非常食になってしまった貴方。   作:wokka

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8話です。


依存

 

「どうしたの? そんな怯えた顔しちゃって……」

 

上目遣いで見つめるエトに貴方は後退りしました。

 

それを見逃さなかった彼女は貴方のシャツの胸ぐらを掴んで引き寄せると、ニコニコと笑い出して言いました。

 

「キミは……あれだ。────図体はデカい癖に肝っ玉は仔猫みたいだね」

 

先程の重々しい空気は消え去り、貴方を揶揄い始めたエト。

 

もう怒っていないのかと聞くと、彼女は素っ頓狂な顔をしてから再び笑い出しました。

 

「怒る? どうして? 疚しい事でもしてたのかい?」

 

エトは目を鋭くすると、次第にその声音を冷めたものにしていきました。

 

貴方はブンブンと首を横に振ると、彼女はニッコリと笑いながら貴方に問い詰めます。

 

「うふふふ、さっきは随分とお楽しみだったみたいだ。わたしと一緒にいて話すよりも楽しかったのかい? ────それっておかしいよな? キミは誰のモノなのか……まだ分からないのか? そもそも────」

 

まるで姑の小言。

 

グチグチと嫌味や皮肉を零すエトに貴方は頭をがっくり下げて項垂れました。

 

しかし、姑の小言は一言二言で終わりません。

 

「どうして初対面の奴に気を許す必要があるの? わたしという存在がいるだろう。それとも……優しくしてくれるなら誰でもいいのかね? 軽慮浅謀という言葉がとても似合うよキミ。────うん? どうして謝るの? わたしは怒ってないぞぅ。むはは」

 

ニコニコと笑いながらぐぐっと掴んでいたシャツに力を込めていました。

 

「まぁいいさ。この件についてはまた後で詰めるとしようか」

 

まだあるのかともう勘弁して欲しいと目尻を下げてエトを見つめた貴方。

 

彼女の本題はどうやらそこではなかったらしく、ジロリと貴方を見て言いました。

 

「それで────どうだった? 私の父と話した感想は?」

 

ドキリとまるで悪戯がバレた子供の様に心臓が大きく鳴る。

 

どうしたものかとじんわりと汗を滲ませた貴方にエトは軽薄に笑っています。

 

「あぁ、言い訳の用意は結構だよ。ただ────その先の辞には気を付けたまえ。……それが辞世の句にならないといいね?」

 

ケコケコと変な笑い方をして貴方の頬を撫でるエト。

 

貴方は周囲でざわめく音が消えた様な気がして思わず鳥肌を立てます。

 

目の前には貴方の言葉を今か今かと待ち侘びている彼女。

 

貴方は言葉に詰まって答えられずにいると彼女は柔らかく微笑んで言いました。

 

「うふっ────うふふふふ。キミのその顔……やっぱり好きだよ。────あぁ……やっぱりいけないな。キミの事になると私は冷静さを欠いてしまう。"恋は盲目"とは良く言ったものだよ」

 

くしゃりと表情を歪めて抱き締めてきた彼女に思わずホッと肩の力を抜いてしまいます。

 

彼女は小柄で貴方とはそれなりに身長差がありました。

 

エトは顔を横に向けて貴方の胸に耳を当てる様に頭を寄せると、そのままじっとしてはクスクスと笑い始めます。

 

「キミの鼓動を聞くと落ち着くよ。……少しばかり五月蝿いけど」

 

聞いていたのは貴方の心臓の鼓動でした。

 

ドクドクと自分でも分かる程に高鳴らせたそれは彼女に詰められた際の不安もあれば、女性経験の無さから来たのでしょう。

 

喰種とはいえ、女性に抱き着かれて思春期の男子よろしくドギマギさせてしまった貴方。

 

もう既に何度も抱き着かれたり、それ以上の事をされてはいましたが、未だに慣れない様で、自由になっているその両手は彼女の背中に回すか回さないかとガチガチとぎこちなく空を切っていました。

 

「────抱き締めて」

 

