邪神と聖獣   作:42IR

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本作はフィクションであり、劇中に登場する自衛隊は全て現実における自衛隊と関係ありません。


第1話

 夜空を見上げれば神々しい輝きを放つ月がある。ある者は見惚れ、ある者は感嘆の声を上げているだろう。だが、どれほどの者が知っているのであろうか。禍々しい輝きを放つ月の夜空で、古より災厄をもたらすとされるソレ(・・)が羽ばたいていることを……。

 

 

 

 

 本来の姿形からかけ離れた異形のソレ(・・)を追う、機械仕掛けの鎧を纏った者。月明かりに照らされ顕となるその姿は正に女武者。

 一方、追われているソレ(・・)は異形としか言いようがない。本来の面影など何一つ残っていないソレ(・・)に、女武者は哀しみと憎しみが混じり合う複雑な視線を向ける。

 あぁどうして、何故こんなことに……先ほどから繰り返し脳裏をよぎる心の声。それに答えられる者は居ない。姿は女武者その物でも、彼女の心は武士ではないのだ。

 突如、奇声を上げて身体を捻るソレ(・・)。その声に反応した女武者の視線には、眼下に広がる雲海を突き破る二つの花火が映し出されていた。

 花火ーーパトリオットミサイルはソレ(・・)を追尾するが、一機はソレ(・・)が奇声を発したと同時に切断され(・・・・)火球となり、もう一機も程なくして同じ運命を辿る。

 時間にして一分も経たない出来事。だが女武者にとっては都合が良かった。ソレ(・・)の注意が自分から外れた事は、即ち隙を見せたのと同義。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)によりソレ(・・)の懐に入る。両の手に持つ得物はソレ(・・)を仕留めーー。

「っ、がはっ!?」

 熱く込み上げてくる物、身体を奔る激痛。何が起こったのか分からない女武者を嘲笑うように、ソレ(・・)は奇声を上げる。朦朧となる意識の中で異形の'(あか)'が鮮烈に焼き付き、意識を手放す前に彼女が視た最後の景色となった。

 雲海に鎧を纏ったまま落ちて行く女武者。彼女は知らないだろうが、自身の得物は確かにソレ(・・)を傷付けている。呻き声をあげたソレ(・・)もまた、ふらつきながら雲海に消えて行く。

 

 

 

 

 炎天下の最中、緑生い茂る森林の中を周囲と同化するように進む一団があった。防弾チョッキ2型を着込み、89式小銃や5.56mm機関銃(MINIMI)110mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト)を構える武人。彼らは陸上自衛隊第8師団において熊本を管轄とする第42普通科連隊に属する先遣小隊であった。この森林の何処かに、彼らーー第42普通科連隊、ひいては陸上自衛隊が捜す目標物があるのだ。

 夏真っ盛りの猛暑日ということもあって先遣小隊の面々は汗をかいているが、疲労の様子は全く見受けられない。それどころか、まるで何かを警戒しているかのように歩を進めている。演習とはまた違う、本当に命をかけた実戦であるかのような緊迫感。

 この日本、それも九州の内陸部である熊本で彼ら自衛隊が実戦に駆り出されるとは誰も思うまい。だが、これは演習ではなく歴とした任務なのだ。完全武装で挑まなければならない、ある目標物の捜索任務。

 たかが捜索任務で完全武装というのは大袈裟過ぎると感じられるかもしれない。しかし、彼ら先遣小隊の心中は違う。完全武装でも言い知れぬ恐怖感が、拭い切れぬ不安があった。

 夏ならば喧しく鳴いている蝉。しかしこの森林一帯は喧しいどころか不気味な程の静けさが漂っている。蝉だけではない。森林に住まう虫の、動物の、生命の息吹が感じ取れない。まるで何かから逃げ出した後であるかのように。

