4話です。
「キミはデートというものに興味は無いか?」
あれから沢山愛されてしまった貴方は再びエトとテーブルを挟んで向かい合っていました。
藪から棒にエトは顔の前で手を組みながら貴方に問いかけます。
興味無いと言えば嘘にはなるでしょう。
学生時代は恋人がいたら放課後の学校帰りにアイスクリームでも買って食べながら一緒に帰ったり、休日はファミレスで駄弁るかショッピングモールへ一緒に足を運んでみるなんて考えたりもしましたが、残念な事にそんな機会は一度もありませんでした。
そんな時に巡ってきた機会でしたが、どこか浮かない表情を浮かべる貴方。
それもそのはずで、目の前にいる彼女はそもそもそういった事に興味があるのかと疑念を抱いてしまいます。
「相変わらずキミは分かりやすいね。────少し楽しみすぎたが、まだ時間はたっぷりある。……そこでだ、わたしとデートに行こうじゃないか」
本来であれば嬉しい筈の誘いですが、散々な目に遭っていたので素直に喜べず、歯切れの悪い相槌を打ってしまった貴方に機嫌を損ねる事もせずに彼女は笑みを崩しませんでした。
「そんなに嫌そうな顔をするな青年。────わたしはキミの事を色々と知る事は出来たが、キミはわたしの事なんてまだまだ知らない事ばかりだろう? ……誰かを愛するなら、その人柄を知るのは大事な事だよ」
そう言われた貴方は彼女の言葉に肯定する様に納得しました。
確かに今も目の前でニコニコと笑う彼女が喰種である事は確かでしょうが、それでも彼女の好きな物や嫌いな物、趣味等も分かりません。
そんなヒトを愛する事など出来るでしょうか。
そこまで出来た人間ではない貴方は思考に耽りました。
しかし────どうせ殺されてしまうのならいっその事、彼女を受け入れてしまえと悪魔が貴方の脳内に囁いてくるのです。
今でも心の奥底で愛情を欲している貴方は
「それでいい。そもそもキミに選択の余地なんて無いからね。────似た者同士、これから仲良くしようぜ?」
そう告げると手をスっと差し出してきた彼女。
まるでこの手を握れと言っている気がした貴方はおずおずと手を重ねました。
握り締めたその手はとても小さくて、それでも温もりはあって、不思議と安心感に包まれた貴方は重ねた手をじっと見つめていましたが、その時に彼女は口角を吊り上げて不気味な笑みを浮かべている事には気付きませんでした。
✕ ✕ ✕
エトの急な提案によって連れ出された貴方は彼女の後ろを着いて行く様に街中を歩いていました。
女性と出掛けるなんて初めての経験である貴方はこういった場合はどうすればいいのか分からず、彼女に導かれるがままにその後を着いて行くだけですが、デキる男はこういった移動時間でも何かしら気を利かせて会話をするのでしょう。
そんな甲斐性もない貴方にエトは言及こそしないものの、その心中は不明瞭です。
そんなもやもやとした気持ちを抱えた貴方でしたが、一歩先にいたエトが急に立ち止まり、後ろを振り返りました。
「私とした事が失念していたよ。こういった場合はそれらしい事でもしてみようか」
そう告げて貴方の隣に来ると、手を握りました。
先程の様な拘束する意味で繋いだのではなく、慈愛を込めたその優しい手付きに思わずドギマギする貴方を上目遣いで見つめる彼女。
「おやおや、随分と目が泳いでいるな。────今どんな気持ちかね? こんな美人なおねーさんと手を繋げて嬉しいだろう?」
それは威圧感の籠った言葉というよりもどこか貴方を揶揄う言い回しに羞恥しながらも潜めた声で肯定しました。
それを聞いたエトは悪戯が成功した子供の様に笑うのです。
まるで初々しいカップルみたいにやり取りをする二人。
今の関係が歪な事を重々承知している貴方ですが、今のエトを見ているとただの年相応の女性にしか見えない為、貴方は少しづつ無意識の内に誰も踏み入れなかった心を許す様に気を緩めていました。
「────着いたよ。キミ、コーヒーは好きかい?」
立ち止まったエトが指を指せば目の前には喫茶店。
景観はガラス張りの様で、内装を外から眺めればレンガ模様のレトロ風でなんともお洒落という言葉が良く似合うモノでした。