たった一言、そう呟いたエトにゆっくりと彼女の背中に手を回すと満足気に息を小さく漏らして更にその身を寄せてきました。

 

ここが自宅ならまだしも、今は屋外。

 

それも人通りが多い交差点の近くで抱き合う2人。

 

逢瀬の時を噛み締め合う様に言葉すら交わさずにただ抱き締め合う。

 

その光景はまるで映画のワンシーンにも見えました。

 

貴方は次第に"誰かに見られていないだろうか"、"どう思われているのか"と人目を気にして思わずその頬に熱が宿りましたが、逆にこの時間を終わらせたくないという邪な感情も芽生えてしまい、板挟みになった感情は行き場を無くしてふわふわと脳内に漂っていました。

 

そんな感情をエトに悟られたくなくて、不意に抱き締めていた腕に力が入ると彼女は甘い吐息を漏らして心地良さそうに笑います。

 

「ははっ……面白い位に跳ね上がるじゃないか。愛い……愛いなぁ……」

 

見透かされた様な言い回しに火でも吹きそうな程に顔を紅潮させた貴方。

 

不意に彼女と目が合うとニッコリと微笑んでその頬に手を添えました。

 

「キミの熱で溶けてしまいそうだ……」

 

「────このまま私の身も心も溶かしてくれるかい?」

 

"ほら……今の私はキミの腕の中で囚われた籠中の鳥だぜ?"

 

その言葉に乾き切った喉から振り絞った声を小さく漏らすとフツフツと湧き出る劣情。

 

しかし、彼女の期待に応えられずにただ背中に回した手に力を込めていると、重い溜息と共にエトと目が合いました。

 

「……ヘタレ、意気地無し、朴念仁」

 

その顔は失望と呆れが入り交じった表情。

 

その薄緑色の瞳は貴方を射抜いていましたが、少ししてその瞳を逸らすと小さく言葉を漏らしました。

 

「────私から離れるな」

 

貴方の腕の中で零したその一言に時が止まったかの様に思考停止。

 

まさに彼女の本音とも言える言葉に一瞬戸惑いましたが、貴方からの言葉を待たずに続けました。

 

「キミは私のモノなんだ。一瞬たりとも離したくない。水槽の中で泳ぐ金魚を眺めるみたいにキミを瓶漬けにしてから────それを私が眺めて悠久の時を過ごしたい」

 

「キミを食べて殺す位なら……いっそ腑抜けて人間らしくありたいとも思った。他愛ない会話をして、今みたいに抱き締め合ってお互いの体温を感じて、いつかは身体を重ねて愛して……愛されたい」

 

「そう思ったのも……そうさせたのも……キミのせいだ。────キミのせいで私は……」

 

「なぁ、キミにとっての私はどう映っているんだ? いつか食べられてしまう獣? それとも愛すべき人? それとも自分の欲求を満たしてくれる都合のいい存在?」

 

貴方の腕の中から離れたエトは自分の髪をくるくると指で弄びながら尋ねます。

 

言葉に詰まりました。

 

何故なら彼女の問いに出てきたモノに全て当てはまっていたからです。

 

エトはすんと鼻を鳴らして人差し指を伸ばして貴方の胸に"トンッ"と当てました。

 

「忘れるなよ。キミを包んだ体躯、キミが感じた体温、キミに刻んだ愛、キミに説いた声音を。────今のキミは私の気まぐれから生まれた愛で生きているんだ。……なぁ?」

 

クスクスと笑うエト。

 

まるで悪戯少年の様に笑みを浮かべる彼女に優しく手を握られました。

 

「そろそろ帰ろうか。()()()()()()にさ?」

 

"一度言ってみたかったんだ"。

 

指をするりと絡めて恋人繋ぎをした2人。

 

「あぁ────私の父がどうかとか、キミが私の事をどう思っているかなんて……どうでもいいよ。だから気にしなくていい。────意地悪な質問だったかね?」

 

歩きながら吐き捨てたエトを見た貴方。

 