 彼ら先遣小隊の歩を進める微かな音のみが、森林中に響き渡っているかのように錯覚してしまう。仲間の一人が木の枝を踏んだ音だけで、過剰に反応してしまう者も居る程だ。

「小隊長」

 先頭を進んでいた隊員が立ち止まり片手を上げ、小隊長を呼ぶ。他の隊員も立ち止まり、警戒姿勢を一段と強くする。先頭が止まったということは、何かがあるという事なのだから。そして、それは正解だった。

「目標物を発見、何の動きも見せていません」

 自身の傍に来た小隊長へ先頭を進んでいた隊員はある方向を指しながら報告する。隊員の指す方向を見つめる小隊長。40m程離れた場所に、彼らが捜していた目標物が存在している。

 森林ではよく目立つ(あか)。そして存在しない生物の姿形をした、異形。本来の面影など微塵も残していない、災厄。この森林一帯から生命の息吹を感じ取れないのも、この異形が原因だろう。

「連隊長に報告、指示を乞う」

 目標物から視線を離さず小声で指示を出す。通信兵が連隊に通信し、程なくしてそれは繋がった。

「こちら先遣、目標物を発見。目標は活動しておらず何の動きも見せていません。指示を」

『こちら連隊長。目標と充分な距離を取り監視を継続せよ。繰り返す、目標と充分な距離を取り監視を継続せよ』

「先遣了解」

 先遣小隊は森林と同化するように監視の体勢に入った。傍から見ても、彼ら先遣小隊がそこに居ると証明できるのは各々が構える得物くらいだ。だが、彼らは知っている。いくら周囲の風景と同化しようが、今回の任務に於いて全く意味が無いという事を……。

 

 

 

 

『先遣より連隊長、依然として目標に動き無し』

「連隊長了解。監視を継続せよ」

 第42普通科連隊の野営地。その中の指揮所において連隊長大野一等陸佐は先遣小隊からの定時報告にそう答え、来援が到着するのを待っていた。

 連隊に与えられた任務は目標物の捜索、発見、そして監視。一個連隊で事に当たらなければならず、そして一個連隊でも万全とは言い難い任務。故に、連隊の任務は監視までであり回収は来援の別部隊が担当する事になっている。

「来援の到着はまだか?」

「まだ連絡はありません」

 通信兵は俄かに苛立ち混じりの声で返答する。通信兵の苛立つ理由が、大野一等陸佐には容易に察せられた。目標物が動き出した場合、連隊では精々時間稼ぎをする事が限度なのだ。それも連隊に甚大な被害を出しながら、である。

 更に言えば、これまでのデータから目標物は日没以降に活性化するという傾向がある。目標物を発見して五時間が経ち、日没まで一時間半あるか無いかという状況だ。もし来援が間に合わなければ、その時は連隊に紅い花が咲く事になってしまう。

「っ、連隊長、司令部より入電。来援の到着に大幅な遅延が生じた、来援到着までに目標が活性化した場合は独力で対処せよ。以上です」

「……司令部に残留する部隊を即応体制に移行するよう要請しろ」

「了解」

 来援は到着しないと見ていい。連隊の壊滅も確定事項となったような物だ。ならばせめて、駐屯地に残留している部隊を即応体制に移行させ最悪の事態ーー民間人の被害を最小限に抑えなければならない。ここからそう遠くない場所には市街地があり、活性化した目標はそこに向かう可能性が高いのだから。

 連隊に所属する部下の殆どが地元出身者である。市街地に家族、恋人、友人が居る者も少なくない。守るべき者の為に死ぬのなら、部下も本望だろう……。

 指揮官としてあるまじき考えかもしれない。だが、そう考えなければ大野一等陸佐は納得できなかった。何せ、市街地には自身の家族や親戚が住んでいる上に今日は伝統的な祭りのある日でもあるのだ。毎年市外からも多くの人々が訪れている。

 祭りを中止し民間人を避難させる事は物理的にも政治的にも不可能だ。もう既に祭りが始まっている上、自衛隊が掛け合ってもまともに取り合ってくれない。もう手遅れなのだ。出来る事は時間を稼ぎ、民間人の被害を最小限に抑える事。それが夢物語に近いという事は理解している。それでも……。