一人では絶対に行かない様な店でしたが、どうやら彼女のお気に入りの店らしく、貴方の手を引きながら店へと向かいました。
そしてスムーズに受付を済ませて、二人は席へ座りました。
メニュー表に目を落としながら彼女は柔らかい笑みを浮かべています。
「ここのコーヒー、好きなんだ。────キミは何にする?」
貴方にメニュー表を渡しますが、優柔不断な貴方はエトと同じモノを頼む事にしました。
短く相槌を打った彼女は店員を呼べば明るい声音でオーダーをしている姿を横目に貴方はボーッと外を眺めます。
外では腕を組んで歩くカップルや笑いながら何かを語り合う学生達を見つけてしまい、もし自分が恵まれている人間であったらああなっていたのだろうかと羨望の眼差しを向けていました。
今や歪な関係とは言えども、自分も
「オイ、おねーさんは放ったらかして自分は物思いにセンチメンタル中かね? ────待ち時間の間に面白い話でもしてみたらどうなんだ?」
ジト目で咎めてきたエトに貴方は勢いで謝罪しつつ、しどろもどろになりながら会話を探してみましたが、交友関係も幸も薄い貴方はそんな気を利かせる事も出来ずに最後は言葉に詰まって俯いてしまいます。
「クッ────ハハハ! 愉快愉快。……いやなに、そんなつもりはないんだ。────いけないな。キミのその顔が見たくてつい、虐めたくなってしまう……。癖になりそうだ。────もしやこれこそ愛ではないのか!?」
世紀の大発見をしたかの様な言い方にそんな歪んだ愛情表現なぞある訳が無いと貴方は口にしますが、エトはにんまりと笑って反論しました。
「それはどうかな? 愛とは様々なカタチがあって、多種多様なのだろう? ────これは持論だが、"痛みこそ最上級の愛情"だと思うがね」
最低最悪の持論を述べた彼女に貴方は口をあんぐりと開けますが、そんな事はお構い無しと言わんばかりに続けました。
「身体に刻むなら放っておけばすぐに治る。────だが、心に刻んだ傷なら早々治るものじゃない。だからキミの心を刻めば刻む程、わたしの事を"想い"続けてくれるだろうし。────そもそも愛されたがりのキミなら嬉しいよな?」
肘をついて笑う彼女に人並みの倫理観を持ち合わせている訳がありません。
その歪んだ思想は彼女の笑みにも滲み出ているみたいで、まるで不気味な能面でも被っている様にも見えました。
愛を説くなら言葉でも分かり合える筈です。
態々痛みで確かめるなんてそんな事は間違っていると貴方は言いますが、どうやら彼女は納得がいかない様子で鼻をふんと鳴らしています。
そうして議論を広げている間にどうやら頼んでいたオーダーが来たらしく、二人の前にコーヒーが置かれました。
目の前に置かれたカップの湯気と共に来る香ばしい薫りに貴方はゴクリと喉を鳴らすのです。
「まあいい。今回はキミの戯言に付き合ってやるかね。……────ッさ! 冷めない内にいただこうか」
カップの口に唇を当ててコーヒーをゆっくりと流し込む姿はさながら貴婦人の様に見えました。
それに見惚れていた貴方の視線に気付いたエトはカップから口を離しては呆れ気味に言うのです。
「キミさぁ……────私を視姦して楽しむのは構わないんだけど、今はコーヒーの方を楽しみなよ」
図星を突かれた事を悟られないべく慌ててコーヒーを口にしますが、何故かコーヒー特有の苦味や風味を感じられません。
チラリと視線だけ彼女に移すとニマニマと笑っていました。
「あ〜そういう事か。────うふふふ、
舌をチロっと出しては妖艶の視線で射抜く姿はまるで蛇。
蛇に睨まれた貴方は動けませんでしたが、それは恐怖ではなくて羞恥心でしょうか。
顔を赤くして体温も上がってしまうのは今飲んでいるコーヒーのせいだと貴方は言い聞かせてから彼女に舌を出すなんてはしたないと言いました。
「そんな情熱的な視線を向けておいて釣れない事を言うな青年。……全く、キミってば矛盾してるよねェ。────私のやり方を否定しながらも、心の何処かではそれを受け入れているんだろう?」
「うふふふ、ここが店で良かったね。────そうでなければ、また押し倒していた所だよ」
