非常食になってしまった貴方。   作:wokka

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3話です


悪夢

貴方には父と母がいました。

 

家族仲は非常に良好で笑顔が絶えず、何処にでも居そうな一般的な家庭でした。

 

母の似顔絵を描いて見せれば、母は少し照れ臭そうにしつつも頭を撫でてくれて、父とは良くキャッチボールをして、お前はプロ野球選手になれると言ってくれたのです。

 

毎日が楽しくて、幸せで、こんな時間が永遠に続いて欲しいと貴方は思っていました。

 

そんな貴方は今、両親と手を繋ぎながら平坦な道を歩いています。

 

『今日のご飯は────の好きなオムライスにしましょうか』

 

『今日はオムライスか! ママの作るオムライスは絶品だからな。────も良かったな。……明日はパパの好きなハンバーグを作ってくれよ』

 

父の嫉妬気味のリクエストに呆れつつも満更でもない表情で笑う母。

 

貴方は二人を交互に見上げて思わず手をギュッと握り締めました。

 

それは仲間外れにされたかのような寂しさ故の行動でしょうか。

 

手を握り締められた強さに気付いた二人は何も言葉にせず、そっと握り返しました。

 

まるで貴方の行動を見透かされていた様な応えに思わず赤面して俯いていると、突然────握り締めていた二人の手の感触が無くなり、気付けば貴方は路地裏に一人、ポツンと立っていました。

 

困惑こそしたものの、不思議と寂しさという感情は一切無く、ただ呆然としていると、後ろから嘲笑する様な声が聞こえます。

 

ゆっくりと振り返るとそこには両手に()()()()()を抱える小柄な女性。

 

男女の腕でしょうか、片方はごつごつとした形をしていて、もう片方は細くスラっとしており、薬指には指輪を嵌めていました。

 

『駄目じゃないか。ちゃんと手は繋いでおかないと……迷子になってしまうぞ?』

 

子供に対して諭す様な声音を発しながら、手に持っていた腕を口へと運び、まるで飴玉を舐めるかの様に舐り始めました。

 

貴方は逃げ出そうと背を向けて走り出そうとしますが、泥濘に入ってしまったのかと勘違いしてしまう程の重厚感に足がもつれると、その場で転んでしまいます。

 

受け身も取れずに胴体を地面に打ち付けた貴方は痛みに悶えますが、それも束の間、後ろからひんやりとした感触にぞわっと鳥肌を立てましたが、それはどこか心安らぐ様な感触だったのです。

 

『ほら、キミの大好きなパパとママだぞ。────次は迷子にならないようにちゃんと手を繋ぐといい』

 

腕の正体に気付いた貴方は半狂乱に声を上げてその腕を払い除けました。

 

それから恥も外聞も捨てて四つん這いでその場から離れようとすると、背中を足で踏みつけられ、身動きが取れなくなったのです。

 

痛みや苦しさは二の次で指を地面にガリガリと音を立たせ、抵抗を見せますが、それは無駄だと言わんばかりに、貴方の背中を踏みつけている足は微塵も動かさず、むしろ体重をかけるようにどんどん強くなっていきました。

 

貴方は面白可笑しくバタバタと手を動かしましたが、その行為に返ってきた答えは呆れんばかりの声と乾いた笑い声。

 

『そうか、キミはそういうやつなのか。わたしの善意を無下にして、あまつさえ両親の腕をも投げ捨てるとは────キミには良心の呵責というものは無いのかね』

 

自分の事を棚に上げては糾弾する彼女の問いに答える気力が湧いてくる訳もなく、未だに逃走を図ろうとする貴方を見てからつまらなさそうに鼻を鳴らすと、踏みつけていた足を漸く退けました。

 

しかし、彼女はその場に座り込むと、そのまま間髪入れずに髪を掴んで貴方の頭を自身の顔の横に来る高さまで持ち上げました。

 

無理な体勢に息苦しさを感じて呻き声を漏らして顔を歪める貴方に意を介さないどころか、何故か嬉しそうな表情で弁舌を振るいます。

 