 その時だ。乾いた音ーー銃声が連続して聞こえてきたのは。断続的に続く銃声、奇怪なナニカ(・・・)の鳴く声。連隊長はすぐさま通信機をひったくり先遣小隊に通信した。

「こちら連隊長、先遣どうした?」

『ーー、ーーっ』

 通信機の向こうから聞こえるのは雑音混じりに聞こえてくる叫び声、銃声のみ。

「先遣、状況を報告しろ。先遣、先遣っ!?」

『ーーっ、ーーォス……』

 何かを伝えようとして、通信は切れた。連隊長は尚も呼びかけるが、聞こえてくるのは雑音のみとなる。遠くない場所からの銃声と鳴き声は断続的に続いていることから、先遣小隊はまだ健在だと考えていい。

 何があったのか……決まっている。先遣小隊が目標と交戦を開始したのだ。日没までまだ時間はあるが、そのようなことは既に関係ない。

「連隊に通達、先遣小隊からの報告が途絶えた。これより連隊は前進、先遣小隊及び目標の捜索を開始する。尚、状況から判断するに先遣小隊は目標と交戦している模様。その点に留意せよ」

 慌ただしくなる野営地、連隊長もまた慌ただしく各所への指示を出し始める。野営地からそう離れていない地点では、黒煙が上がっていた。

 

 

 

 

「先遣より連隊、現在目標と交戦中!! 繰り返す、目標と交戦中!! 至急応援を求む!! 繰り返す、応援を求む!!」

「もういい、連隊も異常は気づいている筈だ!!応援が来るまで持ち堪えるぞ!!」

 小隊長の怒声。89式小銃、5.56mm機関銃(MINIMI)の銃声、弾丸の雨を浴びているにもかかわらず傷付いた素振りを見せない異形の鳴き声。静寂な森林は一転して戦場と化す。

 突如として目を覚まし奇怪な鳴き声を上げた異形は先遣小隊を無機質な、それでいて獰猛な眼で見つめていた。先遣小隊から放たれる弾丸の雨を、まるで意に介さないように。

「ローディング!!」

 一人が弾倉(マガジン)を交換し、それをカバーするため他の隊員が射撃を加える。110mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト)も発射され見事直撃するが、黒煙の中にハッキリと映る異形の姿。効果は認められない。

「くそっ、火力が足りない!!」

 110mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト)の射手は射撃装置(チューブ)を投棄し叫ぶ。それは先遣小隊全員が思っていることを代弁したようなものだ。小隊に残された火力は89式と5.56mm機関銃(MINIMI)、そして腰のホルスターに納められている9mm拳銃(SigP220)のみ。その上、火力は無限ではない。弾薬が尽きた時が小隊の終わりだ。

「何で奴は反撃しない?」

「何だって!?」

 5.56mm機関銃(MINIMI)の射手は銃声によって掻き消された傍の仲間の呟きに叫ぶ。

「だから!! 何で奴は反撃しないんだ!!

 そう大声で返し、89式の弾倉(マガジン)を交換する隊員の言う通り、異形は一向に反撃してくる様子が無いのだ。奇怪な鳴き声を上げるだけで、彼ら先遣小隊を見つめているのみ。

「知るか!! 奴に聞きゃーー」

 叫び声は最後まで聞き取れなかった。叫び声を、いや銃声を上回る音量の鳴き声を異形が上げたからだ。その音量は一時的だが先遣小隊の聴覚を狂わせるには充分であり、周りの音を微かにしか拾えない。

 ーーだから彼らは気づかない。一人の仲間がうめき声を、続いて血飛沫を上げて絶命したのを。そして今なお、異形の鳴き声は続いていることを。一人、また一人と絶命して行く。

「なっ、小隊長!?」

 突然血飛沫を上げ倒れ伏す小隊長。傍にいた隊員が脈を図るが、既に事切れている。残された先遣小隊の隊員は気づいた。手段は分からないが、異形は自分達を殺しに掛かっているということを。