目が合うと、彼女はニッコリと笑って。

 

「キミは()()()()()()()。キミは()()()()()()()()()()()だろう? 私は出来た女だからね。想い人の事は何でも分かるんだ」

 

まるで病んだ女性の様な文言に否定の言葉を飲み込むと、その場凌ぎをするみたく顔を引き攣らせてぎこちなく笑いました。

 

しかし、その答えに不満だったのかムスッと頬を膨らませたエトは言います。

 

「もっと感激しろ。そして咽び泣きながら私を抱擁しろ。"自分は恵まれた人間"なんだと優越感に浸りながらその幸せを噛み締めたまえ」

 

注文が多い彼女の手をぎゅっと握って此方へ身体を寄せると、その小さな頭をゆっくりと傾けて貴方の腕に預けました。

 

「……及第点かな。このまま私と番いの様に歩く事を許可しよう」

 

あまりにも尊大すぎる態度に吹き出した貴方。

 

視線を下に向けると、どうやら彼女は耳まで真っ赤にしているみたいで、今のは精一杯の照れ隠しなのだろうと思ってしまいました。

 

出会った時に感じた恐怖なんて微塵も感じない年相応の反応。

 

いえ、今でも彼女にはどこか畏れはあるのでしょう。

 

それでもそれすらをも愛してこその本当の愛情。

 

喰種である彼女、人としていようとした彼女。

 

貴方はエトに向かって言いました。

 

「……────」

 

通り過ぎていく車の雑音に紛れた貴方の声はどうやら彼女の耳にはしっかりと届いていたらしく、顔を上げて此方を見つめて面を食らった顔をしていました。

 

「────あぁ、何故反吐が出る程に苛立つのか。腸が煮えくり返るのか分かったよ」

 

見上げたエトの目は貴方を捉えて抱き寄せた腕をガッチリ掴んで離しません。

 

「うふふふ、キミは絶対逃がさないぜ? 精々歯が浮く様なキザな台詞で私を踊らせてごらんよ」

 

今、彼女の世界には貴方しかいないでしょう。

 

愛を知った獣にロックオンされた貴方は身の危険と貞操の危機を感じました。

 

顔を逸らしてもケタケタと聞こえる不気味な笑い声に思わず耳を塞ぎたくなりましたが、片手は塞がっているし、した所で無駄でしょう。

 

────しかし、今のこの状況を楽しんでいるかの様に無意識に口角が上がりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ✕ ✕ ✕

 

"今日はキミから愛しておくれよ"。

 

当たり前の様に貴方の家に転がり込んだエトはそんな事を口にしました。

 

布団で仰向けになっていた彼女は『おいでおいで』と手を招く動作をして呼びます。

 

彼女に覆い被さると嬉しそうに笑って貴方が付けていた眼帯の紐に指をかけて外しました。

 

「おやおや……膿んでしまって赤く腫れているじゃないか。────あぁ、可哀想に」

 

白々しく言い放つその態度に顔を顰めた貴方を見てクスクスと笑い出しました。

 

「そんなに怖い顔をするなよ青年。折角のハンサムが台無しだぜ?」

 

人の神経を逆撫でしているのか、それとも劣情を煽っているのか、思わず彼女の両腕を布団に抑え付けると、珍しく彼女は目を丸くしていました。

 

「うふ、うふふふ。キミは無理矢理するのが好きなのかい? 驚いたな、私よりも獣じゃないか。────まぁ、あれだ……優しくしてくれ。こう見えて男を知らないんだ」

 

ぎこちなく笑うエトの顔色は張り詰めた糸の様に緊張している様子。

 

ゆっくりと彼女の顔に近付くと、彼女はある事を口にします。

 

「キミは知っているかい? 私達喰種は身体が人間よりも頑丈だが、唯一人間と同じ強度の部位があるんだ」

 

「────それは粘膜。目や口内、そして臓物。後は……私で言うなら膣だ」

 

舌をペロッと出したエトから目が離せなくなり、抑え付けていた手に力が篭もりました。

 

