは、果たしてどちらか。
それは、もはや誰にも分からない。
キャラ紹介①
ツクモ(偽名)
見た目はまんま『呪術廻戦』のキャラクター『九十九由基』。
いわゆる『主人公の人格に関わるがストーリーには関わらない人物』。つまりジョジョ第4部のリーゼントの少年みたいなのを書きたかったけど書いていくうちにキャラがめちゃくちゃ濃くなったしめちゃくちゃストーリーに関わったので失敗と言えば失敗だがまあいいかなと判断した。
一般通過激強オタクお姉さん。
キャラ紹介②
【傍観者】
翼獅子と同じように無限次元からペッとイツキがいた世界に排出されたイレギュラー。翼獅子と違うのは、食欲に支配されることなく傍観者を徹底したこと。
イツキをうっかりで別の世界に飛ばした時は死ぬほど焦ったらしい。
今後この二人の直接の登場予定は無い。