「この化け物がぁぁぁぁっ!!」

 朱き色を持つ異形によって、朱く死化粧を施された武人達。緑生い茂る森林の中、そこだけ朱い花で彩られていた。

 

 

 

 

 この街で行なわれる伝統的な祭り。多くの人々が楽しみ、笑顔で溢れている。楓もまた、大好きなお兄ちゃんと一緒に祭りを楽しんでいる一人だ。既に日は沈み、祭りの賑わいも一段と増して行く。

「ねぇねぇお兄ちゃん、楓かき氷食べたい!」

 良いでしょ?と、上目遣いで尋ねる。

「またか。楓、これで何個目かちゃんと覚えとる?」

「う〜ん……お兄ちゃん、何個目?」

 じっくりと考えた上で分からない楓に、兄は苦笑しながらも優しく告げた。

「四個目、四個目よ楓。お兄ちゃんは流石に楓が腹壊さんか心配なんだがなぁ」

「大丈夫! 楓お腹ば壊さんもん!!」

 元気良く胸を張る楓。まだまだ小学六年生の楓はぺったんこだ。そういや和服ば貧乳の人ほど綺麗に見えらすって誰かが言っとらしたなぁ、とどうでもいい事を思う楓の兄。ちなみに楓は萌葱色の浴衣を着ている。

「そう言ってもなぁ、去年それで腹壊したん誰やっけ?」

 去年の祭りでも楓は同じような事を言って腹を壊したのだ。今でも兄として止めるべきだったと後悔している。だからこそ、同じ過ちを繰り返さないためにも心を鬼にして止めなければならない。だが実際に厳しく接する事が出来ないため、優しく告げているのだが。

「ゔ、それは……」

 去年は苦しい程お腹が痛く、大好きなお兄ちゃんに一杯迷惑をかけてしまった。もうあんな目には遭いたくないし、お兄ちゃんにも迷惑をかけたくない。考え抜いた末に、楓はかき氷を諦めることにした。

「かき氷、やっぱり要らない」

 少し沈んだ声の楓に罪悪感が艦砲射撃のように襲ってくるが、兄として楓(の体調を)守るという責務を果たしたのだから良しとしよう。でなければ納得できない。

「……楓、綿あめば食くうか?」

「え?」

「だけん、綿あめ。かき氷と違って冷たくなかけん、腹も壊さんやろ」

「う、うん! 楓、綿あめ食べる!!」

 元気いっぱいの癒しを与えてくれる笑顔。楓に沈んだ声や表情は似合わない。何だかんだで妹に甘い兄なのだ。

「ほんっと、俺の癒しや」

 我知らず、そんな言葉を呟いてしまう。それほど楓は大切な妹で、癒しを与えてくれる存在なのだから。

「て、照れるよお兄ちゃん」

 ほんのりと頬に朱が差し恥じ入る楓。その姿を見て、いくら兄妹でも今のは無い。いや、兄として妹が大切なのだから正しい筈だ、別に問題は無い、など心中で慌てふためく。そもそも楓に聞こえているとは思っていなかったのだ。

「お兄ちゃんも、かっこよかよ?」

 恥じ入りながらも、しかし上目遣いでそう伝わる楓。色々と理性が吹き飛びそうになるが何とか抑える。ここは外だ、それも祭りの真っ最中で周りには大勢の人がいる。間違いを起こす訳にはいかない。

「お兄ちゃん、行こ?」

「……ん、行くか。楓、はぐれんよう手ー繋ぐぞ」

「う、うん」

 暖かく、大きな手。少し硬い感触。女の子と違って男の子の手とはこういう感じなのかと改めて実感する。いつもお兄ちゃんに甘えたり手を繋いでいたりするのに、何故今更……?祭りだからきっとはしゃぎ過ぎてそう思っただけなんだろう。そうに違いない。楓は無理矢理そう納得した。