『キミは随分と痛がりだねェ……────うふふふ、あまりそういう顔をするな。もっと虐め(愛し)たくなってしまうだろう?』

 

だって、ほら────こんなにも、美味しそうなんですもの。

 

視線を横に向ければ恍惚の表情をした捕食者が口を開けていました。

 

"ぐちゅり"と何かを噛みちぎる音を最後に貴方の意識はぷつんと切れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ✕ ✕ ✕

 

「────遅めのお目覚めだな。寝坊助クン」

 

目を覚ました貴方は目の前でニコニコと笑いながら貴方を見下ろすエトと目が合うや否や周りを見渡しましたが、どうやら貴方がいるのは路地裏ではなく、いつもの見慣れた殺風景な部屋。

 

貴方は先の事は夢だったのかと安堵しましたが、それでも最悪な目覚めな事に変わりはなく、重い身体を起こして項垂れる様な姿勢を取りました。

 

その時、エトは貴方の頭に手を伸ばしてさわさわと髪を梳く様に頭を撫で始めました。

 

「随分とまあ、酷い顔だ。────これでは外に出かけるのも少し厳しいか」

 

優しい手付きと声音を持ってしても今の貴方にはエトという存在そのものが恐怖心を煽るには十分だったらしく、あの悪夢を思い出してしまい、怯えた表情で震え始めました。

 

それを見た彼女はくすくすと笑いながら頭を撫でて続けています。

 

「青年、キミを見ていると雨の日に捨てられて助けを乞う子犬でも見ている気持ちになるよ。……怖い夢でも見たか? どれ、おねーさんに話してみなさいな」

 

顔を上げて目を合わせれば、相も変わらず穏やかに笑う彼女。

 

貴女に殺される夢を見ました────なんて言ってしまえばどうなってしまうのか見当もつかず、機嫌を損ねさせるのは正しい判断ではないと考えた貴方は"家族と一緒に手を繋いで歩いていた夢"とだけ答えました。

 

「ほおほお、仲睦まじい家族愛だね」

 

エトの言葉に貴方は"自分の両親はそんな人じゃなかった"と思わず声を荒らげました。

 

その声に面を食らった彼女に貴方は慌てて謝罪します。

 

「なに、気にしなくていいよ。……だが、少し興味が湧いた。────話しておくれよ、キミの家族はどんな人だった?」

 

目を細めて鋭くなった視線に射抜かれた貴方はぽつりぽつりと話し始めました。

 

────夢で見た両親は良い人ではありませんでした。

 

物心ついた時から貴方に父はおらず、母はいるはずもない父の幻影を作り出してまるで家にいるかの如く振る舞う様子に理由など聞けず、これが普通なんだと貴方は自分に言い聞かせていました。

 

今思えば、愛された事などあったのでしょうか。

 

言葉に出された事も行為として残された事もついぞありませんでした。

 

自立出来る歳になった頃には逃げ出す様に家を出て一人で生きていく事を決めた貴方。

 

しかし、周囲に頼れるヒトも愛してくれるヒトがいる訳でもなく、気付けば怠惰に労働を重ねては酒に溺れる日々。

 

酒に酔いしれている時だけは何もかも忘れる事が出来る為、貴方にとっては心の拠り所となっていました。

 

それでも街中を歩く家族やテレビに映る家族を見れば見る程、自分の家族は酷く歪んでいて、それを当たり前に受け入れていた貴方自身も歪んでいたのだと思い知らされて自己嫌悪に浸るのです。

 

"街中にいる様な家族みたいに愛されたかった"なんて貴方はエトに吐露すれば、彼女は顔を近付けてきました。

 

「"愛されたい"なんて、キミはとんだエゴイストだね」

 

目と鼻の先にいる彼女にそう言われた貴方は困惑しました。

 

自分はそんな利己主義者ではないと、そういった感情を持つのはヒトとして当たり前の事だと返しました。

 

「いいや、キミはそう言い聞かせているだけ。その感情は誰かを愛している時に潜在的に求めるモノさ。────キミは一度でも誰かを愛した事はある?」

 

そう言われて思わず口を噤んだ貴方。

 