そう言ってまだ残っていたであろうコーヒーをグッと飲み干すと、再び貴方をじっと見つめていました。
スっと目を細めて何かを考える様な仕草をしていましたが、舌打ちをしてガシガシと雑念を取り払いたいのか頭を掻き始めました。
「むぅ、ダメだな。本当に……────はぁ、私も軟弱だ」
「オイ────まだ時間あるよな? 今日はとことん付き合ってもらうぜ?」
✕ ✕ ✕
「────いやはや、流石に歩き疲れたね……」
エトは腕を真上に上げて伸びをしては疲労感を顕にしていましたが、その横では更にぐったりした様子で項垂れる貴方。
既に日は沈みかけており、空はオレンジ模様。
烏もどうやら寝に入って、今や聞こえてくるのはそよ風に吹かれて鳴いている木々達。
あれから喫茶店を出た二人でしたが、エトによって服屋や雑貨屋等と様々な場所を連れ回されていました。
"あれでもない、これでもない"と思い悩んで買い物をしていた彼女を見て貴方は"女性の買い物は長い"という事を痛感して、思わず溜息を零していました。
それから"そろそろ帰ろうか"なんて言われたものの、思いの外弾けすぎた二人。
別れ間際に少し休憩しようと貴方の家の近くにある公園で一休みの最中のようです。
結局何も買うことは無く、唯のウィンドウショッピングになっていましたが、横で肩を回している彼女はどこか満足気な様子。
勿論貴方も疲弊こそあれど、今日みたいに誰かと出掛けるなんて初めての経験でした。
誰かと一緒に笑い合うのも、一緒にお互いの服を身繕い合うのも、お揃いのマグカップを見つけては買ってみようかなんて言われたりして、貴方の心はすっかりエトを受け入れていました。
貴方は楽しかったと言えば、彼女は"悪くはなかった"と言わんばかりに笑うのです。
今日みたいな事がまたあるのならと貴方は仄かに期待に胸を躍らせました。
「────じゃあ、もういいよな?」
そう言われて思わず横に顔を向けると、先程見せた柔らかい笑みは何処へ────。
今見せているのはいつも貴方を痛めつけている時と同じ様な笑顔です。
困惑に言葉を詰まらせていると、彼女はベンチから立ち上がって数歩歩くと、こちらへ振り返りました。
「キミは"痛みで愛を確かめるのは間違っている"と言っただろう? だからその戯言に付き合ったまでだ」
「────うん? ああ、楽しかったよ。寸劇でも見てる様な……暇潰し程度にはなったかな」
純粋に楽しいと思っていたのは自分だけだったのかと貴方は絶望してしまいます。
その時、頬に柔らかい感触と共に温もりを感じました。
貴方の頬はエトの両手に包まれて、彼女と強制的に目が合うと、遂に堪えきれずに目尻に悲哀を溜め込んだのです。
「むはは────なんだその顔は……私を誘っているのか? ────まあ、あれだ。性に合わないというだけで何も楽しくなかった訳じゃない」
頬から手を離すと貴方の首元へ手を回して抱きつきました。
そして耳元へ口を近付けて悪魔の囁きの様に貴方を誘惑します。
「ほら────キミも私を感じて?」
「ん……うふふふ、いい子いい子♡ 貴方の事────好きよ」
言われるがままにおずおずとエトの背中に手を回した貴方。
今は何かに縋りたくて、このやるせない気持ちを誰かにぶつけたくて。
例えそれが貴方を傷付けた本人だとしても、それしか受け入れてくれるヒトはいなくて。
震える貴方をあやす様に頭を撫で始めました。
「可哀想な────。でもそんな貴方を愛してくれるのは私だけ」
「キミの事、悲しませるつもりは無くて、つい……愛しているからやってしまったんだ。────許してくれる?」
貴方は静かに頷きます。
「うふふふ────好きよ……愛しているわ。……────キミはどうかな」
その問いに応える様に背中に回していた手に力を込めました。
エトは短く声を上げてはその応えに満足しているのか、上品に笑う声が耳元でこだましています。
「続きは家でするとしよう。────今日はキミの望むカタチで愛してあげる」
貴方は彼女に縋る様にまた、静かに頷くのでした。
まだ耳元で笑う声は頭の中まで届いて響き渡っています。
ひどすぎる