「ん? ありゃぁ……」

「どうしたの?」

 突然足を止めるお兄ちゃんに楓はそう尋ねるが返事はない。ただ夜空を見上げているだけだ。楓も倣い夜空を見上げる。綺麗な月が出ているくらいで、特に何もーー。

「花火?」

 ーー時折赤い球が低い音と共に光るのが見えた。それも何回か続けて。しかし、花火にしては小さいし音があまり聞こえてこないような……。

「いや、違う。ありゃ花火じゃなか」

 いつもと様子が違うお兄ちゃんの声。真剣な、むしろ恐怖さえ感じられる声音だ。

「ねぇお兄ちゃん? アレなんなん?」

 先ほどよりも一際大きな赤い球が光る。立ち止まって夜空を見上げている二人を怪訝に思ってか、通行人の何人かも夜空を見上げ始め、ソレ(・・)を見た。禍々しい月の光を背に連続して上がる火球、どこからか連続して放たれる花火にしては小さい灯り。そして異形の(あか)を。

「楓」

「何、お兄ちゃん?」

「ーー逃げるぞ」

 短く簡潔に放たれた言葉。その意味を理解する間も無く楓を抱き上げ走り出す。

「逃げろ!! 今すぐ逃げるんだ!!」

「ちょ、お兄ちゃん!?」

 怪訝な顔をこちらに向ける周囲の人間。当たり前だ、突然逃げろなどと叫ばれたのだから。出来る事なら事細かに説明したい所だがその余裕はない。いや、仮にあったとしても信じてもらえないだろう。せめてもの警告を出し、楓を護る事で精一杯だ。

 なるべく人が少ない所を走り、この場から可能な限り離れなければいけない。さもなくば、朱い花火が地上で咲く事となる。腹に響くような重い音。花火に似てるが少し違う。抱き上げられたまま楓は顔を上げ……。

「ぇ?」

 地上に降り立つソレ(・・)は災厄をもたらす(あか)。耳障りな奇声を発すれば凡ゆる物が切り裂かれる。人も、建物も関係無い。切断された歩道橋が倒れ、その下敷きとなる者。あるいは、鮮血を迸らせ絶命する者。共通していることは、死という災厄をもたらすこと。

 古より言い伝えられし存在を知っている者は、今や少ない。災厄をもたらす存在を知る者は尚更だ。だが、皆無という訳ではない。言い伝えを知るその者は、大切な存在を護る為に走り続ける。

「見んな楓!!」

 他人事のように聞こえる。鮮やかに焼き付いた、災厄の現場。吸い寄せられるように、そうしなければならないかのようにその光景を見続ける。有象無象を花として咲かせ、その命を奪う災厄。災厄を止める者は在らず、逃げ惑う有象無象は皆同じ運命(さだめ)を辿る。災厄をもたらす存在、その名をーー。

「ーーー」

 無機質な、それでいて獰猛な眼と目が合う。災厄に変化が起こった。命の灯火がある有象無象に目をくれず、異形は羽ばたく。禍々しい月が出る夜空に飛翔した異形はまたもや奇声をあげ、翼を折り畳みこちらに(・・・・)急降下してくる。

「何でこっちに来らす!?」

 速い、逃げ切るのは無理だと悟った。ならばせめて楓だけでも、それが兄として楓にしてやれる最後の務めだ。

「楓、お兄ちゃんの分もちゃんと生きろよ?」

「お兄ちゃん、それどーー」

「楓は、ちゃんとお兄ちゃんが護るけん」

 いつもと変わらないお兄ちゃんの笑顔。だけどその瞳には覚悟と、一抹の哀しみが宿っている。死ぬ気だと気付いた楓だが、それは手遅れだった。異形の発する奇声によって傍の建物が切断され瓦礫となって降り注ぐ。楓を抱き締め、瓦礫に背を向ける。焼き付くような激痛が走り、何かの破片が肉を抉る音。それでも脚は止めない。楓だけでも押しつぶされないようにしなければ。

「お兄ちゃん、もうよかよ!! 楓を下ろして!! そうすればお兄ちゃんもっ」

「ありがとな楓。ほんっと、俺の癒しよ楓は」

「今はそんな事言っとらす場合じゃ!!」

 脚に力が入らなくなる。背に感じる重みは増える様子は無い。どうやら瓦礫の下敷きにだけはならずに済んだらしい。気を抜いてしまったからか、一気に力が入らなくなる。それでも腕の中に抱える楓は離さない。