「私をキズモノにしてみる? 一点物だからクーリングオフは許さないよ」

 

途端に()()()()()()()を感じてしまい、気圧されて手の力を緩めて離れようとすると、開放された彼女の腕は貴方の首に回して引き寄せました。

 

「キミもナーバスかい? 安心したまえ、私とて何も感じない訳じゃない。────こうして軽口を吐き捨てていないと……初心な乙女の様になってしまいそうだ」

 

「────はんへ(噛んで)

 

恐る恐るエトの出した舌を甘噛みすると、彼女は目を細めて貴方の背中に爪を立てました。

 

その鋭い痛みに思わず舌を強く噛んでしまい、"ガリッ"と何かが擦り切れる様な音がして口を離すと、何とエトの舌からは鮮血が溢れていました。

 

"ひゅっ……"と小さく息を漏らして固まる貴方。

 

それとは正反対に上機嫌にケタケタと笑いながら目を細める彼女。

 

「────うふふふ、そんなに激しく求められては……私も滾ってしまうじゃないか」

 

ガバッと身体を起こして眼前の距離まで迫ると、口付けをされました。

 

子供や紳士淑女がする様なフレンチ(軽い)ではなくて、もっと深くて重い(ディープ)キス。

 

ザラザラとした舌が口内を凌辱して唾液と共に()()()流れ込んでくる様な感触。

 

「────ふぉへ(飲め)

 

くぐもった声に従って喉を通り越すと、焼け爛れる感じがして咳き込みました。

 

まるで40度以上のアルコールをそのまま飲み干す様な激痛。

 

エトから離れて喉を抑えながら咳き込んでいると、ニタニタと嬉しそうに笑う彼女はいつの間にか右目が真っ赤になっていました。

 

()()()ばかりしているから人間のキミには濃すぎたかい? 初めてのキスは血の味になっちゃったね」

 

「ほら──おいで。おままごと(腑抜け)の続きだよ」

 

ゆっくりと四つん這いで近付くと、貴方の首に手を回したエト。

 

呼吸をする度に喉へ走る痛みに堪えながら首を横に振りましたが、彼女はまだ満足出来ていないみたいです。

 

「今度は優しく、とろける様な口付けをしようか。────一緒に溶けてしまおうよ」

 

貴方は上手く呼吸が出来ません。

 

目の前にいる彼女に催眠でもかけられてしまったのか、無意識に動いてしまう身体。

 

誘われる様にその小さな身体に吸い込まれると再び唇を重ねました。

 

「……────うふふふ。キミの()()()は全て私が貰うよ。2人でこれからの時間を刻もうか。────そう、言うなれば"一蓮托生"。"一心同体"。"相思相愛"だ。嬉しくて楽しくて胸が高鳴るだろう? 少なくとも私はそうだとも」

 

エトは愛に酔いしれた雌の顔をしていました。

 

頬を赤らめて口角を上げると、その吐息が貴方の顔にそよ風の様に当たります。

 

「まだ幕を閉じるのは早いぜ? 観客が立ち去る迄愛し合おうじゃないか。キミの描いた脚本で私を溺れさせてよ」

 

軽口を叩き続ける彼女を抱き締めました。

 

そしてエトの体温が貴方の身体に伝わり、そのポカポカした熱気を堪能していると、耳元で囁く様な声音で彼女は口を開きました。

 

「あぁ……自分でも分かる程に浮かれてしまう。……私の鼓動は聞こえる? キミよりも煩く高鳴っているんだ。────……うん、つまり……あれだ。その……」

 

何かを言おうとしましたが、遂には黙り込んだ彼女に貴方は言いました。

 

それを聞いたエトは静かに頷いて答えます。

 

「うん、いいよ。キミが望む事なら何でもしてあげる」

 

だって、貴方に拒絶されてしまったら────。

 

辛くて、悲しくて、壊してしまうもの。

 

そんな言葉を告げて彼女は微笑みました。




いつかうごかなくなるときまであそんでね。
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