家族は当然愛していた筈で、友達や恋人は今までいませんでしたが、それでも知り合い程度の人間でも多少の愛情はあったのでしょう。

 

苦し紛れの反論をしようとした貴方の口に彼女は人差し指を当ててきました。

 

「反論をして欲しい訳じゃないよ。キミの反応を見れば分かる。────まあ、わたしも誰かを愛した事はないが」

 

喉を鳴らして笑う彼女に反論しようとした貴方でしたが、何の前触れもなくエトによって押し倒されました。

 

目をぱちくりとさせた貴方に続けて言いました。

 

「うん、この前の発言は撤回するとしよう。最期の時が来るまでわたしが空っぽの貴方を満たしてあげる」

 

支離滅裂な彼女を前にして一生懸命にぐるぐると言葉を探しますが、貴方は途切れ途切れの唸り声を上げるのが精一杯でした。

 

「────今度はどこを愛して欲しい? 単純で、哀れで、空っぽで、欲しがりなキミの願いを聞かせておくれよ」

 

どこか期待を孕んだ顔で要求を待つエトに戦慄した貴方は思わず顔を逸らしますが、すぐに彼女の手で頭を掴まれて視線を戻されました。

 

「憂い……憂いなあ……。キミを満たしてくれる者が目の前にいるというのに、乙女の純情を弄ぶつもりかい? ────ああ、それとも欲張りすぎて選べなかったのかな」

 

全く、仕方がないなと嬉しそうに笑いました。

 

話が通じない彼女は今も頭を抑え続けている手とは逆の方で、貴方の手に沿って指を絡め始めました。

 

────所謂、恋人繋ぎをしてしまった二人。

 

片や一人はそんなつもりはなく、身動ぎをして逃れようとしてもそれは叶わずにされるがままの状態です。

 

貴方はふと、エトの顔を見てギョッとしました。

 

気付けば右目は赫くなっていて、その顔付きは夢で見た捕食者の様。

 

身の危険を感じた貴方は身体を動かしては抵抗しようとしますが、彼女は何故かまた嬉しそうな顔をしていました。

 

「オラ、暴れんな♡ ────大丈夫、少しだけいい子にしていたら終わる。ほら、肩の力を抜いてごらん」

 

そう言われて無意識に力を緩めたその時でした。

 

視界が右半分が真っ暗になると、それに続いて激痛が走りました。

 

なんと彼女は貴方の眼球を愛撫する様に舌を這わせてきたのです。

 

今まで感じた事のない痛みに悲鳴を上げる暇も無く、貴方は空いていた手で彼女の背中に手を回して抱き抱えました。

 

お楽しみの最中だったエトは中断させられた事に不満こそあれど、貴方が抱き寄せてしまった事の方に興味を向けました。

 

「なんだ、そんなに嬉しかったのかい? ────ハハ、わたしの身体越しでもキミの心臓の音が五月蠅い位に感じるよ」

 

とっさの防衛反応で起こした貴方の行動はどうやら彼女にとっては嬉しさのあまりにお返しをしたのだと解釈しました。

 

当然ですが、そんなつもりなど微塵も無かった貴方は右目の痛みに堪えながら、これ以上は何もしないで欲しいと言わんばかりにエトの身体に手を回し続けていました。

 

「うふふふ、わたしからの贈り物は気に入った? それとも初心なキミには刺激が強すぎたかね」

 

耳元で囁く彼女に何故こんな事をするのだと貴方は燃える様に痛む右目に気を遣いながらも問いかけました。

 

「今のキミは空っぽだ。だから()()()という存在でいっぱいにしてあげる。()()()だけが貴方を愛して、貴方は()()()だけを愛すればいい」

 

「そして最期はわたしに愛を説きながら喰われてしまう。────とても素敵でしょう?」

 

愛情に飢えていた貴方の心の渇きを潤さんばかりの甘言で正常な判断を出来なくしていました。

 

おまけに未だエトと密着している貴方は女性特有の甘い匂いで酒に酔った様な感覚に陥ってしまい、その身体の柔らかさに頭はビリビリと痺れを帯びていく中で、貴方はまだ悪夢は終わりを迎えていない事に気付き、深く後悔しました。





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