「お兄ちゃん!!」

「良かった……傷一つ付いてないな」

 ホッと息を付き、ついで咳き込む。胃の奥から逆流して来るものを嘔吐しそうになるが、どうにかしてそれを抑えた。どのみち長くないのだ。血を吐こうが吐くまいが関係無い。

「楓はちゃんと、幸せに生きるんだぞ?」

「ダメ……ダメだよ……まだ楓中学生にもなっとらっさんのに……セーラー服姿の楓を見せてなかとに……それに、お兄ちゃんのお嫁さんにも……っ」

 泣き腫らしながら嗚咽を漏らし続ける楓。

「そっ、か……ゴメンな、こんなお兄ちゃんで……セーラー服姿の楓も、お嫁さんの楓も見れんくて……最低なお兄ちゃんだ」

「そんな事なかよ!! お兄ちゃんは、楓の大好きで大切なお兄ちゃんよ!!」

 遠くから異形の奇声とそれとは別の砲声が続く。何故異形が追ってきたか分からないが、今は自衛隊かそれに準ずる組織と交戦しているようだ。楓一人を逃がすことは出来る。

「ありがとな……楓、お兄ちゃんの分も……っ、幸せに生きて、自分の夢を叶えるんだぞ?お兄ちゃん、ちゃんと見守っとるけん……ちゃ、んと……学園に行って、‘‘そら”を……」

「お兄ちゃん!? やだよ、楓を一人にしないで……おねがい……おにいちゃんと、いっしょが……」

 瓦礫や破片が貫通し血だらけのお兄ちゃんにしがみついて離れない楓。萌葱色の浴衣は血によって黒く染まっている。

「いきなさい」

 血濡れた手で楓の頭を撫で、優しく告げる。あぁ、これが最後の言葉かと何処と無く確信した。段々と楓の姿や声がボヤけてくる。どうやらもう、時間は無いようだ。もうじき、向こう側に逝くことに……。

「おにい、ちゃん?」

 最愛の兄を見つめる。いつもと変わらない、いやいつも以上に穏やかな寝顔。だけどもう、二度と目が覚めることは無い。

「おにいちゃん……ねぇ、おにいちゃん……」

 だけど、認めたくない。認めるもんか。だって、楓のお兄ちゃんは、ずっと一緒に居るって約束してくれて……楓も、お嫁さんになるって言って……。胸が苦しい。苦しい時、いつもお兄ちゃんが傍に居てくれた。頭を撫でて落ち着かせてくれた。だけど、もう……。

「おにいちゃん……いきなさいって……かえではおにいちゃんのそばをはなれないから……かえではちゃんといきるから……だから……」

 

 

 

 

 古より言い伝えられし災厄をもたらす邪神。巫女を贄とし真なる覚醒を迎える邪神の存在を知る者はいない。封印されし邪神は異形の存在として言い伝えられ、古の神話を知る者は在らず。 北の守護神は依り代を無くし、南の鳥も姿を消す。東の龍は存在すらせず、在るのは西の虎のみ。この星における邪神を滅する役目を預かりし存在、それは西の虎のみであった……。




前書きでも書きましたが、本作はフィクションであり劇中前半における第42普通科連隊は実在する第42普通科連隊とは関係ありません。



本編で描写するつもりの無い裏設定。ぶっちゃけ無関係。平成ガメラ三部作のファン向けに一応載せておきます。
大野一等陸佐
第42普通科連隊長。劇中では連隊を率い先遣小隊の元へ前進するが……。※こっから先は読者様の想像で。
モデルは平成ガメラ三部作に登場する大野一等陸佐。ガメラ3で第37普通科連隊(奈良の山中でギャオス変異体を捜索していた連隊)を率いてた人。こちらでも連隊ごと壊滅したのか、それとも生存しているのか不明。
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