2話です。
「まずは自己紹介といこうか」
テーブルを挟んで座った貴方ともう1人の女性。
座ってからもこちらをじーっと見つめているので貴方は気恥ずかしさに目を逸らしてしまい、それ見た彼女はクスクスと笑っていました。
「分かっていると思うが、私は喰種だ。ヒトを喰らって生きている存在だ。────説明はしなくとも知っているだろう?」
喰種────。
ヒトの形をしていながらヒトを喰らう食物連鎖の頂点に君臨する生物。
ニュースや伝聞でしか聞いた事が無い存在が今目の前にいるのかと思うと、恐怖で心拍数が上がるのを感じつつ、身体から汗を滲ませました。
そして貴方は彼女の『非常食にする』という言葉がどうしても頭から離れていきません。
自分はこれからどうなるのかと尋ねた貴方に彼女は当然の様に答えました。
「君は今日から私の非常食だと言っただろう? そうだな……君を食べる迄は生きている人間は襲ったりしない事にしよう。────まあ、君の態度次第だけど」
テーブルに肘を付きながら当然の様に言葉を並べる女性にもう後戻りは出来ないのだとそう感じました。
自身の不甲斐なさと目の前にいる女性への憤りに思わず握り拳を作ってしまいましたが、貧弱な貴方と喰種である彼女では返り討ちに遭うのは周知の事実。
ただ、自分の死期を早めてしまうだけだと諦観しました。
それと同時に自分の行動次第では襲われる人がいなくなるというのも事実。
貴方は自分の命と他人の命を天秤にかける事を余儀なくされました。
「クッ────ハハッ……。君はコロコロと表情が変わるねェ。……百面相の真似事かい? ────ああ、そうだ。名前、言ってなかったね」
「私は"エト"。好きに呼んでいいぞ。青年」
エトと名乗った女性は貴方の財布を勝手に開くと、ある物を取り出しました。
「君の名前は……────まあ、どこにでもいる様な名前だね。年齢は……────ほうほう、私とそんなに変わらないのか」
どうやら彼女が見ているのは貴方の身分証らしく、交互に見ながら1人で相槌を打つ様子に貴方は面接でもさせられているみたいで居心地の悪さを感じました。
出来ればそれは返して欲しいと懇願しますが……。
「それは呑めない要求だ。これは君と私と繋ぐ大事なモノだよ。繋がりを無くせば君を縛るモノが無くなるからね。
"君ならCCGと言った方が聞き馴染みあるだろう?"と笑う彼女にもし通報したらどうなるのかと考えました。
一般人が喰種だと知っていて隠蔽するのは"喰種対策法"に触れてしまい、罰せられる事を危惧した貴方は心のどこかでもしかしたら助かるのではないかと僅かな希望を見出します。
「通報したければするといい。だが、
僅かな希望は早くも打ち砕かれたかの様に思えました。
しかし、貴方は実際に彼女が人を喰らっていた現場を見ていた為、"証拠はあるんだ"と声を震わせて言い放ちましたが、焦る表情は欠片も無く、むしろ驚く程に穏やか。
そして、ふんと鼻を鳴らすと鋭い顔付きへと変貌し、視線で貴方を突き刺してきました。
「それで優位に立ったつもりか? どうやら君は自分の立場が分かっていないらしいね。────全く、私には蛞蝓を踏み潰して喜ぶ趣味は無いんだけど」
"どっこいせ"と壮年男性よろしく声に出して立ち上がったと思えば、その刹那、貴方の視界はぐるりと回転して押し倒されました。
テーブル越しだったにも関わらず目にも見えない早さで動いたのかと貴方は混乱しましたが、それも束の間、貴方の首に手が添えられると────凄まじい力で締め付けてきました。
貴方は喋る事さえ出来ず、ただ呻き声を上げて足をバタバタと苦し悶えている姿に嘲笑う声が聞こえたと思えば、締め付けていた手の力が弱まります。
思わず咳込んで過呼吸気味に息継ぎをしている貴方を見たエトは嘲笑う様に言葉で追撃をかけました。
「うふふふ、たまにいるんだよね。弱くて力も無い癖に威勢だけは一丁前のボンクラ……。普通なら
ぐにぐにと頸動脈を首皮の上から揉まれているせいか、一定間隔で来る圧迫感に途切れ途切れの単語で苦しみを訴える貴方。
先程の言葉は決して虚勢ではないという事を痛感しました。
現に小柄な彼女は片手のみで制している為、その気になればいつでも殺せる立場にあると貴方は理解出来た様子。
思わず恐怖と悔しさで情緒がぐちゃぐちゃにされてしまった貴方に意志とは関係無く、ボロボロと涙が溢れて止まりませんでした。
「怖い? これから君は"私"という存在に怯えながら喰われるまでの時間を一秒一秒と噛み締めて生きていく事になる。────それまで精々、上手に踊ってごらんよ」
目元に皺が出来る位に歪んだ笑顔に底知れない恐怖を感じた貴方。
その時、あなたの頬に柔らかい感触とまるで猫の舌の様なザラザラとした感触に痛みを感じ、思わず顔を顰めました。
どうやら彼女は貴方の頬に優しく口付けをして、それから流れ出た涙を"にゅるり"と毛繕いの様に舐め取っていたのです。
それが終わるとわざと見せつけるように舌を出してケタケタと笑い始めました。
「……────しょっぱ。これをヒトが味わっている塩味というモノか。……時に、血は鉄の味というが、新鮮な血は塩味がするらしい。────青年、キミの血はどんな味がするのかねェ……」
「でも、今はまだ駄目。青いキミはもっと熟成させないと……────絶望か、それとも幸福か。どっちのスパイスならキミは美味しく熟れるんだろうね。……なぁ? 私の可愛い食糧ちゃん」
イカれてる────。
貴方は得体の知れなさと気色悪さに鳥肌を立てながら血の気が引かせましたが、異常な喉の乾きに息遣いは隙間風の様な音がしました。
「あ────ケハハ。少し強くしすぎてしまったか。……貴方のココにマーキングしちゃった」
そこには貴方の首にくっきりと手形の痣が出来ていたのです。
自分からは全く見えませんが、ジンジンと熱を持って未だに抑えつけられている感触がまだ残っている様でした。
「君がいい子にしていたらこうしてまた
エトは愛おしそうに痣を撫でると、耳元へ顔を近付けて優しく囁いてきたのです。
貴方は耳元にかかる吐息にぶるっと身震いをすると、それに気付いた彼女は嬉しそうに笑っていました。
「今後は私がする要求は"お願い"ではなく、命令だと思いたまえよ。では、そろそろお暇させて貰おう」
そのままスっと離れると、玄関の扉へと向かって行くのを確認しようと貴方は起き上がってその後ろ姿を呆然と眺めて彼女は後ろを振り返りました。
「近々、またここに来るよ。今度は────そうだ、一緒にお出かけでもしようか? 青年」
微笑む彼女はまるで天使の様でした。
ですが、貴方は押し倒された時に見せたあの表情はまるで悪魔。
そして扉を開けて消えていった彼女に慣性を持ったまま静かに扉は閉まってゆきます。
バタンと完全に閉まった扉の音を最後に辺りは静寂へ。
どっと来た疲労感に思わずに倒れてボーッと目の先にある壁を眺めていましたが、先程の
────その日、眠りに付くまで母親の胎内にいる赤ん坊の様に丸くなって静かに嗚咽を漏らしてまた、涙を流しました。
こっわ〜